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第38話 ベルクマザー修道院

 走り続けて、ベルクマザー修道院に着いた。修道院は大きな丘の上にあった。石造りの壁に囲まれている。門から回廊と畑が見えた。

 丁度、アッシュとヴェロニカが辿り着いた時、始業の鐘が鳴らされていた。


「クソ、うるさい鐘だ」


 ヴェロニカが悪態をつく。


「有り難い鐘の音だろ」

「本気か?」

「そういう側面もある、って話をしたまでだ」


 修行僧達が門を開く。


「いいよな、宗教ってのは。全ての者に開かれる」


 堂々とヴェロニカがど真ん中を通り、ベルクマザー修道院の敷地内へ。アッシュも後に続く。汚れ放題の二人の服装を見ても、僧達は眉一つ動かさない。

 ベルクマザー修道院は、他の修道院と違う。遺跡の上に建てられた長老派の総本山で、そこにいる修行僧は精鋭だ。いずれはどこか大きな都市の司祭になるだろう人間ばかりだ。

 回廊を進む。


「アンタのいうクソ大狸は?」とアッシュ。


「まぁ待て」

「突然押しかけて、長老派の指導者様に会えるもんかね」

「殺されたいのか、クソったれ」


 黙った。


「おい、そこの坊主。副司祭のヤエルを呼べ」


 中庭にある井戸から水を汲む僧に、ヴェロニカが声を掛けた。僧は戸惑いながらも、こちらを見ている。


「ヴェロニカ・シェーン・セラノが来たと伝えろ」


**


 直ぐに副司祭のヤエルが回廊にやってきた。修行僧達とは格が違う事を示す、大青で染められた司祭服。年季が入っているのか、青の色が落ちて薄くなっている。


「ここには来ない約束だろう」


 開口一番、ヤエルが言った。後ろめたさ、都合の悪さ、とにかくヴェロニカの存在が明るい材料じゃない事は分かった。


「状況が変わった」とヴェロニカ。


 回廊を歩き出す。伸びた影が時計の針の様に動く。


「こっちは?」


 ヤエルがアッシュを見る。副司祭とは思えない態度だった。


「お前と同じだ、ヤエル。私の犬だよ」


「お互い困ったもんだな」とヤエルがアッシュを小突いた。


「それで用件は?」

「お前の借金を半分にしてやるから、ジャスパーに会わせろ」


 ヴェロニカが言う。


「あそこにいるんだろ」と修道院の塔を指差す。


「ジャスパー司祭に? 簡単に言うな」

「借金が倍になるか、半分になるかだぞ」

「おい、待て。何で倍になるんだ」


 ヤエルの足が止まる。


「そんな契約はしてないぞ」

「理由か?」


「理由だよ」とヤエル。


「簡単だ。ジャスパーに会えないなら、私がここで叫ぶ。長老派の幹部で副司祭のヤエル君は、博打と女に溺れて高利貸しに借金をしているってな」

「待て、それはよせ」


 ヤエルの表情が変わる。


「私の準備は出来てる」


 ヴェロニカが息を吸い込んだ。


「困ったな」とアッシュがヤエルの肩を叩いた。


「分かった、分かったよ。少しだけ待ってくれないか」


 ヤエルが負けた。


「後、着替えを持ってくる。そんな汚い姿で司祭に会わせられない」


「早くしろよ」とヴェロニカ。


「時は金なりだぞ」

「お前なんて大嫌いだ」


 ヤエルが建物の中へ。


「本当に嫌いだからな」

「安心しろ、私もお前が嫌いだ」


 ヴェロニカは意地の悪い笑みを浮かべる。


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