走り続けて、ベルクマザー修道院に着いた。修道院は大きな丘の上にあった。石造りの壁に囲まれている。門から回廊と畑が見えた。
丁度、アッシュとヴェロニカが辿り着いた時、始業の鐘が鳴らされていた。
「クソ、うるさい鐘だ」
ヴェロニカが悪態をつく。
「有り難い鐘の音だろ」
「本気か?」
「そういう側面もある、って話をしたまでだ」
修行僧達が門を開く。
「いいよな、宗教ってのは。全ての者に開かれる」
堂々とヴェロニカがど真ん中を通り、ベルクマザー修道院の敷地内へ。アッシュも後に続く。汚れ放題の二人の服装を見ても、僧達は眉一つ動かさない。
ベルクマザー修道院は、他の修道院と違う。遺跡の上に建てられた長老派の総本山で、そこにいる修行僧は精鋭だ。いずれはどこか大きな都市の司祭になるだろう人間ばかりだ。
回廊を進む。
「アンタのいうクソ大狸は?」とアッシュ。
「まぁ待て」
「突然押しかけて、長老派の指導者様に会えるもんかね」
「殺されたいのか、クソったれ」
黙った。
「おい、そこの坊主。副司祭のヤエルを呼べ」
中庭にある井戸から水を汲む僧に、ヴェロニカが声を掛けた。僧は戸惑いながらも、こちらを見ている。
「ヴェロニカ・シェーン・セラノが来たと伝えろ」
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直ぐに副司祭のヤエルが回廊にやってきた。修行僧達とは格が違う事を示す、大青で染められた司祭服。年季が入っているのか、青の色が落ちて薄くなっている。
「ここには来ない約束だろう」
開口一番、ヤエルが言った。後ろめたさ、都合の悪さ、とにかくヴェロニカの存在が明るい材料じゃない事は分かった。
「状況が変わった」とヴェロニカ。
回廊を歩き出す。伸びた影が時計の針の様に動く。
「こっちは?」
ヤエルがアッシュを見る。副司祭とは思えない態度だった。
「お前と同じだ、ヤエル。私の犬だよ」
「お互い困ったもんだな」とヤエルがアッシュを小突いた。
「それで用件は?」
「お前の借金を半分にしてやるから、ジャスパーに会わせろ」
ヴェロニカが言う。
「あそこにいるんだろ」と修道院の塔を指差す。
「ジャスパー司祭に? 簡単に言うな」
「借金が倍になるか、半分になるかだぞ」
「おい、待て。何で倍になるんだ」
ヤエルの足が止まる。
「そんな契約はしてないぞ」
「理由か?」
「理由だよ」とヤエル。
「簡単だ。ジャスパーに会えないなら、私がここで叫ぶ。長老派の幹部で副司祭のヤエル君は、博打と女に溺れて高利貸しに借金をしているってな」
「待て、それはよせ」
ヤエルの表情が変わる。
「私の準備は出来てる」
ヴェロニカが息を吸い込んだ。
「困ったな」とアッシュがヤエルの肩を叩いた。
「分かった、分かったよ。少しだけ待ってくれないか」
ヤエルが負けた。
「後、着替えを持ってくる。そんな汚い姿で司祭に会わせられない」
「早くしろよ」とヴェロニカ。
「時は金なりだぞ」
「お前なんて大嫌いだ」
ヤエルが建物の中へ。
「本当に嫌いだからな」
「安心しろ、私もお前が嫌いだ」
ヴェロニカは意地の悪い笑みを浮かべる。