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第36話 共演者

 目を覚ました。体中の関節が軋む。体が重い。一度立ち上がったが、再び怠さで倒れ込み、仰向けになった。どれくらい時間が経ったのか、どうやらまだ夜だ。木の隙間から月が覗く。


「ヴェロニカは――っ」


 どこにもいない。離してしまった。呼吸を整えてから、立ち上がる。腹が減った。疲れが酷い。


「おい、ヴェロニカ」


 声を出した。返事はない。川沿いを歩いて下流へ進む。普段の半分くらいのペースだ。


「どこだ、どこにいる?」


 雑草が擦れる音。

 立ち止まった。アッシュは辺りを見回す。


「クソ――」とアッシュ。


 唸り声が聞こえた。木々の影から姿を現したのは、野生の狼達だった。群れをなしている。目視出来るだけで四頭。

 剣はどこかへいった。川辺に落ちていた木の枝を掴んだ。腕くらいの長さで、これで自分を守れるとは到底思えない。

 整えた呼吸が再び荒くなる。狼達は半円状に並び、アッシュの周りを行ったり来たりと繰り返す。獲物の品定めしているのだ。


「あっちへ行け」


 枝を左右に振る。もう一度、川に飛び込むという選択肢もあるが、流石に体力が持たないかもしれない。こんな森の中で死にたくない。

 一頭の狼が動かずに、アッシュをジッと見つめている。群れの長か。黒い毛が目立つ。

 他の狼達の唸り声が大きくなる。いよいよか。


「こっちに来るな」


 人の言葉が通じる相手とは思えない。狼達が距離を縮めてくる。

 一頭だけ殺しても意味がない。戦いになったら、全頭殺す必要がある。出来るのか、いや無理だ。出来ない。

 黒毛の狼が、牙を見せ一際大きい唸り声を出す。合図だった。

 他の狼達が襲い掛かって来た。


「ふざけんなよ」


 覚悟を決めて、木の枝を構えた。

 直後、襲い掛かってきた筈の狼達の動きが止まった。


「お前は本当に笑わせてくれる。そんな棒で戦うなんて正気じゃないぞ」


 ヴェロニカだった。

 群れの長、黒毛の狼の首を掴み、へし折っていた。黒毛の狼は、目と口を開いたまま、地面に捨てられる。


「散れ」


 ヴェロニカが一喝する。


「さっさと散れ、クソ犬共」


 残された狼達が、一斉に暗がりへと走り込んで行った。


「助かった」とアッシュ。


 全身の力が抜ける。腰をついた。


「アンタ、狼と会話出来るんだな」

「向こうは獣だ。私が人間を越えた存在だと感じ取るんだよ」


 ヴェロニカが一直線に近寄ってくる。


「それよりお前、私を離したな」


 ヴェロニカはアッシュの胸倉を掴み、立たせる。


「絶対に離すな、と言ったろう」

「俺だって初めてだったんだよ」

「絶対に離すな、と言わなかったっていうのか?」

「いや、言ったけど」

「謝れ」

「悪かったよ」

「クソボケが」


 解放され、突き飛ばされた。


「二度と私を怒らせるなよ」

「けど、逃げられたろ?」

「貴様のせいで、こっちは指名手配だ」


 俺のせいかよ、と反論したいところだが、黙っておく。


「逃亡生活を送る気か?」

「ふざけるな、私は何も悪い事をしてない」

「脅してたろ」

「相手は寄生虫と阿片を密輸してる奴だ。無罪に決まってる」


 むちゃくちゃな論理だ。


「鍵は?」

「持ってる。ここにある」

「じゃ策は?」

「ベルクマザー修道院だ」

「そこに何がある」

「お前は何も知らないクソ馬鹿なんだな」

「教えてくれよ」

「ベルクマザー修道院はラマ教のクソ長老派のクソ本拠地だよ。そこにグラオトレイ市参事会員で、長老派指導者のクソ大狸がいる」

「クソしか共演者がいねぇな」

「アーティバッハの商売敵がいるって事だ」


 長老派は新興派閥のアーティバッハ率いる楽園派を、快く思っている筈がない。一枚岩ではない。割れている。


「そっちに話を持ち込んで、仲裁してもらうって訳か」とアッシュが続ける。


「仲裁なんて生ぬるい事は求めてない。アーティバッハを潰すんだよ」


 ヴェロニカが最前線に戻った。やっぱりイケイケだ。


「奪われたままで終われない。近くに宿屋がある筈だ、まずはそこで馬を頂くぞ」

「金は? 馬を買う金」

「金の心配はするな、何とかなる」


 暴力の予感しかしない。

 ヴェロニカは歩き出した。アッシュは後について行く。

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