ジゼルとイェルメスが剣を抜いた。隣の部屋からカリオペ騎士団の兵士が流れ込んで来た。
イェルメスの斬撃を、アッシュが剣で受ける。ヴェロニカはジゼルの剣を右手の甲で受けた。
アーティバッハは立ち上がり、ハンクと一緒に立ち去る。
「窓に走れ、アッシュ!」
ヴェロニカが叫ぶ。
「ふざけんな」
アッシュはイェルメスの剣を受けたまま、空の鞘を掴み、顎に下から突き当てる。隙が生まれ、アッシュは窓に向かって走り出す。
ヴェロニカは右手の甲を自ら剣にめり込ませて切断し、その二の腕でジゼルの横っ面を引っ叩き、更に左手を脇腹に打ち込んだ。ジゼルが怯む。
「そのまま突っ込め」
ヴェロニカがアッシュに追いついた。二人で窓へ突っ込む。
「いつもこうなのか」
アッシュが言った。
身体中にガラスの破片。立ち上がり悪態を吐く。
「いつもは玄関から出る」
「手は?」とアッシュ。
骨が見える。血が流れ出る肉は、脈打っていた。
「どうって事ない」
ヴェロニカは切断した右手の甲から先を見て気合を入れる。直ぐに再生した。
「どういう身体だよ」
「便利だろ?」
ヴェロニカは笑った。
「走れ」
兵士が追ってくる。
二人は走り出した。増水したイルタック川沿いを駆ける。
「おい、マジかよ」
前からも兵士が出てきた。アッシュは立ち止まる。
「流石は市参事会員様だな」とヴェロニカ。
「感心してる場合かよ」
「やってやる」
ヴェロニカが拳を鳴らす。
「嘘だろ、止めろ。相手にしてたらキリがない」
「じゃあどうする?」
「そんな可愛い声出すな」
「ふざけるな、殺すぞ」
肩を叩かれた。
「川だよ、飛び込んで逃げる」
「いや――。無理だ」
「何で。奴らは鎧を着てるし、この流れなら誰も飛び込まないし、飛び込んだとしても絶対に捕えられない」
「だから無理だと言ってるだろ」
いつものアグレッシブさがない。
「おい、もしかして――」
「別にいいだろ」
「泳げないのか?」
「黙ってろ。私は戦うぞ」
ヴェロニカは視線を外した。
どうやら泳げないらしい。
「冷静になれ」とアッシュ。
「大丈夫だ、そもそもアンタ不老不死なんだから、溺れても死なないだろ?」
「苦しみはあるんだよ。溺れたら死ぬ事も出来ずに、ただただ苦しむ。お前に分かるか?」
「いいから俺に掴まれ、時間がない。俺を信じろ。な?」
もう包囲されている。
「クソ」とヴェロニカは周りを見渡す。
「絶対に離すなよ」
抱きついてきた。
「絶対に私を離すなよ」と更に繰り返す。
「ま、任せろ」
「絶対だからな、絶対に離すなよ」
飛び込んだ。
**
服がたちまち水を吸い、鉛の様に重くなる。波打つ濁流の中で、顔を出すの覚束ず、ひたすらに呼吸を求めて、身体を捻った。空気が欲しい。
「アッシ――ュ」
ヴェロニカがアッシュの名前を呼んでいる。飛び込んだ直後、二人は離れた。辛うじて姿は見えている。
「ヴェロニカ――、こ――、こっちだ」
川の流れに逆らう事は出来ない。手を伸ばしても、その距離は縮まらず、気まぐれな濁流に身を任せるしかない。
ヴェロニカの顔は消え、暫くすると浮かんでくる。だがまた直ぐに沈み、浮上の度にアッシュの名前を何とか叫ぼうとするも、言葉にならず、喉を擦った様な声を上げるのが限界だった。
イルタック川はグラオトレイの城壁を潜り、市の外へ。アッシュとヴェロニカもその流れに乗って、市外へ出た。
どうにかヴェロニカの方へ、と思うが、アッシュも強い流れの中で体力を消耗していた。次第にアッシュもヴェロニカの様な状態となり、手足の自由が効かなくなっていく。そのまま、意識の糸がブツリと切れた。