使用人に案内された。広間を抜け、客間へ。壁には絵画、棚には銀食器と高価なグラス、燭台の蝋燭には火が揺れる。
客間には四人いた。ジゼル、アーティバッハ、後は男が二人。一人は見た事があった。ミラを捕まえた大男だ。もう一人は品があるが、見知らぬ男だった。長身で口髭を生やしている。瞳の色は緑色で、短い髪はしっかりと七三に分けられ、整えられている。
アーティバッハは椅子に深く腰掛け、後の三人は並んで突っ立っている。
「勢揃いだな」とヴェロニカ。
誰も何も答えない。
「機嫌が悪いみたいだぞ」
アッシュがヴェロニカに耳打ちする。
「奇遇だな、私もだ」
「俺もだよ、クソったれ」
呆れる。
「こっちへ来い」
アーティバッハが手招きした。枯れた声、長い爪。先のない左腕。薄いが、長い髪と同じくらいに長い髭。首、肩、腕には贅肉がなく細い。顔には幾つかシミがある。
アッシュとヴェロニカが近付く。近付く程に、空気が重くなる。
「取引をしに来た」
ヴェロニカの目の前に、アーティバッハがいる。
「言葉は分かるか?」
「耳は聞こえる。ご覧の通り、老いぼれだがな」とアーティバッハ。
ラマ教楽園派の指導者。新興派閥でありながら、一代で巨大宗派を築いた大物だ。謙遜するが、眼光は鋭い。
「この鍵で壷が開けられるんだろ?」
ヴェロニカが鍵を見せた。
「その歳で寄生虫を集めるなんて物好きだ」
「貴様っ――」
ジゼルが剣の柄に手を掛けた。それをアーティバッハが制止する。
「何でもお見通し、か」
ゆっくりと喋る。
「紹介しよう。そこにいる女性はジゼル。カリオペ騎士団の者だ。そっちは同じくアカリオペ騎士団で、騎士団長のイェルメス」
品のいい男はイェルメスという名前だった。
「最後に残ったのはハンク・ドーランで、私の個人的な警備をしている。全員、相当な手練れだ。容赦ない」
先のない左腕で指した男はハンク。ミラを捕まえた時にいた大男だった。
「脅しか?」とヴェロニカ。
「自己紹介と言ったろう」
アーティバッハも引かない。
「そうだったな、謝るよ」
「取引と言ったな」
「この鍵を買え」
ヴェロニカが押す。この女は押しっぱなしだ。
「値段は安くない筈だ」
「取引には応じない。何故なら、それは私達の物だ」
アーティバッハが言い切った。
「どういう意味だ」
「言葉は通じるか?」
空気が凍りつく。ヴェロニカの舌打ち。
「行儀が悪いな」
アーティバッハが言ってから、息を吐く。
「値段は上がる一方だぞ」とヴェロニカ。
「早く決めろ」
「イェルメス」
アーティバッハが指で合図をする。イェルメスがアーティバッハに二枚の紙を渡した。イェルメスが横目で見る。目が合った。緑色の瞳だった。
「よく出来ている」とアーティバッハは呟いた。
「お前らも見るといい」
アッシュとヴェロニカの足元に、二枚の紙がふわりと滑る様に落ちた。
「拾え、アッシュ」とヴェロニカ。
「何で俺が」
「お前、何もしてないだろ。少しは働け」
腰を曲げて、紙を拾う。内容を確認した。
「そういう事かよ」
アッシュはアーティバッハを見た。紙をヴェロニカに渡す。
「脅しじゃねぇか」とヴェロニカ。
二人が手にした紙は、手配書だった。これで二人はグラオトレイの指名手配犯になった。掴まればよくて全財産没収と都市追放、悪ければ即死刑。首を斬られて終わる。
「私は市参事会員だ。これくらいは思いのままだ」
「私の質問には答えてくれないのか」
「必要ない、鍵を渡せ」
アッシュには分かった。この交渉は決裂する。間合いを計る。腰には傭兵から奪った剣がある。抜いて斬る。ジゼルもイェルメスも武装していた。ハンクは素手に自信がある喧嘩屋なのか、丸腰だ。ジゼルかイェルメス、二人同時に相手出来るのか。刺し違えるつもりはない。いや、そうなったら首を斬るべきはアーティバッハだ。躊躇わずに斬る。
「アッシュ――」
ヴェロニカが先手を打った。アッシュは腕の緊張を解いた。
「鍵は渡さない」
ヴェロニカが言った。
「くたばれ、クソ野郎」
「終わりだな」
アーティバッハが呟いた。