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第34話 手配書

 使用人に案内された。広間を抜け、客間へ。壁には絵画、棚には銀食器と高価なグラス、燭台の蝋燭には火が揺れる。

 客間には四人いた。ジゼル、アーティバッハ、後は男が二人。一人は見た事があった。ミラを捕まえた大男だ。もう一人は品があるが、見知らぬ男だった。長身で口髭を生やしている。瞳の色は緑色で、短い髪はしっかりと七三に分けられ、整えられている。

 アーティバッハは椅子に深く腰掛け、後の三人は並んで突っ立っている。


「勢揃いだな」とヴェロニカ。


 誰も何も答えない。


「機嫌が悪いみたいだぞ」


 アッシュがヴェロニカに耳打ちする。


「奇遇だな、私もだ」

「俺もだよ、クソったれ」


 呆れる。


「こっちへ来い」


 アーティバッハが手招きした。枯れた声、長い爪。先のない左腕。薄いが、長い髪と同じくらいに長い髭。首、肩、腕には贅肉がなく細い。顔には幾つかシミがある。

 アッシュとヴェロニカが近付く。近付く程に、空気が重くなる。


「取引をしに来た」


 ヴェロニカの目の前に、アーティバッハがいる。


「言葉は分かるか?」


「耳は聞こえる。ご覧の通り、老いぼれだがな」とアーティバッハ。


 ラマ教楽園派の指導者。新興派閥でありながら、一代で巨大宗派を築いた大物だ。謙遜するが、眼光は鋭い。


「この鍵で壷が開けられるんだろ?」


 ヴェロニカが鍵を見せた。


「その歳で寄生虫を集めるなんて物好きだ」

「貴様っ――」


 ジゼルが剣の柄に手を掛けた。それをアーティバッハが制止する。


「何でもお見通し、か」


 ゆっくりと喋る。


「紹介しよう。そこにいる女性はジゼル。カリオペ騎士団の者だ。そっちは同じくアカリオペ騎士団で、騎士団長のイェルメス」


 品のいい男はイェルメスという名前だった。


「最後に残ったのはハンク・ドーランで、私の個人的な警備をしている。全員、相当な手練れだ。容赦ない」


 先のない左腕で指した男はハンク。ミラを捕まえた時にいた大男だった。


「脅しか?」とヴェロニカ。


「自己紹介と言ったろう」


 アーティバッハも引かない。


「そうだったな、謝るよ」

「取引と言ったな」

「この鍵を買え」


 ヴェロニカが押す。この女は押しっぱなしだ。


「値段は安くない筈だ」

「取引には応じない。何故なら、それは私達の物だ」


 アーティバッハが言い切った。


「どういう意味だ」

「言葉は通じるか?」


 空気が凍りつく。ヴェロニカの舌打ち。


「行儀が悪いな」


 アーティバッハが言ってから、息を吐く。


「値段は上がる一方だぞ」とヴェロニカ。


「早く決めろ」

「イェルメス」


 アーティバッハが指で合図をする。イェルメスがアーティバッハに二枚の紙を渡した。イェルメスが横目で見る。目が合った。緑色の瞳だった。


「よく出来ている」とアーティバッハは呟いた。


「お前らも見るといい」


 アッシュとヴェロニカの足元に、二枚の紙がふわりと滑る様に落ちた。


「拾え、アッシュ」とヴェロニカ。


「何で俺が」

「お前、何もしてないだろ。少しは働け」


 腰を曲げて、紙を拾う。内容を確認した。


「そういう事かよ」


 アッシュはアーティバッハを見た。紙をヴェロニカに渡す。


「脅しじゃねぇか」とヴェロニカ。


 二人が手にした紙は、手配書だった。これで二人はグラオトレイの指名手配犯になった。掴まればよくて全財産没収と都市追放、悪ければ即死刑。首を斬られて終わる。


「私は市参事会員だ。これくらいは思いのままだ」

「私の質問には答えてくれないのか」

「必要ない、鍵を渡せ」


 アッシュには分かった。この交渉は決裂する。間合いを計る。腰には傭兵から奪った剣がある。抜いて斬る。ジゼルもイェルメスも武装していた。ハンクは素手に自信がある喧嘩屋なのか、丸腰だ。ジゼルかイェルメス、二人同時に相手出来るのか。刺し違えるつもりはない。いや、そうなったら首を斬るべきはアーティバッハだ。躊躇わずに斬る。


「アッシュ――」


 ヴェロニカが先手を打った。アッシュは腕の緊張を解いた。


「鍵は渡さない」


 ヴェロニカが言った。


「くたばれ、クソ野郎」

「終わりだな」


 アーティバッハが呟いた。

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