森を出て、グラオトレイ市内へ戻る。
「なぁ、聞いていいか」とアッシュ。
「質問には気をつけろよ」
市内の夜道を歩きながら、ヴェロニカが言う。
「何で剣が身体を貫いても生きていられる」
娼館の事を思い出していた。
「お前は違うのか?」
「話したくないってか」
アッシュは足を止めた。
「あんなのはな、普通じゃないんだよ」
「お前だって強い事を隠してたろ?」
ヴェロニカもアッシュの二歩前で足を止め、振り返る。
「隠してた訳じゃない。俺達の仕事は武器の使用が前提だ。だから素手の喧嘩は弱いんだよ」
「だが剣を持てば違う。それを隠してた」
「首斬りは誰でも出来る訳じゃない。儀式であり、祭りだ。失敗は許されないし、相手は罪人。だから俺達は人間のあらゆる急所について調べ上げ、一撃で始末出来る様に常に訓練してた。どうだ、これで満足か? 医学の進歩に貢献してるのは俺達、死刑執行人の人体実験だって知ってたか? 急所を調べ、効果を測定する人体実験だよ。誰がこんな事を話したがる」
「拷問はしないんじゃなかったのか」
「俺達はそれを拷問と呼ばないんだよ」
「もしかしてあれか? 同情してほしいのか」
「必要ない。それに俺もアンタには同情しない。ただ知りたいだけだ」
「だったら迷惑だ」
「なら核心を突いてやろうか、アンタは不老不死なんだろう? 昔、文献で読んだ。そういう奴らがいると。成人の姿で生まれ、そのまま一切歳を取らずに生きる事がで出来る」
「続けろ」
「アンタはホムンクルスだ。人造人間なんだろ?」
「……だったら? それを知ってどうする」とヴェロニカ。
否定しない。正解だ。
「驚いたな、本物がいるなんて。賢者の石を造れたのか」
「前にも会った事あるんじゃないか?」
「いや、アンタが初めてだ」
「信用してやろう」
「なぁ、もう一つ質問いいか」
「調子に乗るな」
「最後の一つだ」
「勝手にしろ」
「俺はアンタが唯一持つ事の出来ないものを与えてやれるかもしれない」
「何の事だ、金か?」
「違う。死だよ。俺なら不老不死のあアンタを殺せるかもしれない」
ヴェロニカの視線がアッシュを見据えた。暫し何も言わなかった。
「俺は本職だ」
「気軽に言うな。私が死にたい女に見えるのか?」
「ああ」
アッシュは短く答えた。
「死にたがってる」
「本当に、出来るか?」とヴェロニカは言った後、「いや、今の言葉は忘れろ」と続けた。
それから「急ぐぞ」と言い、走り出した。
ジゼルの屋敷に着いた。夜中だった。先程の雨で、イルタック川が増水している。激しい川の流れの音が、二人の背後で響く。
「正面からいくぞ」とヴェロニカ。
正門へ向かって歩く。衛兵が二人いた。
「忍び込まないのか」
アッシュが聞き返した。
「もうそういう段階じゃない」
「じゃどういう段階だよ」
正門の前へ。衛兵は黙って門を開く。
「こういう事だ」
「招待された、って事か」
「気合入れてけ。悪の親玉達と対峙するぞ」
「てっきりアンタが悪の親玉かと思ってた」
「そうだ。悪の親玉が、悪の親玉と対峙する」
「恐怖だね、聞くんじゃなかった」
「お前も一員だぞ」
ジゼルの屋敷へ入った。