「その魔導士は大男だったか?」とヴェロニカ。
「ああ、そうだ。アンタらの知り合いか?」
「お前は質問するな。質問するのはこっちだ」
ヴェロニカが言った。
「悪かった」とバーギィ。
「赤い魔導士は何を?」
「エドゥワールだよ。俺がエドワールの依頼で仕入れたブツを欲しがってた」
「そのブツの在り処を教えたのか?」
「教えてやったさ」
笑みを浮かべるバーギィ。
「余裕だな」
「鍵がなきゃ開けられない」
「鍵ならあるぞ」
ヴェロニカがバーギィに見せた。
「これだろ」
「成程、アンタらも同業者だったのか」
「ブツは何だ。お前はどこから何を仕入れた」
アッシュが言った。
「知らなかったのか」
驚くバーギィ。
「まぁそうか、エドワールは秘密主義者だった」
「お前は何を仕入れた」とヴェロニカ。
「虫だよ」
「虫?」
アッシュが聞き返す。ヴェロニカは興味深そうな視線をバーギィに向けていた。
「虫の卵だ。強烈で、強く凶暴な虫。俺達のいるフィンスター大陸、お隣のサウウッド大陸でもない。まだ誰も行った事のない、別の大陸から来たといわれてる虫の卵さ」
「ヨーク大陸か?」
ヴェロニカは言う。
「名前は幾らでもある。ヨーク、ユリリカ、ウオッシュ。国や地方によってその呼び名が変わる様な、実在するのかしないのかも不明な大陸。つまりは、神話にあるタールダリアの大陸だよ。神話でラマ様に破壊された、タールダリアの土地さ」
「どうしてお前はその虫の卵を手に入れた」
「エドワールが手に入れた、そして俺が仕入れた。俺はアンタの言うヨーク大陸に伝手はない」
「凶暴な虫とは具体的に?」
「蟻より少し大きい。だが顎も強く、素早い。餌は阿片だ。その虫は阿片しか食べない」
「金のかかる虫だな」
阿片は餌だったのか――。
「だが驚くなよ、その虫は更に魔導の才能がある。金をかける意味があるって事さ。俺の言ってる意味、分かるか?」
「喋っているのは同じ言葉だ」
「魔導の才能を持つ人間は、一万人に一人と言われている。誰もが使える訳じゃない。才能があっても、魔導士と呼ばれるレベルになるのは更に少ない。だがその虫達は違う。全てが魔導の才能、つまり魔力を持って生まれてくる」とバーギィ。
「ちょっと待て。その話が本当だとしても、その虫を手に入れてどうするんだ? 虫は制御出来ない。魔導士の様に兵器として利用出来ないだろ。そんな虫を街に放っても混乱するだけだ」
アッシュが言った。
魔導士は兵器だ。アッシュは魔力を持っていても、死刑執行人という立場から戦場に出る事はなかったが、多くの魔導士は都市や教会に雇われ、兵器として扱われる。
「虫は寄生虫なんだよ」
バーギィが言った。
「意味分かるか?」
「成程。人間に寄生させれば、魔導士を量産出来るって訳か」
ヴェロニカが言った。
「理解が早くて助かる」とバーギィ。
「本当の雇い主が誰かは知ってるのか?」
アッシュが言った。
「さぁな。誰でもいいんだ、俺は」
「その寄生虫は赤い魔導士に渡したんだよな?」
「ああ、だがアンタらの鍵がなくちゃ、封印は解けない筈だ。エドワールが特別に作らせた壷らしい。魔導で封印されてる」
「阿片の鍵じゃなかったんだな」とアッシュ。
「あと――」
バーギィが言った。
「何だ」とヴェロニカ。
「赤い魔導士だが、虫に寄生されて魔力を手に入れた。本人の話だと、奴が成功者第一号らしい」
「成程な。効果は実験済みな訳だ」
アッシュが言った。
「まぁいい、結果は上々だ。情報は手に入った。行くぞ」
ヴェロニカが鞭を捨てる。
「コイツは?」とアッシュ。
「生きてる」
ヴェロニカが水車小屋を出ていく。
「ああ、確かに」
アッシュも立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ、縄を解いてくれ」とバーギィ。
「食い込んで痛いんだ。なぁ、アンタ、アッシュって言うんだろ? さっき優しくしてくれたじゃないか。助けてくれ」
「まぁ頑張れ」
アッシュも水車小屋を出た。
**
水車小屋を出る。アッシュが突っ立っていた。
「嫌な予感か?」とアッシュ。
「囲まれてる」
ヴェロニカが言った。
「何に? 愛と平和に、とかそういうのか?」
「いや、残念ながら敵だ」
ヴェロニカが笑う。