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第30話 水車小屋

 バーギィを連れて市外へ。イルタック川沿いにある水車小屋に来た。明かりの殆どない森の中だった。川の音が響く。


「おい、いるか」


 ヴェロニカが乱暴に水車小屋の戸を叩く。この女には、全てにおいてエレガントさが欠けている。


「出ろ」


 水車小屋の戸が開いた。

 青い血管が肌に透けて見える、か細い男が顔を出した。悪臭を漂わせている。眠たそうな厚い瞼をして、鎖骨と首の間に、大きな切り傷があった。


「ほら、これだ」


 ヴェロニカが金を握らせると、男は何も言わずに小屋を出て行った。


「なんだ、アイツ」とアッシュ。


「この小屋の主だ。金さえ渡せば、いつでもここを使わせてもらえる。用途を聞かないのがいい。クソデブを連れて入れ」

「おい、デブ。入れ」


 背中を押して、バーギィを水車小屋の中へ。バーギィは入り口付近で立ち止まり、不安そうに小屋の中を見渡す。


「ここへ座れ」


 ヴェロニカが、隅にある椅子を中央に置いた。早速、呼吸が乱れているバーギィ。明かりは蝋燭が一本だけ。暗く、湿気の高い室内に恐怖の感じているのだろう。


「デブ、座れ」


 アッシュがもう一度言うと、バーギィはゆっくりと腰掛けた。


「アッシュ、クソデブを縛りつけろ」


 ヴェロニカの指示に従い、縄でバーギィの身体を椅子に固定した。


「エドワールは死んだ」


 ヴェロニカは壁に掛けてあった鞭を手にした。なぜ水車小屋にそんな物があるのか、それは聞かなかった。ここはそういう場所なのだ。


「何も知らない」

「誰に義理立てしてる?」


「何も知らないんだよ」とバーギィは繰り返す。


「知らない筈ないだろ。お前はエドワールと仕事をして、その報酬で二週間前に借金を返済している」


 バーギィは黙った。


「借金返済という点は褒めてやろう。だが私の質問に答えないのは、褒められた事じゃないぞ」

「お願いだ、何も知らない」


「そうか、その言葉を信じるよ」とヴェロニカ。


 鞭を振り上げ、バーギィの太ももに打ち下ろした。


「ぐあぁぁぁっ!」


 バーギィの悲鳴。


「や、止めてくれ――っ」

「何を取引した? どうして何も言わない。エドワールは死んでるんだぞ」


 また鞭で打ちつける。バーギィの声が響く。


「俺には無理なんだ、話せない、話したら殺される」


 懇願するバーギィ。汗が噴出し、目は充血していた。


「話さないとここで死ぬ」


 鞭が空気を切り裂く音。


「これから一晩中鞭打ちされたいのか?」


 バーギィは震え、叫び、鞭を避けようとして、椅子に固定されたまま転んだ。椅子に縛り付けられたまま床に転げるバーギィは、芋虫の様だった。


「なんだお前、変態だったのか」


 ヴェロニカが微笑み、鞭を床に叩きつけ音を響かせる。


「だけどそんな顔してる」


 また鞭打ち。


「話せ」


 バーギィに答える猶予を与える間もなく、連続して鞭を食らわす。


「どうした、もう話す気になったか?」


 鞭打ちは続く。

 バーギィは喉を潰した様な、悲鳴にならない呻き声を上げて泣いていた。鼻水も垂れている。逃げ様と必死だが、身体は全然動いていない。


 ヴェロニカが「話せよ」と鞭を振り下ろす。


「もういいだろ」


 アッシュが振り上げたヴェロニカの腕を取った。


「悪趣味だ。これは仕事だろ」

「私に命令か」


「いつもそれだ。そうだよ、命令だ」とアッシュ。


それから床に倒れているフィギンを起こし、「おいデブ、話せ」と頬を叩いた。

バーギィは俯き黙っている。


「おい、話せ」


 アッシュが言った。ヴェロニカは鞭を持って待つ。アッシュはヴェロニカを見て、「もう少しだけ」と伝えた。


「バーギィ、ここで話さなきゃ、マジで殺されるぞ」


 顔を上げさせ、バーギィに語りかけた。


「知っている事を話すだけでいい。なぁ、出来るだろ?」

「俺は殺される。昨日の晩、赤いローブを着た魔導士が来て、アンタらと同じ事を聞いた。アンタらよりも丁寧な脅しだったけどな」


 赤いローブを着た魔導士――。

 覚えがあった。


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