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第28話 忍

 雨の中を歩いて、娼館『菖蒲の園』へ向かう。

 娼館もまた、カルジーナ地区にある。二人にとっては馴染み通りだった。娼館は館といっても、一軒家を一回り大きくした様な造りだった。


「またお前の担当だ」とヴェロニカが言った。


 横顔を見る。雨で濡れた髪。寒さに耐える様子もなく凛としている。


「確かにな」


 担当という言葉は嘘じゃない。死刑執行人には、都市の嫌われ者達の仕事を仕切る権利もある。死刑執行人は糞さらいに皮なめし、それに娼婦。この三つの職業から徴税する権利を持つ。


「知り合いはいるのか?」


 ヴェロニカが聞く。


「親父の時代にな」とアッシュ。


「俺の事も覚えてると思う」

「正直に話せ。来てるんだろう」

「ここんとこはご無沙汰だよ、金がない。女の名前はシェリーだよな」

「ああ」

「部屋に上がったら窓を開けるから来てくれ。二階だけど、アンタなら可能だろ?」

「手際よくやれよ」

「金、いいか?」


 アッシュが言った。


「小遣いを欲しがるカギか」


 ヴェロニカが質の悪い金貨を一枚渡した。通常の金貨の半分の程の価値だろう。


「お互いの利益の為だろ」とアッシュは受け取る。


「さっさと行け」

「任せとけ、喘がせてくる」

「ズボンを下ろすなよ」


 ケツを叩かれた。


「ヤったら利息は倍だ」


**


 扉を開け、菖蒲の園へ。

 一階の広間。細やかな意匠を脚に施したテーブルの向こう、背もたれにたっぷりと腰掛ける、大柄な女がいた。赤いドレスを着て、茶色い髪を金色の飾りで留めている。テーブルの上には年季の入った台帳が開かれていた。


「久しぶりだね」と、この店の女将、ルイーズが言う。


 ゆっくりと喋る姿は、貫禄がある。


「濡れてて悪い」


 アッシュは言った。


「お客はそんな事気にしないでいいんだよ」


 それから「ほら」と布を放り投げてよこした。アッシュはそれで身体を拭く。


「元気だったの?」とルイーズ。


「だからここに来た。病気持ちは嫌だろ?」

「どんな子だい?」

「シェリーって子がいるだろ、その子がいい」

「他の客がついてる」


 どうやらバーギィはいる様だ。


「おすすめは?」

「リータって子がいるよ。エンドルン生まれの褐色肌。若くていい子だ」

「じゃあそれでいい」


 結局、誰でも同じだ。


「二階の手前だよ」


 ヴェロニカから貰った金貨で支払を済ませて、階段を上る。


「ごゆっくり」とルイーズに声を掛けられた。


**


 二階へ上がり、手前の部屋に入る。


「こんばんは」


 甲高い声。褐色の身体をした、裸の少女がいた。目は細く、黒い髪はウェーブがかっている。あばらが浮き出て、手足も細い。


「ふざけんな、子供じゃねぇか」


 ルイーズめ。どんな商売してるんだ。


「子供じゃない」とリータは言った。


「いいから服を着ろ」

「いいの?」


 リータが近付いて来る。


「ほら、金やる。これでいいだろ」


 銅貨を数枚放った。小遣い程度の額だが、それでもリータはよかったらしい。服を着る。ルイーズは大分搾取しているらしい。


「何もしなくていいの?」

「ガキは趣味じゃないんだよ」


 子供扱いすると、リータは顔をくしゃっと歪める。面白くない様だ。


「じゃあ何するの?」

「ここにシェリーって女がいるだろ」

「いる」

「お前の友達か?」

「違う」


 女の職場ってのはどこもこうだ。


「どこにいる」とアッシュ。


 そのまま窓へ向かった。窓を開く。雨音がした。まだ強くなりそうだ。何もかも上手くいかない。


「向かいの部屋だよ、寒いから閉めて」とリータ。


 アッシュは無視して、窓の外を見回す。


「遅いぞ」


 急に影が現れたと思ったら、ヴェロニカだった。窓の縁へ飛びついてきた。アッシュは驚き、腰を抜かす。


「アンタ何なんだよ」


 アッシュは立ち上がる。


「前世は忍だったらしい」とヴェロニカ。


「違うとも言えないな」

「おい、お前」


 ヴェロニカの言葉が止まった。リータを見ている。


「こんなガキを犯したのか?」


「やってない。服を着てるだろ」とアッシュ。


「ガキじゃないし」とリータも続く。


「黙れ変態。シェリーはどこだ」

「俺は違う、本当だ」

「シェリーは?」

「向かいの部屋だ」

「おい、ガキ。金だ。口止め料だ」


 ヴェロニカが銅貨の入った小袋を渡す。


「これから騒動が起きるが、何も知らないし覚えてない事にしろ、いいな?」

「分かった」


 リータは金の前で無力だ。正直でよろしい。


「アッシュ、行くぞ」


 ヴェロニカの背中を追う様に、リータの部屋を出て、廊下の向いへ。


 **


 シェリーの部屋。

 恐らくこの先に、バーギィがいる。扉のノブを握った。


「どうだ?」とヴェロニカ。


「鍵だ」


 施錠されていた。


「そうか、どけ」


 足を上げるヴェロニカ。


「おい、待て」


 アッシュの制止は無駄だった。ヴェロニカが扉を蹴破る。


「お取り込み中悪いな」


 ベッドの上で、腹の出た男が女に覆い被さり、腰を動かしている最中だった。


「お仕置きの時間だ」

「バーギィだな」


 アッシュはヴェロニカに続く。

 シェリーは開いた足をそのままにし、バーギィは覆い被さったまま、顔だけこちらに向けている。


「アンタら何なのよ」


 先に声を張り上げたのはシェリーだった。金髪で、しっかりとした長い鼻に青い瞳の女だった。バーギィから自分の身体を剥がして壁に張り付くと、シーツで胸元を隠した。


「貴様に用はない。問題はバーギィ、お前だ」


 ヴェロニカがバーギィへ近付く。


「だから何なの」とシェリーが再び叫ぶ。


「愛の忍者だよ」


 ヴェロニカが言った。


「浮気男を成敗しにきた」


「来るな――」と怯えるバーギィ。


「エドワールが死んだぞ、話を聞かせてもらう」

「服を着ろ」


 アッシュがバーギィに服を放り投げる。


「外で裸は面倒が増えるだけだ」


 外から複数の足音が聞こえた。


「衛兵か」とアッシュ。


「早過ぎる。あのガキ、チクりやがったな」


 ヴェロニカが言った。リータの事を言っているのだ。


「アッシュ、シェリーを外へ放り出して、扉を閉めろ」


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