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第27話 娼館

 ヴェロニカが、暗がりにある高利貸し組合の屋敷から出てきた。石造りで蔦が茂る壁。扉には職業を示す飾りなどなく、廃館とも思える屋敷だった。

 彼女が家の中にいる間、アッシュは外で待っていた。


「組合の奴らはどうだっ娼館」


 寒い。アッシュは首を守る様に、肩をすくませていた。


「クソ野郎だ」とヴェロニカは吐き捨てる。


「アンタは?」

「最高だろ」

「異論は認めないって。で?」

「金を取られた、クソ。金貨を三枚だ。アイツら、足元見やがって」

「素直に払ったのか?」

「お前とは違うんだよ。私は善良な市民だ」

「どんな情報を買ったんだ?」


 分が悪いので、話題を変えた。


「二週間程前に、借金を一括返済した奴がいる」とヴェロニカ。


「俺がエドワールと取引したのも二週間前だったな」

「タイミングとしては悪くない。会いに行く価値はあるぞ」

「どこのどいつだ?」

「バーギィという男だ。ポニ通りでバーギィ・ゴルダ商会を営んでる」

「俺とまんま同じじゃねぇか」

「な、お前みたいなろくでなしクズ野郎は、至る所に蔓延ってる」

「悪いね」

「反省しろ」


 歩き出し、ポニ通りへ向かう。


**


 ポニ通りのバーギィ・ゴルダ商会へ。夜なのでもう営業はしてない。当然、店は閉まっている。

 小雨が降ってきた。寒さが痛みへ変わる。


「朝まで待つのか」


 アッシュは言った。


「扉があるんだから叩く」


 ヴェロニカが有言実行。扉を思い切り叩いた。ノックではない。


「何でいつでも静かに出来ないんだ?」


 アッシュは呆れる。


「何かを生み出すってのは力がいるんだ」

「沈黙は金って知らないのかよ」

「雄弁は銀、銀なら欲しいと思わないか?」


 ヴェロニカはもう一度、扉を叩く。さっきよりも強く。


「何でしょう」


 女の声が、扉の向こうから聞こえた。結婚しているのか。


「開けろ、バーギィに用がある」とヴェロニカ。


「ウチの人はいません」


 扉の向こうの声は言った。


「いいから開けろ、クソ野郎。借金の取立てだ、馬鹿」


 施錠を解く音がした。ゆっくりと扉が開く。


「借金は全て返したって――」


 開いた扉の隙間から、女の顔が覗いた。頬がこけ、片目が腫れた色白の女だった。黒い髪に、斑に紛れる白髪が目立つ。幸福そうな顔はしていない。片目の腫れは殴られたものだろう。首も皺だらけだ。


「雨が降ってる、中に入れさせろ」


 ヴェロニカの態度は不遜でデカい。女は命令される事に慣れているのか、扉を更に開けて二人を招いた。

 釜戸、テーブル、棚、片付けられた食器。店というよりも、ごく普通の家庭に思えた。奥に小さな子供がいる。バーギィは妻子持ちだったらしい。子供は女の子で、ヴェロニカとアッシュをジッと見ている。友好的な視線ではない。

 女は子供を二階へやる。アッシュとしてもこれから話す事を考えると、子供がいるのは嫌だった。ありがたい。


「またあの人はお金を借りたんですか?」


 女は言った。椅子に腰掛け、諦めた様に溜息を漏らした。


「心配するな、バーギィはどこだ」とヴェロニカ。


 だが、こんな状況で心配しない訳がない。


「いくら借りたんですか?」


「お金じゃないんです」とアッシュ。


 女の姿を見ると、居たたまれなくなる。


「だったら何なんですかっ」


 感情が爆発したのか、泣き出す。


「それは――」


 ヴェロニカを見る。黙ってろ、と首を振られた。


「言えません」とアッシュ。


「けど、ウチの人を追ってるんでしょう?」

「助けに行くんだよ」


 ヴェロニカが観念した様に言った。こういう台詞は最も似合わない。


「本当ですか?」


「本当です」とアッシュ。


 これから話を聞いて、必要ならば痛めつけるとは言えない。


「どこにいる、さっさと言え」


 どうやらヴェロニカはこの手の女性が苦手らしい。


「あの人は娼館にいます。いつもそうなんです」


「ろくでもないな」とヴェロニカ。


「そんな事言わないで下さい」


 女が反論していた。意外だ。ヴェロニカは面倒臭そうに舌打ちをした。


「悪かった。俺が謝る」とアッシュ。


 ヴェロニカの苛立ちが限界にきているのが分かった。


「どこの娼館だ。どうせ贔屓の女がいるんだろ」


 ヴェロニカの問いに、女は啜り泣きながら「菖蒲の園って娼館です。あの人はいつもあそこにいて、シェリーって女の子を指名するの」と答えた。


「よく知ってるじゃないか」


 ヴェロニカが言った。


「シェリーと話した事もある」


 女の口調が強くなった。


「私よりも若い子だった」


 強い言葉に狂気を感じた。泣きながらも、心に火がついた様だ。正妻のプライドか。


「分かった、ありがとう。恩にきる」


 アッシュは早口で捲くし立て、ヴェロニカに「出よう」と言った。


 ヴェロニカは面白くなさそうな顔をしていたが、情報は手に入れたので、一緒に家を出た。


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