ヴェロニカが、暗がりにある高利貸し組合の屋敷から出てきた。石造りで蔦が茂る壁。扉には職業を示す飾りなどなく、廃館とも思える屋敷だった。
彼女が家の中にいる間、アッシュは外で待っていた。
「組合の奴らはどうだっ娼館」
寒い。アッシュは首を守る様に、肩をすくませていた。
「クソ野郎だ」とヴェロニカは吐き捨てる。
「アンタは?」
「最高だろ」
「異論は認めないって。で?」
「金を取られた、クソ。金貨を三枚だ。アイツら、足元見やがって」
「素直に払ったのか?」
「お前とは違うんだよ。私は善良な市民だ」
「どんな情報を買ったんだ?」
分が悪いので、話題を変えた。
「二週間程前に、借金を一括返済した奴がいる」とヴェロニカ。
「俺がエドワールと取引したのも二週間前だったな」
「タイミングとしては悪くない。会いに行く価値はあるぞ」
「どこのどいつだ?」
「バーギィという男だ。ポニ通りでバーギィ・ゴルダ商会を営んでる」
「俺とまんま同じじゃねぇか」
「な、お前みたいなろくでなしクズ野郎は、至る所に蔓延ってる」
「悪いね」
「反省しろ」
歩き出し、ポニ通りへ向かう。
**
ポニ通りのバーギィ・ゴルダ商会へ。夜なのでもう営業はしてない。当然、店は閉まっている。
小雨が降ってきた。寒さが痛みへ変わる。
「朝まで待つのか」
アッシュは言った。
「扉があるんだから叩く」
ヴェロニカが有言実行。扉を思い切り叩いた。ノックではない。
「何でいつでも静かに出来ないんだ?」
アッシュは呆れる。
「何かを生み出すってのは力がいるんだ」
「沈黙は金って知らないのかよ」
「雄弁は銀、銀なら欲しいと思わないか?」
ヴェロニカはもう一度、扉を叩く。さっきよりも強く。
「何でしょう」
女の声が、扉の向こうから聞こえた。結婚しているのか。
「開けろ、バーギィに用がある」とヴェロニカ。
「ウチの人はいません」
扉の向こうの声は言った。
「いいから開けろ、クソ野郎。借金の取立てだ、馬鹿」
施錠を解く音がした。ゆっくりと扉が開く。
「借金は全て返したって――」
開いた扉の隙間から、女の顔が覗いた。頬がこけ、片目が腫れた色白の女だった。黒い髪に、斑に紛れる白髪が目立つ。幸福そうな顔はしていない。片目の腫れは殴られたものだろう。首も皺だらけだ。
「雨が降ってる、中に入れさせろ」
ヴェロニカの態度は不遜でデカい。女は命令される事に慣れているのか、扉を更に開けて二人を招いた。
釜戸、テーブル、棚、片付けられた食器。店というよりも、ごく普通の家庭に思えた。奥に小さな子供がいる。バーギィは妻子持ちだったらしい。子供は女の子で、ヴェロニカとアッシュをジッと見ている。友好的な視線ではない。
女は子供を二階へやる。アッシュとしてもこれから話す事を考えると、子供がいるのは嫌だった。ありがたい。
「またあの人はお金を借りたんですか?」
女は言った。椅子に腰掛け、諦めた様に溜息を漏らした。
「心配するな、バーギィはどこだ」とヴェロニカ。
だが、こんな状況で心配しない訳がない。
「いくら借りたんですか?」
「お金じゃないんです」とアッシュ。
女の姿を見ると、居たたまれなくなる。
「だったら何なんですかっ」
感情が爆発したのか、泣き出す。
「それは――」
ヴェロニカを見る。黙ってろ、と首を振られた。
「言えません」とアッシュ。
「けど、ウチの人を追ってるんでしょう?」
「助けに行くんだよ」
ヴェロニカが観念した様に言った。こういう台詞は最も似合わない。
「本当ですか?」
「本当です」とアッシュ。
これから話を聞いて、必要ならば痛めつけるとは言えない。
「どこにいる、さっさと言え」
どうやらヴェロニカはこの手の女性が苦手らしい。
「あの人は娼館にいます。いつもそうなんです」
「ろくでもないな」とヴェロニカ。
「そんな事言わないで下さい」
女が反論していた。意外だ。ヴェロニカは面倒臭そうに舌打ちをした。
「悪かった。俺が謝る」とアッシュ。
ヴェロニカの苛立ちが限界にきているのが分かった。
「どこの娼館だ。どうせ贔屓の女がいるんだろ」
ヴェロニカの問いに、女は啜り泣きながら「菖蒲の園って娼館です。あの人はいつもあそこにいて、シェリーって女の子を指名するの」と答えた。
「よく知ってるじゃないか」
ヴェロニカが言った。
「シェリーと話した事もある」
女の口調が強くなった。
「私よりも若い子だった」
強い言葉に狂気を感じた。泣きながらも、心に火がついた様だ。正妻のプライドか。
「分かった、ありがとう。恩にきる」
アッシュは早口で捲くし立て、ヴェロニカに「出よう」と言った。
ヴェロニカは面白くなさそうな顔をしていたが、情報は手に入れたので、一緒に家を出た。