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第26話 ろくでなし

 早速、手紙を開くヴェロニカ。


「おい、いいのかよ」とアッシュ。


 野蛮な開け方に驚いた。


「これは私が貰った」

「どう考えてもミラに宛てた手紙だろうが」

「ああ、けど私が貰った。読むぞ」


**


『 親愛なるミラへ――。


 君にこの様な便りを出す事が、私にとってどれだけ辛い事か分かって欲しい。


 私は知っての通り、善良な市民ではなかった。君と出会ってから、そうなろうと努力をしたが、私には出来なかった。私は自分がどこから来て、何をしていた人間か知っている。何もかもを変えるには、些か遅かった。私は悪人だ。変わる事は出来ない。


 ここで君に全てを打ち明けるのは、本当に辛い。だから敢えてその全てを書き残したりはしない。私は職人見習いとなり、それから遍歴の職人として、いくつもの街を旅してきた、そんな普通の男とは違うんだ。


 私は悪人だ。

 私は裏社会の住人で、教会の庇護の外にいる。そういう男だった。


 ミラ、君がこの便りを読んだなら、どうか直ぐにこのグラオトレイから出ていって欲しい。危険が迫っている。


 くれぐれもサウスボンスには行くな。私が既に死んでいるのならば、奴らは君を知っている。可能ならば、サンバレス大陸のラグーンコーストに行くといい。あそこは温かい。


 私には信仰がなかった。だが、君の為なら喜んで祈る。ミラ、君にラマ様の加護があらん事を。私の子供を宜しく頼む。愛している。


 いつかまた、もし叶うなら、またいつか、どこかで会おう。


                         エドワール・スロッグ 』

**


「全大陸が泣く手紙だな」


 ヴェロニカは笑う。


「アンタには人情ってもんの残骸すらないのか」とアッシュ。


「お前は泣いてるのか」

「いや、流石に泣いてはいないけど、感動はしたさ」

「じゃあ笑うのはよせ」

「マジかよ」


 口元を手で隠した。


「お前は最低だ」

「ミラに渡すんだろ?」

「とりあえずな――。何だ」


 男が近付いてきた。

 黄ばんだシャツに、草臥れたスボン、汚い靴を履いた男だった。髪は蔦のように丸まって縮れている。


「アンタら知り合いか?」と男は言った。


 全く要領を得ない話し方だ。酔っ払いか。小便臭い。歯が黄色いし、歯茎は黒い。


「あっち行け」とアッシュ。


 しっしっ、と追い払う仕草。


「エドワールの知り合いなんだろ?」


 男が直ぐ手前まで迫って来る。


「さっき言ってたのを聞いた。それに、あの店から出てきた」

「どうやら私達は友達になれるみたいだな」


 ヴェロニカが言った。


「何を知ってる、そして何を知りたい」

「酒が飲みたいんだ。買ってきてくれないか」


 男は言った。

 するとヴェロニカは男の足を掛け、反転に返し、そのまま地面に顔面を叩きつけた。


「調子に乗るなよ」と囁く。


「私達と交渉出来ると思ったのか」


 アッシュはこれに関しては正しい、と思った。間に入って仲裁せずに、成り行きを見守る。男は鼻血を出している。


「わ、悪かった、ごめん、ごめんよ」


 半べそをかいた声。情けない奴。立たせて、路地に引きずり込んだ。

 男はへたり込んで、地べたに座っている。


「アンタ、名前は?」


 アッシュが聞いた。


「テノーだよ。あぁ頬が痛てぇ、きっと骨が砕けてる」

「だったら鼻も砕いた方がいいか」


 ヴェロニカが拳を撫でた。


「いや、止めてくれ」とテノーはすっかり怯えている。


「エドワールについて知ってる事を言え」

「アイツは俺の従兄弟と仕事をしてたんだよ。だがある日、従兄弟は死んだ。殺されたんだ。エドワールは知らないかもしれないが、俺は知ってたぜ。俺の従兄弟が奴と仕事をしてたのをよ」

「嗅ぎ回ったのか?」

「借金で首が回ってなかった従兄弟がある日、急に羽振りが良くなったんだよ。借金も全額返済出来たとか言ってな。そんな夢の様な話があるか。アイツは賭けが弱いし、そのくせ止められない性格だった。なのに借金を全額返済だって、不思議だと思わねぇか? だから俺は、奴から色々聞いたのさ。酒をたんまり飲ませたら、よく喋ったよ」


 アッシュと全く同じ境遇だった。止められない賭け、増える借金。


「その従兄弟はいつ殺された?」


「去年だよ。ある日、刺されてそのまま逝っちまった」とテノー。


「お前もこうなる運命だったのかもな」


 ヴェロニカがアッシュに言う。


「いや、多分そうだろうな」


 もしエドワールと仕事を続けていたら、いつか殺されていたに違いない。背筋がゾッとした。


「エドワールは死んだ」


 ヴェロニカが言った。


「どっかの誰かが、お前の従兄弟の仇を取った」

「そうか――」


 テノーは頷くだけだった。


「それを聞けてよかったよ。俺の従兄弟はいい奴だったんだ」


「貴重な情報だったぞ」とヴェロニカ。


 二人はテノーを置いて、路地を去った。


**


「これからの作戦が決まった」とヴェロニカ。


 酒場へ入った。注文を済まし、温いビールを飲む。


「鍵がなんの物か分かったのか?」


 アッシュがそう言ってから、ニンニクを齧る。


「いや、まだだ。だがエドワールの手口が分かったろ。テノーの従兄弟とお前の共通点はなんだ」

「俺が言うのか?」

「自分で言え」

「博打を止められない、借金苦という事。この二点だ」

「ろくでなしの一言でいいだろ」

「説教かよ、勘弁してくれ」

「けど大事だぞ。エドワールはろくでなし共から協力者を探していた。だから、他に協力者がいるとしたら、同じろくでなしだ。賭場に出入りしてる負け犬を探す」

「そんなの山盛りいるぞ」

「お前はもう一つ、大事な事を忘れてる。テノーの従兄弟は借金を返済したと言ってたろ? お前もその予定だった。つまり、エドワールの協力者は借金を返済しているろくでなし、という事だ」

「だいぶ絞られたな」

「借金を返済した奴なら、私が調べられる。相当な額を一括返済してきたろくでなしだ」

「組合があるのか?」

「非公式な集まりだよ。教会からの庇護は受けてない」

「待て、一つ疑問がある。エドワールはどうして殺す相手の借金を返済してやってる? どうせ殺すなら、報酬を払わない方がいいだろ」

「いい加減、自分を鏡で見てみたらどうだ?」

「どういう意味だよ」

「借金の返済をしてないお前がいる事で、どうなってる。エドワールは死んだが、奴の裏稼業は私に探られて、全てが暴かれつつある。高利貸しってのは、危険な存在だとエドワールは知っていた。だからこそ全ての厄介ごとを片付けてから、本人を始末してるんだ。余計な追い込みがかけられないようにな」

「成程、怖いな」

「自業自得だ。食ったら出るぞ、仕事だ」


 ヴェロニカがアッシュのニンニクを引ったくった。


「高利貸し組合から情報を買う」


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