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第25話 封筒

 ラブラン通り、リッチロイ墓地近くにミラの言う阿片窟はあった。酒場風の建物だが、営業している様には見えない。


「気味悪い店だな」とアッシュ。


 軒先には蜘蛛の巣が張っている。地面には乾いた吐瀉物。


「だが阿片の匂いは漏れてくる」


 ヴェロニカが言った。


「アンタ、鼻がいいな」

「お前は犬の割に鼻が悪い。犬並みなのは頭脳だけだ」

「俺の負けだよ、もう俺には何も言わないでくれ。和平を結ぼう」

「生憎だな、犬とは条約を結べない」


 ヴェロニカが扉を押した。軋んだ音。

 店内へ。暗く、阿片の香りが充満している。ベッドが、室内に敷き詰められる様に並べられており、そこに人間が横たわり、口には吸引器具が繋げられていた。

 異様な光景と匂い、退廃的な雰囲気に、アッシュは圧倒される。

 ここは阿片窟でも、重度の中毒者が多い店だった。ベッドで横たわる全員が、虚ろな瞳で気怠そうに、ただただ一点を見つめて阿片に溺れている。太っている人間は一人としていない。皆が皮と骨の身体を、汚れだらけの服で覆っている。


「どうも、初めてですか」


 店の男らしい。コイツは健康そうだ。儲かっているのだろう。

 短い髪に、くっきりとしたほうれい線と、顎鬚を蓄えた紫色の唇。俺達をからっているのだ。話すと、欠けた前歯が見えた。


「初めてだ」


 ヴェロニカは言った。


「だったらウチじゃなくて、別の店へ行った方ががいいですぜぇ」と男は言った。


「私はここにいる無様な中毒者に見えないか?」

「ええ、とても健康に見えまさぁ」

「節穴だな」


 ヴェロニカの会話を聞いていると、喧嘩を売っているとしか思えない。

 アッシュはすかさず「人を探している」と会話に割って入った。


「人探しの協力は出来やせん」


 男はニヤニヤしながら答えた。


「ウチがやるのは阿片だけですぜぇ」


「はっきり言ってくれる」とヴェロニカ。


「文句があるなら出て行ってくだせぇ」


 男も負けていない。こういう商売だ。舐められてはやっていけない。


「エドワールだよ、俺達が探しているのは。アンタだってそろそろ阿片の仕入れが必要だろ?」


 アッシュが言った。ヴェロニカには任せてられない。


「ふん」


 男が鼻を鳴らす。


「エドワールですかぁ、奴がどうかしたんですかねぇ?」


 どうやら死んだ事はまだ知らないらしい。


「奴はもう阿片を運ばない」とヴェロニカ。


 男の顔つきが変わった。ヴェロニカの言葉の意味を分かっているのだろう。


「エドワールを探してるんじゃあなかったんでぇ?」


 男は言った。


「話の筋が通ってないですぜぇ。アンタらはエドワールに会ったから、そんな事が言えるんでしょうが」

「私の話の筋が通ってない事を指摘すれば、阿片の卸しが再開するとでも思ってるのか?」


 確かにヴェロニカの言う通りだ。論点をズラしたところで、何も解決しない。


「おたくらの本当の目的はなにでさぁ?」

「お前も阿片が欲しいだろ。商売あがったりだもんな」

「結論を言ってくだせぇ」


 男が苛立っている。焦りが目に出ていた。


「この鍵だ、エドワールが持っていた。阿片の密売に関係あるらしい」とヴェロニカは鍵を見せる。


「多分これは阿片を保管している倉庫か何かの鍵だろう。どうだ、心当たりはないか?」


 鍵は多分、阿片を保管しているものじゃない。だがここでは嘘も方便。駆け引きだ。餌をぶら下げた。


「阿片が見つかったら、どうなるんですぜぇ」


 男が言った。まだ警戒を解いていない声だ。


「分けてやるよ、タダで」


 ヴェロニカが言った。


「気前がいいっこったなぁ」

「半分だけだぞ」

「ちょっと待っててくだせぇ」


 男は店の奥に消える。


「何か心当たりがあるのか?」


 その後姿を見ながら、アッシュはヴェロニカに言った。


「だろうな」


 直ぐに男が戻ってきた。手紙を持っている。


「エドワールから預かっていたもんでさぁ。ある晩、市外の風車塔へ呼び出されたんですわ。そこでこれを渡されたんですぜぇ。俺に何かあったら店に女が来る筈だから、そいつに渡せ、と言われていました。中身は見た事がありませんぜぇ、誓っていい。中身は本当に知りゃぁせん。何かの手掛かりになるかもしれませんぜぇ」


 封筒だった。蝋で封がされている。

 ヴェロニカはそれを受け取った。


「エドワールは誰かと一緒に来たりしてなかったか?」とヴェロニカ。


「いや、奴はいつも一人でしたぜぇ」


 男は答えた。


「阿片が見つかったら、宜しく頼みまさぁね」


 店を出た。店を出るなり、ヴェロニカは封筒を開ける。

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