ラブラン通り、リッチロイ墓地近くにミラの言う阿片窟はあった。酒場風の建物だが、営業している様には見えない。
「気味悪い店だな」とアッシュ。
軒先には蜘蛛の巣が張っている。地面には乾いた吐瀉物。
「だが阿片の匂いは漏れてくる」
ヴェロニカが言った。
「アンタ、鼻がいいな」
「お前は犬の割に鼻が悪い。犬並みなのは頭脳だけだ」
「俺の負けだよ、もう俺には何も言わないでくれ。和平を結ぼう」
「生憎だな、犬とは条約を結べない」
ヴェロニカが扉を押した。軋んだ音。
店内へ。暗く、阿片の香りが充満している。ベッドが、室内に敷き詰められる様に並べられており、そこに人間が横たわり、口には吸引器具が繋げられていた。
異様な光景と匂い、退廃的な雰囲気に、アッシュは圧倒される。
ここは阿片窟でも、重度の中毒者が多い店だった。ベッドで横たわる全員が、虚ろな瞳で気怠そうに、ただただ一点を見つめて阿片に溺れている。太っている人間は一人としていない。皆が皮と骨の身体を、汚れだらけの服で覆っている。
「どうも、初めてですか」
店の男らしい。コイツは健康そうだ。儲かっているのだろう。
短い髪に、くっきりとしたほうれい線と、顎鬚を蓄えた紫色の唇。俺達をからっているのだ。話すと、欠けた前歯が見えた。
「初めてだ」
ヴェロニカは言った。
「だったらウチじゃなくて、別の店へ行った方ががいいですぜぇ」と男は言った。
「私はここにいる無様な中毒者に見えないか?」
「ええ、とても健康に見えまさぁ」
「節穴だな」
ヴェロニカの会話を聞いていると、喧嘩を売っているとしか思えない。
アッシュはすかさず「人を探している」と会話に割って入った。
「人探しの協力は出来やせん」
男はニヤニヤしながら答えた。
「ウチがやるのは阿片だけですぜぇ」
「はっきり言ってくれる」とヴェロニカ。
「文句があるなら出て行ってくだせぇ」
男も負けていない。こういう商売だ。舐められてはやっていけない。
「エドワールだよ、俺達が探しているのは。アンタだってそろそろ阿片の仕入れが必要だろ?」
アッシュが言った。ヴェロニカには任せてられない。
「ふん」
男が鼻を鳴らす。
「エドワールですかぁ、奴がどうかしたんですかねぇ?」
どうやら死んだ事はまだ知らないらしい。
「奴はもう阿片を運ばない」とヴェロニカ。
男の顔つきが変わった。ヴェロニカの言葉の意味を分かっているのだろう。
「エドワールを探してるんじゃあなかったんでぇ?」
男は言った。
「話の筋が通ってないですぜぇ。アンタらはエドワールに会ったから、そんな事が言えるんでしょうが」
「私の話の筋が通ってない事を指摘すれば、阿片の卸しが再開するとでも思ってるのか?」
確かにヴェロニカの言う通りだ。論点をズラしたところで、何も解決しない。
「おたくらの本当の目的はなにでさぁ?」
「お前も阿片が欲しいだろ。商売あがったりだもんな」
「結論を言ってくだせぇ」
男が苛立っている。焦りが目に出ていた。
「この鍵だ、エドワールが持っていた。阿片の密売に関係あるらしい」とヴェロニカは鍵を見せる。
「多分これは阿片を保管している倉庫か何かの鍵だろう。どうだ、心当たりはないか?」
鍵は多分、阿片を保管しているものじゃない。だがここでは嘘も方便。駆け引きだ。餌をぶら下げた。
「阿片が見つかったら、どうなるんですぜぇ」
男が言った。まだ警戒を解いていない声だ。
「分けてやるよ、タダで」
ヴェロニカが言った。
「気前がいいっこったなぁ」
「半分だけだぞ」
「ちょっと待っててくだせぇ」
男は店の奥に消える。
「何か心当たりがあるのか?」
その後姿を見ながら、アッシュはヴェロニカに言った。
「だろうな」
直ぐに男が戻ってきた。手紙を持っている。
「エドワールから預かっていたもんでさぁ。ある晩、市外の風車塔へ呼び出されたんですわ。そこでこれを渡されたんですぜぇ。俺に何かあったら店に女が来る筈だから、そいつに渡せ、と言われていました。中身は見た事がありませんぜぇ、誓っていい。中身は本当に知りゃぁせん。何かの手掛かりになるかもしれませんぜぇ」
封筒だった。蝋で封がされている。
ヴェロニカはそれを受け取った。
「エドワールは誰かと一緒に来たりしてなかったか?」とヴェロニカ。
「いや、奴はいつも一人でしたぜぇ」
男は答えた。
「阿片が見つかったら、宜しく頼みまさぁね」
店を出た。店を出るなり、ヴェロニカは封筒を開ける。