二階の寝室へ上がった。
「何でデブって言ったんだ」とアッシュ。
「余分に金を払った」
「お前、顔が笑ってるぞ」
ヴェロニカが指摘する。
「複雑な感情ってやつだな、痛快でもあった」
寝室へ入る。
「お兄様」
イリーナが駆け寄ってきた。少女の様な高い声に金髪。黒く細い眉に、二重の青い瞳。背はアッシュより少し低い。麻の寝巻きを着ている。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「まぁまぁ、かな」
アッシュは言った。
「こちらの方は?」
「仕事仲間だ」とアッシュはヴェロニカとミラを紹介する。
「ヴェロニカだ」
「ミラです」
「初めまして。イリーナです。すいません、こんな姿で」
イリーナが礼儀正しくお辞儀をする。
「ちょっと仕事の話があるから、外してもらっていいか」とアッシュが言うと、イリーナは頷いて一階に下りていった。
「本当にお前の妹なのか?」とヴェロニカ。
「全く無礼者じゃない」
「腹違いだ、俺とは違う」
「だろうな、今までのお前の言葉で一番説得力がある」
「無礼者で悪かったな」
「それだけじゃない、ノロマでクソ馬鹿だ」
「ミラの話をしよう。俺の話はもういい」
アッシュはベッドに腰を降ろした。ヴェロニカは壁に背を預けて、ミラは椅子に座る。
「エドワールの死を知ったのは?」とヴェロニカ。
「家に行きました。そこで見たんです」
ミラは視線を落とし、自分の指を見ながら答えた。
エドワールの死体は放置したままだった。それを見たのだろう。
「奴の仕事は知っていたのか?」
「阿片ですよね」
知っていたのか。
アッシュとヴェロニカは顔を見合わせる。
「だからアーティバッハを殺しに行ったのか」
「それは――、はい」
自分のやった事を思い出し、恥じている様だ。
「知っていて結婚したのか、まぁ正式なものじゃないが」
「赤ん坊が出来たんです。お腹に」
ミラが腹を摩る。ヴェロニカが舌打ちをした。
「男はこういうのに弱い」とアッシュが言った。
「阿片の密売人も、人の子だったって事だ」
「近頃のジントゥーラは弛んでいるな」
「彼は悪くないんです。私が一方的に好きになって、それで――」
ミラがエドワールを庇った。
「色話はいい」
ヴェロニカははっきりと言う。
「どうしてアーティバッハがエドワール殺したと思った」
「何日か前に、彼はアーティバッハさんと話があると言って、家を出て行った事があったんです。でもそれで戻ってきたら、すごい怒っていて。理由は話してくれませんでした、私も仕事については詮索しない様にしてましたし。けど彼の、その――、死体を見た時に、直ぐにアーティバッハさんがやったんだって分かりました。それしかないって」
「揉めたのかな」
アッシュはヴェロニカを見る。
「だろうな。分け前を増やせとか、阿片の値上げを要求したりとか。それで揉めて殺された。まぁそんなところだろう」
「思い切った事をしたな。相手はサウスボンスの諜報員だぞ」
「楽園派のカリオペ騎士団に自信があったのかもしれない。お前の家に来た、赤いローブの大男、なかなかの魔導士だったじゃないか」
宗教派閥は大抵、自前の騎士団を持っている。元々は過去に起こった聖地戦争の際に、邪教や蛮族に奪われた聖地を取り戻す為に組織されたもので、その名残りが今でも続いている。
「どう思う?」とアッシュ。
「色んな事が見えてきたな」
ヴェロニカは呟いた。
「アーティバッハはエドワールなし、つまりジントゥーラなしで阿片の取引に乗り出したかったんだろう。多分ジントゥーラに仲介料でも払ってるのが嫌になったんだな。後は奴が市参事会員に当選したのも関係あるだろう。敵国諜報員との繋がりを消して、綺麗な身体になりたかった」
「それでエドワールを殺したってか」
「まぁ諸々あって、端折るとそういう事じゃないか。結局、奴らは阿片の村にも来て、生産を確保した。見たろ?」
「確かに見た」
阿片村で見たジゼルを思い出す。
「だが謎も残る」
「何だ」
「鍵だよ。お前の家に来た魔導士は鍵を探していた。私は今まで、この鍵は隠している阿片を保管している倉庫とかの鍵なのかと思っていたが、奴らは阿片をもう手に入れている。じゃあこの鍵は何だ、何故魔導士は鍵を求める?」
ヴェロニカは鍵を見せながら言う。
「言われてみればそうだな」とアッシュ。
「残りの阿片とか? どっか鍵の掛かった場所に保管してる分があるのかも」
「お前は呑気だな、村を抑えたのにそんな事するか」
それからヴェロニカはミラに「この鍵について何か知らないか」と言った。
「すいません、何も」
ミラは申し訳なさそうに答えた。
「じゃあ、阿片以外の素敵な物って事だろ」
アッシュが口を挟む。
「それが何かを話してるんだ、クソ馬鹿」とヴェロニカ。
「もう喋りません、俺は絶対に喋らない。喋らないぞ」
「あのー、阿片窟には行かれましたか?」
ミラが言った。
「どういう事だ?」
「彼、その、仕入れた阿片を、たまに少しくすねて阿片窟に卸してたんです。子供の為に小遣い稼ぎだ、って言って」
阿片窟は、阿片と吸引器具を置いている店だ。街には勿論看板を出していないが、幾つか存在している。
「お前は罪な女だな、ミラ」
ヴェロニカは微笑んだ。
「どこだ、場所を教えろ」
「おい、そんな事言っても鍵の謎は分かんないだろ」
「ここにいても埒は明かない。それにこの鍵は、多分お前の言い方を借りるなら、阿片以外の素敵な物。真実ならもっと素敵な金になる」
「そんな調子いい事ばっか言って、今まで一つも金になってないぞ」
苦労だけが増えている。
「お前の妹は美人だな。借金返済をしてもらってもいいかもな」
「それは絶対に許さない」
「じゃあ金になる事をするんだな。ミラ、場所を教えろ」
阿片窟へ行く事となった。