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思慕を抱くブラックナイト

 冴木賢は、病室の扉をノックした。すぐに部屋から女性の声が返ってくる。


「どうぞ」


 総合病院は部屋が沢山あるのか、個室があてがわれているようだった。扉の横のプレートには”鵜飼うかい”と書かれていた。


「あ……冴木さんでしたか」


「どうも。るねっとさん、怪我の具合はどうですか?」


「はい、何とか……これも冴木さんとたくみんさんのお陰、ですね」


「僕はなにも。礼ならたくみんさんに直接してください」


「ふふっ、相変わらずですね」


 何が相変わらずか不明だったが、冴木はベッドで寝そべっているるねっとの横に行き、椅子に腰掛ける。

 るねっとは火傷のせいか包帯を幾重にも巻いて窮屈そうに見えた。顔も半分が覆われており、表情が読み取りにくい。


「でも、どうして火事の時に二階の”客室E”にいたんですか?」


「ちょっと荷物を取りに行ったんですよ」


「調理室に火を放ってですか?」


 るねっとは包帯のせいで片方しか出していない目を素早く冴木に向けた。


「ごめんなさい、聞き間違いかしら。……火を放ってと言いました?」


「火をつけて、のほうが正しいかな」


「何が言いたいんですか」


 その言葉に敵意に滲んだことが、鈍感な冴木でも分かった。


「るねっとさん、あなたが火をつけたんですよね。処方されていた睡眠薬をイーグルさんに飲ませて」


「き、急に何ですか? あの、お見舞いに来てくれたものと思ったんですが、冗談を言うなら帰ってもらえます?」


「冗談は言っていません。そうですね……こう言えばいいですか?」


 冴木は悠然とポケットから棒付きキャンディーを取り出す。まるで挨拶をするように、軽く告げた。



「るねっとさん、あなたが黒騎士です」



 るねっとは口元をぎゅっと結んでから冴木を睨んで震える声で否定した。


「やめて下さい……そうやってカマをかけているんですか?」


「いえ……あなただけが犯行が可能なんですよ」


「何故ですか?」るねっとはまばたき一つしない。「そもそも、私が来た時にはもうみさっきーさんが殺されていたんですよ?」


「それは違いますね。あなたは一度みさっきーさんと二人で黒騎士館に行っている。恐らく、イルミネーションや夕食の用意を一緒にしたんでしょう。みさっきーさんにだけ、集合時間を早く伝えたんですよね? それは恐らく記録に残るダイレクトメッセージには記載せずに鍵と地図の入った封筒に記載したんでしょう。それも何か理由をつけて分からなくなるように捨てさせたんですね」


 るねっとは黙って冴木を睥睨へいげいしながら話を聞いている。冴木は棒付きキャンディーの麻婆豆腐味と書かれた包みを開けながら黙々と話した。


「それで一通りの準備が終えてから、あなたは談話室にみさっきーさんを連れ込んで、持ってきていたナイフを使って刺殺した。みさっきーさんはあなたと黒騎士館でオフ会の準備をしていたわけですから、もちろん彼女はコートを脱いでいた筈です。あなたはそれを奪ってから、用意していたマスクを付けて、イーグルさんたちとバス停で合流した」


 冴木の頭の中で、みれいが言っていたミステリー研究会の仮装という言葉が新幹線のように通り抜ける。つい先ほど車内で、みれいが変装と仮装を言い間違えたのが解けかけていた糸を解くきっかけとなっていた。


「そしてあなたは、初対面というのをいい事にみさっきーさんに成りすまし、行動を共にした。るねっとさん宛に送ったというメールも、みさっきーさんの携帯で送信したのでしょう」


「冴木さん、面白いことを言いますね。でも、私はみさっきーさんと違ってご覧の通り髪が短いんですよ? どうやって誤魔化したっていうんです? まさか皆が見間違えたとでも?」


「いえ、あなたはウィッグも用意していました。みさっきーさんの容姿はゲームと似てる黒髪がチャームポイントだとイーグルさんが言っていましたね。あなたも当然それを知っていた。だから、事前に用意できたんですよ。多少の長さの違いは、みさっきーさんを刺殺後にいつでも調整が効きますから、長めの黒いウィッグを持ってきていたのでしょう。全員で大食堂に入ってもコートとマスクを取らなかったのは、なるべくその変装した姿を維持していたかったからでしょうね」


 冴木は棒付きキャンディーを口に放り込もうとして、一瞬止まる。


「そうそう、風邪気味のように演じて鼻声になってたんでしたっけ」


「そんなの……そんなの憶測です。第一、私は玄関をノックして外から来たんです。たくみんさんもシュダさんもそれを見ています。仮に冴木さんの言う通り変装をしていたとしても、矛盾しています!」


「その矛盾を可能にしたのが、あなたの悪魔的なトリックです」


 冴木はゆっくりと、丁寧に話し出した。


「あなたはみさっきーさんに成りすました状態でトイレに行くと言い残して談話室に向かうと、マスクを脱いで、そしてコートも脱ぎ捨てた。事前にみさっきーさんの周りに本を撒いていたのは、血液が乾いているのを少しでも紛らわすためでしょうね。流れた血が大食堂にいってもいけませんから。そしてあなたは、まず娯楽室に行った」


 冴木はそこでるねっとの反応を窺った。彼女の視線はもう冴木を捉えていない。


「あなたは娯楽室で暖炉に火をつけた。すぐに着火できるように準備をしておけば、そんなに時間はかかりません。そして、付けていたウィッグを放り込み、証拠を隠滅した。これが、なぜ暖炉がついていたか、の理由になります。それからあなたは、一階西通路から二階へ上がり、黒騎士像の前を通り抜けて二階東通路に向かいました。すぐ右手に何があるか、もちろんご存知ですよね?」


「……バルコニーがありますね」


「そう、あなたは事前にバルコニーの鍵を開けていたんです。鍵自体は、ポケットの中にでも入れていたんでしょう。そしてあなたはバルコニーに出ると、そこから下へ飛び降りた。そこにはあらかじめ、あなたの本当の荷物が雪で隠されていたんでしょう」


「ちょっと待って下さい、二階から飛び降りたですって? そんなの、出来っこありません。いくら雪があるとはいえ、怪我をします」


「用意周到なあなたに、出来ないことはありませんよ。ちゃんと道具を使ったんですから」


「道具? バルコニーにロープなんてなかったんでしょう?」


「ロープはありませんでしたが、イルミネーションに使われるコードは沢山ありましたね。僕が有栖川君と二人で黒騎士館に来た時、右側のイルミネーションの装飾が剥がれていたのを確認しています。その時は吹雪のせいだと思っていたんですが、あれはあなたがロープ代わりに使ったからだったんです。何本か纏めれば、耐久力も増えます。もちろん、僕たちが来ること自体が想定外ですから、イルミネーションの証拠は消さなかったわけです。いや、元から雪のせいにするつもりだったのかも知れませんね。なんせあの地方は毎年雪が降るそうですから」


 この時期は必ず雪が降る、というのはみれいの妹であるあおいが言っていたものだった。


「そしてあなたは全く別のコートと、自分の短い髪という姿になっています。そこにわざとゲーム内と自分をリンクさせるアイテムとして星のタトゥーシールを頬に貼った。言い忘れていましたが、シュダさんが聞いた外での物音、というのはご存知でしたか? 男性用トイレにいたシュダさんが、あなたが飛び降りた時の音を聞いていたんです。そしてたくみんさんはまんまと騙されて、るねっとさんが来たと思ったんです」


「そんなの……言い掛かりです」


「まだ、証拠はあります。あなたは一度だけ致命的なミスを犯したんですが、やはり自分では気付いてはいないようですね」



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