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顕在化するハイポシシスⅠ

 有栖川みれいは、大食堂で食事をしながらイーグル、あんず、るねっとの三人を観察していた。どちらも最初に会ったときよりは多少落ち着きを取り戻しているようだったが、やはり旧知の仲だった二人が亡くなっていることに心を痛めているようにも見えた。

 そこへ、大浴場に行っていた冴木、たくみんと一度部屋に戻っていたシュダの三名が戻ってきた。

 先ほどとは打って変わって落ち着いた様子のシュダを見て、るねっとが安心したように笑みを浮かべる。


「シュダさんも一緒だったんですね。良かった」


「さっきは取り乱してごめんよ。もう大丈夫」


 シュダが恥じらいながら言うと、あんずがうんうんと大きく頷く。寛容なギルドマスターを演じているのかと、みれいは少し可笑しく思った。


「大丈夫、謝ることはない。さてイーグル、残り物同士、一緒に風呂に行こうじゃないか。裸の付き合いってやつだ」


「は、はぁ……。あんずさん、酔ってそうですけど大丈夫ですか?」


「この程度は酔ったうちに入らん。では皆さん、失礼して」


 酒臭いあんずに肩を組まれて嫌そうにしているイーグルが軽く頭を下げ、玄関ホールに消えていく。大食堂には、みれいの他に冴木、るねっと、たくみん、シュダの四人が残った。


「そういえば有栖川さん」たくみんが空いていた椅子に腰掛ける。「さっき冴木さんとシュダと風呂から帰る途中にちょっと雪の様子を見たんですが、とてもじゃないけど帰れませんよ。もう真っ暗で明かりも全くないし……」


「あら、そうですの? なら……ここで泊まることは出来ます?」


「ああ、それならみさっきーさんが寝るはずだった場所が使えると思いますよ」たくみんがテーブルにある鍵に手を伸ばす。「えっと、これかな……あれ、スタッフルームの鍵だ」


「え? あら、本当ですわ」


 みれいはみさっきーと書かれたネームプレートの場所まで行き鍵を確認すると、鍵に付いたキーホルダーを冴木に見えるように持ち上げた。


「この館には、客室は六つだからね」冴木が低い声で言った。「元からスタッフルームも使う予定だったんだろう」


「あ、そうか。いやぁ、冴木さんは、つい見落としがちなところに本当よく気付きますね」


 たくみんがゴマをするように冴木に笑いかけた。みれいには、その言動がどうも冴木のご機嫌をとって仲間につけようとしているような気がした。だがもちろん憶測であり、勝手に決めつけるのは良くない。


「いや、事実を言ったまでです」


「でも流石に二つも部屋は余りませんね……」るねっとが困った表情でみれいと冴木を交互に見る。「スタッフルームに二人は、ね」


 あつボンの死体をどかすわけにもいかないし、現場の保存が優先されるだろう。冴木はどうするつもりなのだろう、とみれいが視線を移すと、黙って棒付きキャンディーを取り出しているところだった。みれいにとって、この一瞬は冴木を困らせる千載一遇のチャンスである。


「いえ、るねっとさん。ご心配なさらなくとも大丈夫ですわ。冴木先輩、一緒に荷物を置きに行きましょう。私こういう浴衣って何だか落ちつかなくて……早く着替えたいんですの」


「まぁ……みれいさんったら大胆ですね」るねっとが小声で呟いた。


「こんなの全然、普通ですわ」


 みれいが笑顔のお手本のようににっこりと笑っていると、冴木が棒付きキャンディーを咥えながら無表情で十度ほど首を傾けた。


「有栖川君は、倉庫で寝るのかい?」


「何言ってるんですか、冴木先輩。一緒にスタッフルームで寝るんですわ」


「なら僕は外で寝るよ」


「もう! それじゃ凍えて死んじゃいますわ!」


「どっちみち、オオカミの隣で寝たら食べられてしまうよ」


「冴木先輩は赤ずきんじゃありませんわ。いいから、荷物を運びましょう。ほら、冴木先輩、持ってください」


「結局、僕が持つのか……」


 仕方なく荷物を持つ冴木と、スタッフルームの鍵を持ったみれいは大食堂を出る。るねっととたくみんの二人がニヤニヤしながら手を振ってくれた。


 みれいと冴木は二階の像がある部屋を通過して、二階東通路に向かう。冴木は両手が塞がっているので、みれいがスタッフルームの鍵を使って中に入った。スタッフルームは説明されていた客室とそう変わった印象は受けなかった。

 みれいは冴木から荷物をひったくると、中身を盛大に広げて着るものを選別し始める。流石にこの状況でサンタ服を着ようとは思わなかった。

 冴木はというと、辺りをきょろきょろと見渡してから、音もなく廊下に消えていってしまった。みれいはからかうチャンスを失い落胆しながらも、寝巻きにもなりそうな軽装に着替えることにした。

 上はロングスリーブにフードの付いた裏起毛のピンクのパーカー。下はタイツにショートパンツを履いて、みれいは冴木がいるであろう廊下に出る。

 廊下では、冴木が心ここにあらずといった様子で突っ立っていた。 はたから見ても、なんとも気の抜ける表情である。常日頃からこんな様子では、一部の人間から死んだゾンビという愛称がつけられるのも頷ける。


「何をしているんですの? 冴木先輩」


「呼吸をしている」


「そういうおふざけはいいですわ。さぁ、冴木先輩、ちょっとこちらに」


 みれいは冴木を引っ張って部屋に戻る。なんとかベッドに座らせると、みれいも隣に腰掛けた。思ったよりもふかふかしたベッドのせいで、弾みで冴木がゆらゆらと揺れていた。


「さて、冴木先輩。私からとっておきの情報があります」


「どうせ、事件のことだろう?」


「なんで分かるんですの?」


「有栖川君、ミステリーオタクだって言っていたよね? こんなシチュエーションは三度の飯より好きだろうと思ってね」


「きゃっ、冴木先輩ったら私のことをよく分かっていますわね。その通りですわ」


「でもね、有栖川君。僕は君とは違う」


「……? どういうことですの?」


「僕はこの状況を楽しんでいない。だから、君はきっとこの事件を解決したいと思っているだろうけれど、僕はその真逆。言い方を変えれば、素人が下手に手を出すものじゃない。こういった殺人事件を解決するために、警察というプロが存在するんだからね」


「でもそんなこと言いながら、しっかり事件の顛末てんまつを聞いていらっしゃったではありませんか」


「仕方なく聞いていたんだ。ちょっと気になる相違点を質問したりもしたけれど、これ以上首を突っ込みたくない。僕たちはこんな状況とはいえ、タダで泊めてもらっているんだよ」


「そんなこと仰らずに……私の一生のお願いですわ!」


「君の一生のお願いは先週、自販機でジュースを奢って欲しいと言ったときに使ったよね」


「一生のお願いが一度だけなんて、誰が決めたんですの?」


「……相変わらずわがままだね、逆に尊敬するよ有栖川君」


「お褒めにいただき光栄でございますわ」


「褒めているつもりは皆無なんだけれど……全日本わがまま選手権とか、開催されていないのかな? きっと君はシード権が貰えるね」


 みれいは冴木の困った顔を見て、何故か気分が高揚する。春に新しい制服に袖を通したり、夏の暑い日に水着を着て海辺を走り回るような何ともいえない感情である。


「冴木先輩はそうやって文句を呟きながらも話を聞いてくださるから、私は好きですわ」


「君が一方的に話をしているだけだよ」


「では、そんな事言えないほど衝撃の事実を言いますわ、よろしいです?」


「お好きにどうぞ」


「私、みさっきーさんの死体を見たんですけれど、そのときーー」


「え?」冴木が眉を顰めた。「ちょっと待って、死体を見た?」


「あら、なんですの? まだ爆弾発言はしていませんわ」


「なんで死体を見たりしたわけ? いつ?」


「入浴後にるねっとさんがお手洗いに行かれたので、その隙に」


「……有栖川君。頼むから外では好き勝手やるのはやめた方がいい。僕はフォローしないよ」


「ここは室内ですわ」


「そういう意味じゃないんだけれど、君はどういう思考回路をしているんだ?」


「まぁまぁ、それは置いといて。みさっきーさんの死体なんですが、顔にある十字の傷は黒騎士のゲーム内スキルを真似て付けられたものだと分かりましたわ」


「だろうね」


「え? 知っていたんですの?」


「いや、そんな気がしただけだよ。続けて」


 みれいは大浴場でるねっとと話したことを細かく冴木に伝えた。るねっとが生まれてすぐに父がいなくなり、母子家庭として育ったこと。精神を病みリストカットをしていたこと。ロケットペンダントに母親と一緒に映った写真を入れていること。黒騎士のスキルのこと。像の姿はゲーム内と同じこと、などである。


「影を使ってワープをしたり、ナイフを巧みに投げたり、敵を十字に斬る技があったり……」


 みれいはそこで一呼吸いれた。冴木が横目でこちらを見るのを待ってから告げる。


「……つまり、これは見立て殺人なんですわ!」




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