そこにあったのは、巨大な銅像。
細部まで
それはレッドアトランティスの舞台で頂点に君臨していた黒騎士を模したものだ、とここに集まった全員が一瞬で理解出来るほどに作り込まれていた。
黒騎士の像は大きな剣を二階の床に突き刺す形で直立しており、異質で不気味な雰囲気を纏っている。今にも動き出して、戦闘が始まりそうだった。
西側の四人。東側の二人はお互いに顔を見合わせたものの、何も言葉を交わさず、不気味な像から逃げるようにしてそれぞれの通路へ通じる扉を抜けた。
東側の通路へ消えていくあつボンとるねっとを見送ってから、あんずは西側の扉を抜ける。後ろからイーグル、シュダ、たくみんがパーティーメンバーのようについてきた。
通路に入ると、真っ直ぐ先に進んだ場所に下へ降りる階段が見えた。きっとこの一階にある大浴場や娯楽室のほうへ通じているのだろう。だとすれば、女性用トイレ、死体のあった談話室にも行くことができる。
右側に道があるのでそちらへ行くと、奥まで通路があり、左手の扉に”客室D”と書かれたプレートが貼られていた。その奥に”客室C”が見える。順当に行けばあんずの”客室A”は一番奥ということになる。
たくみんが”客室D”で立ち止まり鍵を出した。
「俺はここだな、お先に失礼」
その後、”客室C”にシュダが入っていき、”客室B”にイーグルが入っていった。
最後になったあんずも通路の奥まで辿り着く。通路に窓はなかった。ポケットから”客室A”の鍵を取り出して鍵を開けると、中へ入る。
客室は思っていたよりも広々としており、古めかしい内装ではあったが、安いビジネスホテルなんかよりもずっと良い印象を与えた。
部屋の奥、西側には窓があったが、内側から鍵が掛かっており、更に鉄格子が嵌められていた。隙間は五センチほどしかない。客室にはトイレも常備されていたので、わざわざ一階東の男性用トイレまで行く必要はなかった。
大きなベッドはしっかり整頓されており、シワの一つもなかった。一体誰が準備をしたのだろう、とあんずは首を傾げる。
「ん……?」
あんずはベッドの脇にあるサイドテーブルに何か紙切れが置いてあることに気が付いた。
「まさか……!」
思わずあんずの喉がひゅっと音を鳴らす。すぐさま紙を広げると、それが黒騎士の書置きだとすぐに分かった。
「黒騎士から逃れたければ、一階南西にある娯楽室へ向かえ……?」
あんずは書いてある文字をそのまま読み上げ、再び首を傾げる。
「娯楽室……逃れたければ?」
頭をフル回転させ、娯楽室の場所を思い出す。一階西側。階段を降りてすぐだ。
もし娯楽室に行かなかったら、逃れられない。一体何から、逃れられないのだろう。
脳裏に、みさっきーの無残な死体がフラッシュバックする。
次の瞬間には恐怖に駆られ、あんずは紙切れを握りしめたまま通路へ飛び出していた。
念のために震える手で”客室A”の鍵を閉め、そのまますぐに猛ダッシュで娯楽室に向かって走る。
あんずは突き当たりを右へ曲がり、一階西通路へ降りた。その突き当たりには、玄関ホールへ続く扉があるが、こちら側からも板で打ち付けられている。左に繋がる道へ視線を向けると、左手に脱衣所へ向かう扉。右手前には電気室と書かれた部屋に通じる扉があり、その奥に女性用トイレがある。更に奥には、談話室、みさっきーの死体がある部屋へ繋がる扉があった。ぱっと見た様子では、どれも扉は閉まっていた。
その通路から視線を戻し、右側にある娯楽室の扉を開けると、すでにそこには、シュダとたくみんの姿があった。
「なんだ、もう来ていたのか」
あんずが安堵の溜息を吐くと、たくみんが後頭部を掻きながら頭を下げた。
娯楽室には、ビリヤード台と卓球台があった。その奥には立派な暖炉があり、炎が勢いよく燃えていた。そしてここにある窓にも、鉄格子が嵌められている。恐らく、全ての窓に施されているのだろう。
「あれ、イーグルと東側の二人が来てないな」
「あつボンとるねっとは仕方ないだろう。俺は”客室D”だから一番近かったけれど、東側”客室E”と”客室F”はこの娯楽室と一番離れている東側だろ」
「確かにたくみんの言う通りだな。それに、像があったところから一階に降りても、扉が板で塞がれているから、像を通り越して俺たちがいた二階西通路から階段で降りないといけないわけか」
「まぁ、それにあつボンとるねっと、二人いるわけだし大丈夫じゃないか? それよりあんず、イーグルは見てないのか?」
「さぁ、知らないな。それより、二人の部屋にも黒騎士の書置きがあったのか?」
たくみんとシュダはそれぞれ顔を見合わせてポケットから紙切れを取り出した。書いてある言葉は一字一句、あんずの部屋にあったものと同じだった。恐らく、他の皆の部屋にも同じ書置きが置いてあるのではないか、と想像する。
「……一体全体、黒騎士の奴は何を考えているんだか。アイテム欲しさにつられた俺たちを、どこかで監視していてあざ笑っているんじゃないだろうな」
あんずは部屋をぐるりと見渡すが、監視カメラのようなものは見当たらなかった。
「さぁ……僕にはあんな廃人プレイヤーの考えることなんてわからないよ」シュダが卓球台の所へ近付いてラケットを取った。「さて、僕は卓球部だったんだけど、誰か勝負する?」
「シュダ……お前呑気だな」
「だってクリスマスパーティーだろ?」
「そうだが……まぁいい。イーグルと、東側の二人と合流して、何事もなければやろう」
「おっ、そうこなくちゃ」
「それにしても、この部屋に黒騎士の書置きはないみたいだな」
「確かにそうだな」シュダが卓球台の辺りを確認する。「うーん、ラケットにも貼られてない。そろそろ黒騎士の登場か?
」
それを見たたくみんがビリヤード台に近付いて書き置きがないか探したが、何も見つからなかったようで首を横に振った。
「ビリヤード台にもなし。もう指示は終わりか。どっちにしろ、黒騎士が何処かに隠れているのは確かだな。そう考えれば、黒騎士がみさっきーを殺したに違いない」
場が途端に鎮まり返り、暖炉の火が燃える音が
その音に混ざって、廊下から誰かが走る足音がした。扉が勢いよく開かれ、慌ただしく現れたのは、るねっとだった。
「遅かったね」
「あれ、あんずさん……皆さん来てたんですね」
「ああ。あれ、一人なの? あつボンは?」
「え? もうとっくに来ているんじゃ?」
「いや、来ていない」
「え……でも私、扉をノックしました。返事がなかったから、先に行ってしまったのかと思って」
「それは本当か? なにやってるんだあつボンは……」
あんずは娯楽室を出ようとしたが、るねっとが静止した。
「あ、あのもしかして玄関ホールの方から行こうとしてしまったのでは? だとしたら、少し待ったら来るかも」
「それでも、心配だ。イーグルもまだ来てないのはおかしい、見に行こう」
あんずがそう言って一同を見渡す。皆硬い表情で頷き、揃って談話室を出た。
すると、脱衣所の扉からイーグルがひょっこりと顔を出した。
「あれ、イーグルなんでそこに?」
「え? 何で皆さん……、僕は黒騎士の書置きがあって、脱衣所に行けと……」
「脱衣所だって? 俺たちと指定された場所が違ったのか」
首を傾げているイーグルに、あんずは簡単に説明をする。イーグルは足音が聞こえたから顔を出したと説明してくれた。そしてイーグルの持っていた紙切れには確かに脱衣所に行けと書いてあり、るねっとのものはあんずと同じ談話室だった。
あつボンがどこに指定されたか分からないので、全員はあつボンを探しに行くことになった。
一階西側の部屋にいたらこの騒動で顔を出すと思われたので、全員は他の場所だろうと考え二階へ上がる。そのまま真っ直ぐ進み、像のある部屋へ出た。そこに存在するのは黒騎士の像だけであり、あつボンの姿は見えない。
イーグルとシュダが、途中二人で階段を降り、玄関ホールと大食堂を見に行ったが、あつボンは見つからなかった。
合流して、仕方なく二階東通路に全員で向かう。
入って奥には、一階東通路に繋がる階段がある。どうやら玄関ホールの階段と同じ左右対称になっているようで、西側と造りは同じようだ。左に伸びている通路の右手前は、倉庫と記された扉。その奥にスタッフルーム。更に奥に”客室F”と”客室E”があった。通路には相変わらず窓はない。
「あつボンは、”客室F”だったよな」
たくみんが確認しながら客室の扉をノックした。
しかし、返事はない。たくみんがそのままドアノブを触る。
「鍵が掛かっているな。あいつ、どこ行ったんだ?」
イーグルがスタッフルームのドアノブを捻ったが開かないようで、南側にあるバルコニーに続く扉はるねっとが確認していたが、同様に施錠されているようだった。
「もしかしたら、一階の男性用トイレかもしれん」あんずは自分で発言してすぐに部屋の間取りを思い出した。「あ、いやでも、部屋にもトイレがあったか」
「一応行ってみましょう」
イーグルが賛同したので、また並んで通路を戻って今度は左に行き、階段を降りた。一階東通路に出ることになる。
降りて右手には、倉庫、と書かれた扉と調理室へ行く扉。左手には三つの扉があったが、手前はゴミ捨て場で、間にあるのが男性用トイレ、奥が管理室だった。施錠はされていなかったのでしっかり確認したが、どこにもあつボンはいなかった。
右手側の倉庫と、調理室にも見当たらず、あんずは調理室の更に奥にあるワインセラーの扉を開けて呼びかけたが反応がなく、また人影も見えなかった。仕方なく、一同は玄関ホールへと戻った。
シュダは卓球が出来なくなりそうで不満なのか、溜め息を吐く。
「はぁ、なんてこった。もしかしたら遅効性の毒が盛られていたとかで部屋で死んでるんじゃないか?」
「やめてよそんな、ゲームじゃないんだから簡単に死ぬなんて……」
るねっとが頭を抱えた時、玄関の扉がノックされた。
あんずは思わず肩を震わせ、皆の表情を窺う。
「もしかしたら、あつボンさんかも知れない」
イーグルが意を決して玄関に向かう。たくみんが言っていた通り、鍵が掛かっていたのでそれを解錠して扉を開けた。
現れたのは、若い二人の男女だった。