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理想的レッドヘリングⅢ

 たくみんは、広大な大食堂に置かれたテーブルの前で大きな欠伸をした。昔から座って寝るということが出来ない性格で、移動中も起きていたためもうだいぶ長いこと起きている。

 すぐ横には、ゲームでよくパーティーを組んでダンジョン攻略をしている帽子を被ったあつボンがいる。たくみんが眠いことに気付いて、声を掛けてきた。


「なんや、たくみん。でかい欠伸なんかして寝不足か?」


「そうだよ。深夜バスで来たんだけど、隣のおっさんのいびきはうるさいしで、災難だよほんと」


「ああー、オイラも寝息うるさいで。客席どこだった?」


 たくみんは自分のネームプレートの横に置かれていた鍵のキーホルダーを確認する。


「えっと、俺は”客室D”だな」


「マジか、オイラは”客室”F”や。なんだ隣じゃないかー、ちぇっ」


「いや、ちぇっ、じゃないだろ。やめろよな、でかいいびきかくのは」


「オイラは自覚がないねん。オカンにうるさいって言われるから知ったんやで」


「ほんと迷惑な奴だな、そんなんじゃ、るねっとに嫌がられるぞ?」


 たくみんは、俺は色々知っているぞ、という意味を込めてにやりと笑った。るねっとはまだこの場にはいないが、あつボンとここ最近なにやら仲良くつるんでいるのをゲーム内で目撃していた。ゲーム内のチャットシステムに『ささやき』というものがあるので、当人同士が何を話しているのかは不明だし、二人だけでボイスチャットをしていたとしても不思議ではない。ゲーム内の結婚システムなんかに手を出すんじゃないかと、たくみんは睨んでいた。


「なんでるねっとが出てくんねん。それより、オイラは飯が気になるわ。腹減った」


 あつボンが無理に話題を変えようとしていることが分かった。だが確かに、空腹なのはたくみんも同じだった。

 いつの間にか近くにきていたシュダとみさっきーもその意見に同意した。


「僕も腹減ったよー。もうここに来るまでかなり歩いただろ? 腹ペコだよ。お腹と背中がくっつきそう」


 たくみんはシュダの膨らんだお腹を見て、これが背中にくっついたら人命に関わりそうだと思った。


「私もお腹空いちゃったー」


 みさっきーがお腹に手を添える。シュダが早くも上着を脱いでいるのに対して、彼女はまだコートを羽織っていた。

 たくみんも暖房のせいか段々と暖かくなってきたので、ジャンパーを脱ぐことにした。あつボンはジャケットを脱いでいたが、帽子は被ったままだった。よほど気に入っている帽子なのだろう。


「シュダが腹減ったっていうのは分かるけどさ、俺たちの分まで食べるなよな?」たくみんは冗談を言う。「どんな料理が出るかは分かんないけどさ」


「おいおい。僕はこう見えて少食だからな!」


「絶対嘘やん。オイラの倍は食べるやろ、ちょっと腹触らして……うおっ! すげぇ肉やな」


「まぁ、伊達にデブを名乗ってないからな」


 あまり触れないほうがいいか、と思っていたがどうやらデブキャラで通すらしい。何故か誇らしげなシュダを見て、みさっきーが声を出して笑った。たくみんはそれを見て、少なからずみさっきーよりはシュダの方が食べるだろうな、と勝手に想像した。


「それにしても、黒騎士はどこにいるんだろうな」


 たくみんが率直な質問をすると、他の三人は首を傾げた。誰か何か聞いているんじゃないかと思ったが、そういうわけでもないらしい。


「オイラは食事の時には黒騎士が顔を出すやろうと思ってるけど、どうなんやろ」


 あつボンがそう言うと、シュダが何か閃いた、という動作をした。


「もしかしたら今頃、調理室でイーグルとあんずが黒騎士に会っているんじゃないか?」


「ああ……あり得るな」


 たくみんが頷くと、みさっきーが人差し指を顎に当てて宙を見る。ウィンドウショッピングをしているかのようだ。


「それって黒騎士がエプロンして料理作ってるかもってこと? なんか可愛いね」


 もちろん現実世界の黒騎士が鎧を着ているわけはないのだが、どうしても長年の印象で黒い鎧姿を想像してしまう。


「確かにオイラのイメージとはかけ離れてるわ。それか、ここまで正体を見せなかったんやし、黒騎士とイーグル、あんずの三人が何かドッキリを決行するのかもしれへんな」


「ええー、そんな手の込んだことするのかな? だとしたら、私もやりたかったなー」


 そこで、シュダがまたアイデアが浮かんだジェスチャーをした。


「そういえば、るねっとがまだ来てないだろ? 本当はもう来ていて、黒騎士と隠れてるんじゃないか?」


 たくみんはなるほど、と頷いた。何だかありそうな話に思えてくる。みさっきーが持っていた鍵と、もう一つ鍵があれば黒騎士とるねっとが二人で先行しているのではという仮説は理にかなってくる。現に、書置きや、外のイルミネーションなど、誰かしらが準備を施しているのは分かっているのだ。それを一人ではなく二人で行うというほうが、どちらかといえば自然に思える。


「じゃあ、こんな鍵がもう一つあるってことかな?」


 そう言ってみさっきーが取り出した鍵は確かに中世ヨーロッパやゲーム内に出てきそうな趣のある鍵だった。ゲーム好きの黒騎士が作りそうなデザインである。


「いいデザインの鍵だよね。そういえば、鍵はかけたの?」たくみんは玄関の方に親指を向ける。「こんなところに人は来ないと思うけれど……」


「一応鍵はしたよー。私に鍵を送ったってことは信頼しているんだと思うからさ、何があるか分からないからね」


 さすがはゲーム内でも倉庫管理を任されている人間である。よほど黒騎士から信頼されているのだろう。

 しかしどちらかといえば不審人物なんかよりも、野生の動物が紛れてくるかもしれないとたくみんは思った。それほどここは辺りを木々で覆われている。


「まぁ、そんな鍵はこの鍵開けマスターであるシュダ様にかかれば余裕だけどね」


「いや、それはゲームの中での話だろ? シュダはトレジャーハンターってジョブだもんな」


「あ、じゃあ私は、えーと、ガンスリンガーだから錠前を壊して侵入できるわ」


「オイラはメカニックだから錠前をいじってなんとかなるかもな」


 たくみんは思わず吹き出した。ゲームの中のスキルで鍵を開けられると自慢げにいっているのが実に愉快だった。

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