イーグルは、ギルドメンバーたちと喋りながら慣れない雪道を必死に歩く。
何十分も歩けば、滅多にこんな悪路を歩かないイーグルたちが疲れを感じ始めるのも無理はなかった。
「段々と雪が積もってきて、歩きにくいですね。みさっきーさん、あとどれぐらいで着くんですか?」
「多分もうすぐだと思います……。あ、ほら、あそこじゃないですか?」
みさっきーが地図に落としていた顔を上げて前方を指さした。イーグルは期待を胸にその先を追う。
「おお……」
六人の前には大きな屋敷があり、豪華なイルミネーションが
イーグルの横に並んだあつボンが、帽子を持ち上げて白い息を存分に吐いた。
「でっかいなー。オイラこんなでかい館なんて初めてや! あの黒騎士が、イルミネーションを準備したのか?」
「そうなんじゃないですか?」みさっきーが適当に答えた。「それにしても立派ですね。黒騎士はやっぱり相当お金持ちだったんでしょうね……物凄い額を課金してましたよね? あんずさん」
「ああ。俺もかなりしてる方だが、黒騎士とは桁が一つ違うかもしれん。運営会社も、黒騎士が引退したと知ったら、サービスを提供していく意志が弱まりそうだ」
「ふふっ、あんずさんが代わりに課金しないとですね」
「おいおい、冗談は止してくれよ」
館の周りにるねっとの姿は見えなかった。やはり次のバスで来るんだろう。住んでいる場所が遠かったのかもしれない。寒空の下で待つのも変な話なので、館の中で待つことにした。
黒騎士から送られたという鍵を使ってみさっきーが玄関を開けると、そこは大きな玄関ホールになっており、天井には巨大なシャンデリアが浮かんでいた。
左右に扉があったが、入って左側の扉は壊れているのか、木の板が打ち付けられていて通れないようになっている。正面の奥には玄関とほぼ同じほどの扉が設置されており、その両脇には二階へ続く階段があった。
イーグルは一通り玄関ホールを見渡してから、腕時計を確認する。時刻は十六時五十分。道中は雪が降っていたが会話も弾み、女性であるみさっきーを先頭にゆっくり歩いていたせいか、バス停に降りてから五十分も経過していた。遅れて来るであろうるねっとが次のバスで降りるとすればあと十分でバス停に着く。地図を頼りに一人で黙々と歩くならば、四十分ほどで着くだろうか、とイーグルは頭の中で計算した。
「なんだ、これ?」
小太りのシュダが玄関ホールの近くにあった受付のようなテーブルに向かい合っている。彼の手には紙切れが二枚あった。
すぐに近付いたあんずが、一枚の紙切れをシュダから受け取った。その一枚を、イーグルも顔を寄せて確認する。
「一階の見取り図ですね。凄い、黒騎士が建てたゲーム内の館に似てますね……黒騎士館でしたっけ?」
「確かに似てるな。ゲームのを模しているというより、ゲームのほうをこちらに似せたんだろうな」
「南側がこの玄関ホールの方ですか」
「そうみたいだな。おっ、西側に大浴場だって? 凄いな、楽しみだ」
確かに北西側には大浴場と脱衣所と記されている。その脱衣所の南側には娯楽室と記された部屋があった。しかし、西側の通路に通ずる玄関ホールからの道は板で打ち付けられているので、直接行くことは出来ない。
どうやら見取り図によると、玄関ホール正面に見える大きな扉は大食堂へ繋がる扉のようだ。この玄関ホールと大差ない間取りと記されているので、本当に巨大なフロアなのだろう、とイーグルは再認識する。
「一同は一旦荷物を置き、正面の大扉を抜けて大食堂へ集合せよ……って、書いてあるけど」
シュダが見取り図ではないもう一枚の紙切れを読み上げる。みさっきーが早くも重そうな荷物を置いてシュダに質問した。
「それって黒騎士の命令なの?」
「それしかないだろ? そういえば、玄関ホールから二階へ続く階段はあるのに、二階の見取り図はないのか」
確かにそうだ、とイーグルは見落としがないかテーブルを確認した。だが、テーブルには埃一つない。カーペットにも紙はなかった。
「きっと、黒騎士が教えてくれるんでしょう」イーグルは館に入ったというのに姿を現さない黒騎士のリアルの姿を想像する。「大食堂でディナーの用意でもしてるんだと思いますよ」
「なるほどな……」
隣であんずが大きく頷く。緩慢な様子から年長者としての貫禄が垣間見えた。
「イーグル、やっぱりお前は俺より頭の回転が早い。今からでもギルドマスターを交代しないか?」
「やめてくださいよ。あんずさんの方がふさわしいです」
「よく言うよ」
あんずが笑いながら見取り図を折りたたみ、胸ポケットにしまう。シュダの持っていた紙切れもあんずが一緒にしまっておく、と言って同じ胸ポケットへと吸い込まれていった。
まだ到着しないるねっとを除く六人は指示通りに一旦荷物を置いて、正面の大扉を開けた。大食堂へ続く扉である。
真っ先に大食堂の扉を開けたみさっきーが立ち止まった。
「うわぁー、凄い広いね!」
続いてぞろぞろと大食堂に入り、皆が同じ驚きをした。
大食堂は先ほどの広大な玄関ホールと全く同じ広さを誇っていたが、二階まで吹き抜けになっていた。ここにも同様にシャンデリアがあったが、玄関ホールのよりも小さいデザインのシャンデリアが二つぶら下がっている。壁にも照明があり、見たこともない壁画が浮かび上がっていた。
「ここも凄い広いですね……玄関でさえあんなに凄かったというのに」
イーグルが呟くと、すぐ横にいるあんずが腕組みして声を漏らす。
「そりゃ、そうさ。こういう館の玄関ってのは、ようはこの館の顔なのさ。だから必要以上に豪華にするもんだよ。その割には、西側の扉が壊れているのか板が打ち付けられていて見すぼらしかったがな」
「へぇ、詳しいですね。確かに外装も凝ってましたよね。イルミネーションも華やかでしたし」
「ああ、よく出来ている。流石は黒騎士だ。ん? どうした、あつボン」
帽子を被ったあつボンはきょろきょろと辺りを確認している。
「いや別に……ただオイラは装飾とかそんなのよりも、食事が気になんねん」
イーグルは食事と聞いて、大食堂に置かれている巨大なテーブルを見る。そこに料理の姿はなく、黒騎士の姿すら見えない。その代わりに、今回のオフ会メンバーの名前が記されたネームプレートが整然と並べられている。そのネームプレートの隣に、小さな鍵と、鍵に繋がっているキーホルダーがあり、そこに何か書かれていた。
イーグルは、イーグル様、と記されたネームプレートの元へ行き、鍵のキーホルダーを確認する。そこには、”客室B”と書かれていた。
「皆がそれぞれ一部屋貸し与えられるみたいですね」
イーグルは鍵を置く。すぐ脇に、玄関ホールにあったものと似たような紙切れが置いてあることに気付いた。
「イーグルと、あんずの二人は、大食堂の東の扉を抜けて調理室へ行け……ですか」
すぐ隣の席だったあんずが、イーグルが紙切れを読んでいることに気付き、近付いてきた。
「なんだ、それ?」
「また、指示が書かれた紙です」
「……ふむ。仕方ない、招待者の黒騎士の指示ならば従うほかないだろう。機嫌を損ねてレアアイテムを渡さないとか言われたら困るからな」
「やはり、ここに集まった人はそれ目当てですかね?」
「そりゃ、そうだろう。そうじゃなかったら、こんな人里離れた場所までわざわざ足を運ぶ必要がない。それぞれどこに在住かは知らんが、俺は新幹線の移動でくたびれたぞ」
「僕より大変そうですね、僕は電車とバスを乗り継いで来ました。えっと、それじゃ僕とあんずさんで調理室、ですね。行きましょうか」
イーグルとあんずは調理室へ向かう前に、一応紙切れを皆に見せる。その時にシュダがあんずを呼び止めた。
「あんず、ちょっともう一度あの一階の見取り図を見せてくれないか?」
「ああ、いいとも。折角だから、二枚とも置いておくよ。後で黒騎士が来たら渡そう」
「そうだな、サンキュー」
あんずが大食堂から調理室へ続く扉を開ける。イーグルは後を追いながら今一度、腕時計を確認した。
時刻は、十七時十分だった。