イーグルは、人気のあまりないバス停に降り立った。長いこと座っていたせいで、少し足が痺れていた。
同時に降車したのは、オンラインゲーム『レッドアトランティス』で知り合い、何年も冒険を共にしているギルドメンバーたち。
シュダ、たくみん、あんず、それと帽子を被ったあつボンという男性である。あつボンの被っている帽子はゲーム内アバターと似たような造りになっていて、駅で一度合流したときの良い目印になった。お互い、声は聞いたことがあるもののリアルで会うのは初めてだった。
イーグルは眼鏡を持ち上げてバス停を見渡す。葉をすっかり落としおえた枯れ木が風に吹かれている。すでに雪が降り始めていて思わず身震いする。
閑散としたバス停には、長い黒髪でマスクをしている女性が立っていた。オフ会メンバーたちの話を遠巻きに聞いていたのか、コートを翻しながらイーグルの元へ駆け寄ってきた。
「あ、あの! もしかしてレッドアトランティスの方たちですか?」
「あっ、そうですよ。ええっとあなたは……?」
「わぁ本当に!? 私はみさっきーです!」
「みさっきーさん!」イーグルは無遠慮に足先から頭まで視線を巡らせた。「いやぁ、ゲームキャラと同じで、可愛らしいですね」
「もう、お世辞がうまいですね」
「いやいや、お世辞じゃないよ」
イーグルとみさっきーももちろん初対面だったが、ゲーム内での長い付き合いのせいか初対面という感じがしなかった。それに普段中々女性と接する機会がなかったこともあり、単純に嬉しさもあった。気兼ねなく話ができる異性がいるのはいいことだ。
「みさっきーさん、マスクしてるけど風邪気味? ちょっと普段より鼻声じゃない?」
「いえ、もうほとんど治りかけなんですけど、一応念のために。それに、凄く乾燥してますから」
「たしかにそうですよね。もし何か辛くなったら言ってくださいね」
みさっきーはゲームのキャラクターと似た黒を基調とした服を着ており、長い黒髪は特にそっくりだった。髪に関しては以前ゲーム内でも本人が公言しており、リアルでもネットでも彼女のチャームポイントなんだろう。
イーグルとみさっきーが会話していると、後ろにいた面々が次々と顔を出して、現段階で唯一である女性プレイヤーのみさっきーに嬉々として自己紹介をした。
最後に自己紹介をしたのは、帽子を被った男性のあつボンだった。
「オイラはあつボンや。今日はよろしくな。それで、るねっとも来るって聞いてたけどここにはおらんの?」
イーグルはもう一人の女性メンバーである、るねっとの事を思い出して辺りを確認した。だが、このバス停には隠れる場所はおろか、他に人の気配すらない。
「そういえば見当たりませんね。こんな田舎のバス停以外に行くところもなさそうですけど……」ちょうど時刻表のところにたくみんが突っ立っている。「たくみんさん、次のバスまで何分でしたっけ?」
「えっと、今が十六時だから、次は十七時だな。ここ過疎ってるから一日五本しかバスがないみたいだ、午前中なんて一本しかないぞ」
たくみんの近くにいたあんずも、バス停の時刻表を覗き込んで顎を撫でた。彼がこの中で一番の年長者である。
「酷いところはもっと来ないと思うから、まだマシだ。ところで、みさっきーが館の鍵を持っているんだったかな? 道も分かるの?」
「あ、はい! 地図もあるので分かりますよ。早速向かいましょうか」
ひょっとしたらるねっとは先に館の場所を知っていて現地にいるかもしれない。あるいは、次のバスで来る可能性も考えられる。だが何時間もこのバス停で待つというのはあまり現実的とはいえない。ここは先に館に向かうのがベターだろうな、とイーグルは効率の良い方がどちらか考えていた。
黒髪で、マスクをしているみさっきーが皆の先頭に立ち、一同は初めて顔を合わせるメンバーたちと会話を弾ませながらのんびりと歩き出した。
今回はオンラインゲーム『レッドアトランティス』のオフ会ということで集まったのだが、招待状の差出人はここには居ない『黒騎士』と呼ばれる元ギルドマスターだった。
黒騎士は人工の多いレッドアトランティスにトッププレイヤーとして君臨しており、プレイヤー同士が戦うPvPや、多種多様のモンスターを掃討する早さを競うPvE、そのどちらでも上位ランクという脅威の人物だった。
黒騎士は昼夜問わずログインしており、一部のネット掲示板では黒騎士伝説と噂されるほどであった。それは、ここに集まったオフ会メンバーにとっては周知の事実である。
しかしそんな黒騎士も半年ほど前に一切ログインをしなくなった。はっきりとした理由は分からないが、ネット掲示板では様々な推測が飛び交った。黒騎士が装備している装備品の完成度の高さ、また長時間プレイによるランキング上位の独占に嫉妬した人々が、あることないこと書き連ねたのである。そのせいか、黒騎士伝説とまで噂されていた武勇はぴたりと止まってしまった。そういった誹謗中傷が、黒騎士引退の
そうして、新たにギルドマスターとして頭角を現したのは、中年のあんずである。彼も黒騎士同様に廃課金プレイヤーであり、またギルドメンバーからの人望も厚かった。彼は黒騎士不在のギルドを力強く支え、空いた時間に初心者プレイヤーを勧誘するなどして、よりギルドを発展させた。
そんな折に、黒騎士がまだ有名になる前からギルドに所属している現段階のマスターとサブマスター、チーフにあたるプレイヤーに黒騎士からダイレクトメッセージが届いた。このメッセージこそが、今回のオフ会開催のきっかけとなったものである。
メッセージの内容は十二月二十四日のクリスマスイヴに、黒騎士が所有している館で一泊二日のクリスマスパーティーをしようというものだった。
黒騎士はもとから、色々なイベントを好む傾向にあったが、こういったお誘いは初めてだったし、約半年ぶりのコンタクトにギルドメンバーは少なからず動揺した。元よりゲームの中でのみの付き合い、と割り切っていた部分もあったのだが、追記として書かれていた文言がその状況を一変させた。
「ゲームを正式に引退するので、持っているレアアイテムやレア素材。課金アイテムに超越強化済武器、レジェンドペット、所持ゴールドの全てを出席された方に均等に配ります」
この一文に、ゲームにのめり込んでいたギルドメンバーたちは出席せざるを得なかった。それほど、黒騎士の持っているアイテムたちには価値があった。リアルマネートレードに出せば、ゆうに一千万を超えるだろう。
また、黒騎士は気軽に手が出せないような高性能ゲーミングデバイスを多数所持しており、不要になったものや自分に合わなかったというものを、仲の良いギルドメンバーに郵送したりしていた。つまり、黒騎士は旧知の仲のメンバーたちの住所を把握している。なので、今回ギルド内でも倉庫管理を任されているみさっきーに、屋敷の住所と玄関の鍵が送られたらしい。
そしてその屋敷の住所には、簡単な屋敷までの道順も記されていたそうで、みさっきーが全員に地図を確認してもらっていた。その地図の写真と、住所を、ひょっとしたら遅れてくるであろうるねっとに、念のためメールで送信した。
こうして今、るねっとを除くメンバー、イーグル、シュダ、たくみん、あんず、あつボン、みさっきーが一緒にいることになる。