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前途暗澹なプロローグⅡ

「わぁー、ものすごく綺麗ですわ! そう思いません? 冴木先輩」


「電気代の無駄だよ」


「もう、冴木先輩ったら。夢もロマンもないことを仰るのは止めてほしいですわ」


「外にいる人々に見せるためのデコレーションだろう? それを人が通らないこの場所でやるなんて、無駄に電力を浪費しているだけだよ」


「きっと私たちが訪れることを予期して、サンタさんが用意してくださったんですわ」


 みれいなら本当にサンタを信じていそうな気がしたが、冴木は追及せずに鼻を鳴らす。


「論理的じゃないね。君らしいプリミティブな発想ではあるけれど」


「それ、どういう意味か後で教えてくださいます? さぁ、寒いですから少しお邪魔させていただきましょう」


 みれいはイルミネーションでテンションが上がったのか、先ほどよりも速度を上げてぐんぐんと歩いていく。冴木はもう見失うことはないので諦めてゆっくりと行くことにした。

 のんびりと歩いていて気が付いたが、屋敷の右側にあるイルミネーションが一部剥がれている。恐らく二階のバルコニーのような付近に装飾されていたのであろう光のコードが、雪の猛威に逆らえずに地面まで垂れ下がったのだろう。

 冴木は観察対象をみれいに移す。すでにみれいは玄関前に到着しており、チャイムを探しているようだったが見当たらなかったようで扉を大きくノックした。

 玄関前に辿り着いて大きく一息つく。既に雪はかなり激しく吹雪いている。今日中に辿り着けるのか、いささか不安だった。


「やれやれ、吹雪は恐ろしいね。ホワイトクリスマスだなんて、世間はよくはしゃげたものだ」


「冴木先輩は雪がお嫌いなんですの?」


「そりゃ、嫌いさ」


 冴木はポケットからお気に入りの棒付きキャンディーを取り出して口に入れる。


「どうしてお嫌いですの? 顕微鏡なんかで見ると、雪の結晶ってすごく神秘だっていうじゃありませんか」


「君は常日頃から顕微鏡を持ち歩いているわけ? そもそも雪ってね、人の心だけじゃなくて命だって奪っているんだよ。例えるなら、正月に食べる餅みたいなものだね。もはや、凶器ともいえる」


「冴木先輩、それいいですわね。ミステリーのネタになりそうですわ」


「そんなつもりで言ったんじゃないんだけど」


 冴木が溜め息を吐こうとしたとき、木製の大きな玄関扉が開かれた。

 姿を現したのは、背の高い眼鏡をかけた男性だった。まさか人が来るとは思っていなかった、といった表情で視線が泳いでいる。

 それを見てか、みれいが礼儀正しくお辞儀をした。


「こんばんは。あの、私たちこの先にある別荘に伺う予定だったんですけれども、御覧の通り雪がひどくて……彼がどうしても休みたいって仰るんです。なのでもしよろしければ、雪が落ち着くまでお邪魔してもよろしいかしら?」


 何とも悪意のある言い方だ、と冴木が顔を顰めていると、眼鏡の男性はぎこちなく頷いた。


「は、はぁ。それは構いませんが……お二人ですか?」


「ええ、そうですわ」


「そうですか……あ、寒いでしょう。どうぞ中へ」


 冴木とみれいは眼鏡の男性に案内されて、屋敷の中に踏み込む。玄関ホールは分厚いカーペットが敷き詰められており、その上に何人もの人が立っていた。


「あら……もしかして私たちと同じでクリスマスパーティーを?」


「同じ……? まぁ、そんなところですかね」


 玄関ホールにいる太った男性が、のしのしとカーペットを踏みつけながら眼鏡の男性の元へと歩み寄ってきた。


「おい、イーグル。誰だ? その二人は」


「ああ、シュダさん。このお二方はこの先にある別荘に行く途中の人たちだそうです。外は吹雪いていますから、しばらくここにという話になりまして……」


 どうやら眼鏡の男性はイーグル。太った男性はシュダと呼ばれているらしい。

 みれいが何か言おうと一歩踏み出そうとしたので、冴木が牽制する。彼女ばかりに手綱を引かれるのもしゃくなので、冴木も挨拶をすることにした。


「突然お邪魔してしまってすみません。一つ質問なんですが、なんで玄関までわざわざ大人数でいらしたんですか?」


 緩慢な動きだった太り気味のシュダが目に見えて動揺し、所在なさそうに指先を動かした。


「えーっとそれは、その……おい、どうすんだ? イーグル」


「う、うーん、そう言われましても……あ、そうですね。お二人のお名前はなんというんですか?」


 イーグルが冴木のみれいの方に手のひらを向けた。話題を逸らされたな、と冴木は感じたが別に名前を隠すつもりもなかった。みれいが我先にと答える。


「まだ名乗っていませんでしたわね。わたくしは、この先にある別荘を持っている者の娘で、有栖川みれいといいます。そしてこっちの癖っ毛で屁理屈ばかりの人が冴木賢先輩ですわ」


 みれいもイーグルの動作を真似て冴木に手のひらを見せた。まるでおすわり、と言われている気分になる。


「有栖川君。一言、いや二言余計だね」


 冴木は荷物を置いて軽くなった肩を竦める。すると、話を聞いていた他の人物が声を荒げた。


「えっ、有栖川って……もしかしてあの『アリスゲームクラフト』の?」


「なんだ、たくみん。知っているのか? それって……僕たちがやっている無料オンラインゲームの開発元だろ?」


 シュダが額の汗をハンカチで拭いながら、質問する。いくら暖房が効いているとはいえ、彼だけ夏に取り残されているのではないかと冴木は不思議に思った。

 たくみんは筋骨隆々な体をぐいと前に出して、シュダの横に並ぶ。格闘家の相撲取りのコラボレーションのように見えた。

「何だよシュダ、知らねぇのか? そこの創設者である社長が有栖川っていうんだよ」


「ええ、その通りですわ。わたくしのお父様の会社が、アリスゲームクラフトとしてゲーム開発を行っていますの」


 冴木はみれいの話が突飛な嘘か、あるいは自分の耳がおかしくなって聞き間違えたのかと一瞬疑う程度には驚いた。


「有栖川君の父親がゲーム会社の社長? へぇ……だからお金持ちなのか」


「やだ、冴木先輩。ご存知なかったんですの? サークル内では周知の事実ですのに」


「僕、他人には無頓着だから」


「ああ、わたくし……冴木先輩の将来が不安ですわ」


「有栖川君が心配することじゃない」


 冴木は平静を装って会話していたが、少なからず場の空気が急変したことに驚いていた。アリスゲームクラフト、と聞いて玄関に集まっている全員がざわついている。

 眼鏡で長身のイーグル。

 この中では一番太っているシュダ。

 服越しにもわかる筋肉を持つたくみん。

 そして奥に、この中で一番年長者であろう中年の男性と、ショートヘアーの女性がいた。合計で五人いる。冴木とみれいを合わせると七人だ。

 イーグルが眼鏡を重たそうに持ち上げて、みれいをしげしげと見つめた。


「驚きました。この黒騎士館の奥に、アリスゲームクラフトの方が所有している別荘があって、今日偶然こうして会うなんて……」


「黒騎士館? 面白い名前ですわね」


「は、はい。実は僕たちはアリスゲームクラフトが作ったオンラインゲーム『レッドアトランティス』のオフ会でここに集まったんです」


 イーグルが一同をざっと見渡しながら説明する。それを聞いて、ようやくあだ名のような名前でお互いを呼んでいたのが理解できた。おそらく、ゲームのキャラクター名なのだろう。


 「僕のシュダって名前は好きな作品からとっているんだ。それで、奥にいるおっさんがあんず。隣の女の子はるねっとって言うんだ。皆今日が初対面さ」


「まぁ! 素敵ですわね。ところで、何故先ほど冴木先輩が質問された、玄関に皆さんが集まったのかというのに、答えていただけないんですの?」


 確信を突く一言に、イーグルとシュダ、たくみんまでも目を逸らす。どうにもきな臭い。


「俺が話そう」


 名乗りを上げたのは、中年の男性。先ほどの説明によるとあんずと呼ばれている人だ。


「ちょっとしたアクシデントがあってね、皆冷静じゃないんだよ」


「アクシデントって、何ですの?」


 みれいの踏み入った一言によって、数秒の沈黙が訪れた。

 冴木が他人に無頓着なのに対して、みれいは軽く他人に干渉するタイプだった。飲み会での寄った先輩並みに人のテリトリーを荒らすのは、冴木が最も苦手とする部類である。

 中年のあんずが咳払いをした。

 みれいがアリスゲームクラフトの社長令嬢だと知ってざわついていた場の妙な空気が、たった一つの咳払いで一瞬にして換気されてしまったように感じる。

 冴木の第六感が、引き返したほうがいいと告げるが、一足遅かった。いや、もうみれいとクリスマスパーティーに参加すると決まった時点で手遅れだったのだろう。なんとも頼りないシックスセンスだ。

 中年のあんずが、大きく息を吸ってからみれいの質問に答えた。


「その、人が……殺されたんだ」


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