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隠蔽工作、崩れゆく…?!


 遠慮や謙遜ではなく、心からの疑問を吐き出しながら眉をひそめるマリアに目を見張り、ラムダは呆れ声を吸い込んだ。


 ──驚くほどに《鈍感》ですわね?!


「恋心と憧れはよく似ています。マリア様はジルベルト様に、憧れのような気持ちを抱いてらっしゃるのではありませんか?」


 ──ジルベルト様とマリア様は、間違いなくですわ。少なくとも、お互いを大切に思っていらっしゃいます。


 マリアはアーモンド型の瞳をぱちくりとさせる。


「……あこ、がれ?」

「ええ。たとえ高貴な方にマリア様が憧れの気持ちを抱いても、それをとがめる者はおりません。ですからマリア様は臆することなく、ジルベルト様に堂々と憧れていらっしゃればよろしいのです!」


「そ、そうでしょうか……」

「そうですとも!」


 虚を突かれたように固まっていたマリアだが、幾度か瞬きを繰り返したあと、ようやくこくんとうなづいた。

 頬をほわりと紅く染め、消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。


「そう……ですね。私は、ジルベルト様に……憧れの気持ちを抱いているのだと思います」


 ──やれやれ。

 マリア様ったら、ようやく自分の想いを認めたようですね?


 謙虚さを通り越したマリアの卑屈さは、きっと彼女の育った環境や、身寄りもないまま生き抜く上での苦い経験によるものだ。


 人を好きになっても、素直に『好きだ』とさえ言えないもどかしさは、マリア本人もさぞ辛かろう。


 ラムダは高貴な身分を持つ家の一人娘だ。行動や発言も自由な環境で過ごしながら、蝶よ花よと大切に育てられてきたラムダにはわからない。

 けれど、わからないからこそ興味が湧く。

 更にはラムダの弱者に対する庇護欲のようなものをマリアは刺激する。


「獅子宮殿を、散策してみたいです」頬を赤らめたまま、肩をすくめてにっこりと微笑むマリア。


「ええ、もちろんですわ! その前にフェリクス公爵様にお許しをいただかなければなりませんが」


「フェリクス公爵様というのは、ラムダさんを私にご紹介くださった方ですよね? あなたのような素敵な人を寄越してくださったのですもの。私、お礼が言いたいです……!」


 まだ見ぬフェリクス公爵に、マリアは想像力を働かせてみる。


 ──公爵家のご当主様は、精悍な口髭をハノ字に生やした凛々しいおじ様? それとも、小柄で優しい雰囲気のおじい様……?



「ずっと、気になっていたのですが」


 足元に擦り寄る仔猫を膝の上に抱き上げたマリアが、一緒に座りましょうとラムダを促す。


「ジルベルト様は、皇城でどのようなお役職に就いてらっしゃるのですか? 高貴な身分を持つ方だとは聞いていますが、直接お尋ねするのは気が引けてしまって」


「へ……?」


「私をお部屋に案内くださったフェルナンド様は、騎士服と腰元の剣で騎士様だとわかりました。ジルベルト様は立派な礼服ですが、やはり剣を携えていらっしゃいました。

 あれは護身用でしょうけれど、騎士ではないのに剣を携え、皇城内に邸宅を構える貴族と言えば……私には、思い当たらなくて」


 細い首を傾げて見せるマリアに、ラムダはたじたじとなる。


 ──思い当たらなくて良いのです、マリア様っ!


 獅子宮殿に従事する使用人・約三百名のほとんどが一斉に宮殿の大広間に集められ、《皇太子の緘口令》が敷かれたのは、ジルベルトとマリアを乗せた馬車が皇城に入る直前の事だった。


 『解除命令が出されるまでは、いかなる場合であってもジルベルト様を「皇太子様」や「殿下」とは呼ばぬように。』


 うっかり口にしてしまった者はその舌を切り取る……恐ろしい文言が、騒めきだった大広間をしんと静まり返らせた。

 その他の留意事項と厳戒態勢については全て、ジルベルトが皇太子であることをマリアに知られないようにするためだ、とも。


 なぜジルベルトが皇太子である事を隠さねばならぬのか。

 そんな愚問を投げたりすれば、大広間の拝殿の上で仁王立ちをしたフェルナンド子爵——いつにも増して不機嫌な顔! ——から、その場で解雇処分を言い渡されただろう。


「……まっ、マリア様は、貴族について随分とお詳しいのですね?」


 ラムダが話をそらせば。

 今度はマリアがたじたじとなる番だ。


 この三年間、身寄りのない下女でまかり通してきたものを、ここで怪しまれる訳にはいかない。

 それどころか。

 今マリアがいる場所は、祖国を滅ぼしたアスガルド帝国の宮殿のなか


 シャルロワの王族の血で染まった長剣を持ち、殺し損ねたマリアを血眼で探すあの恐ろしい皇太子が、この広い皇城のどこかにいるのだ。


 ──またドジをして余計な事を言ってしまった。

 万が一にもシャルロワの雲隠れ王女だと、疑われでもしたら……っ。


 言い逃れの余地もなく皇太子の面前に連れて行かれ、マリアはその場で斬られるだろう。


「国によって、異なるかも知れませんが。ここに来る前は一年ほどウェインのお城で働いていたので、王族や貴族についても詳しく学ばせていただいたのです」


 ──この嘘が通用すると良いけれど。ウェインで働いていたのは使用人棟だったから、王城にいる王族や貴族なんて見たことも無かった。

 私が知っていることは全て、お母様から教わったのと書庫室の本から学んだのだから。


「まぁ、そうでしたか」

「ええ、そうなのです」


 ふぅぅ……。


 互いの胸の内を知らぬまま、二人は揃って嘆息した。


「ジルベルト様のこと、わたくしの立場では多言いたしかねます。なので、これからお会いするフェリクス様にお尋ねくださいませ。

 もしくは……ジルベルト様に直接お聞きになるのがよろしいかと思いますが?」


 ラムダとて、ジルベルトが何故そうまでしてマリアに身分を隠したいのか、その理由わけを知らされていないのだ。

 事情も知らぬまま誤魔化し続けるくらいなら、ジルベルトに直接聞くようマリアに促すのが賢明だ。


「ラムダさんのお立場も考えずにすみませんでした。そうですねっ、フェリクス公爵様にお会いしたら、尋ねてみます!」


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