冷徹な光を湛えたアイスブルーの瞳が店主を
それは片田舎の定食屋にはあまりにも不似合いな、目の前にいる者たちを平伏させるほどの気品と威厳。
その眼差しの冷ややかさとは裏腹に、引き結ばれた口元は微かな笑みを浮かべていた。
「お、お前……ッ!? 何なんだよ、マリアとどういう関係だ……!」
掴み上げられた右手の激痛に店主が顔を歪ませ、震える声を絞り出す。
「どういう関係? フン、下衆に自己紹介などするものか」
鼻で
「代わりに教えてやろう——命には、敬意を払え」
ジルベルトの発した言葉が静まり返った店内に響く。漆黒の礼服に身を包んだ彼の体躯の威圧だけにとどまらず、地を這うように低い声色は、静けさに包まれた店内を
床に尻をついた店主が入口付近を見遣れば、濡れた黒い外套を頭からすっぽりと被った一人の大男が音もなく店内に立ち入るのが見えた。
威圧的なこの青年の用心棒か何かだろうか。手出しはしないが、こちらの様子を伺いながら鋭い眼光を向けてくるのがわかる。
土砂降りの店の外にも、窓越しに数名の黒い人影が見えた。得体の知れない恐怖心が店主に湧き起こる。
「なッ……何だ、お前ら……」
ジルベルトは、きょとんと立ち尽くすマリアの背中に優しく手を添え、穏やかな表情でマリアを見下ろした。
「マリア。持ち出すものは最低限でいい、身支度をしておいで。君の猫も一緒に」
「あっ……あの………」
突然目の前に現れたジルベルト
その顔にはもう、無精髭も伸びた前髪もない。
きちんと整えられた薄灰色の髪はとても柔らかそうで——けれどその下にある彼の瞳の輝きは、牢の中でマリアが見たものと同じだ。
「ジル……ベルト……?」
「君は何も心配しないで、俺に任せて。あとでゆっくり話そう」
甘く囁くような声色が、凍てついたマリアの心をゆるやかに溶かしていく。
ジルベルトが目配せをすれば、入口の扉が開かれローブを羽織った品のある若い女性がやってくる。「お手伝いいたします。マリア様のお部屋はどちらですか?」耳元でそう告げれば、マリアの背中を押してホールの外へと促した。
わけもわからぬまま女性とともにホールを出ていくマリアを見届けると、ジルベルトは鎮まりかえった店内を見渡した。
数名の店員がこちらに注目しながら息を呑み、ジルベルトのすぐそばには目を見開いた三人の女が寄り添うように固まっている。ジルベルトの靴先が三人の女たちのほうに向いた。
「君たちがマリアの同僚か?」
絶句したままの三人をそれぞれ見据えたあと、ジルベルトが見下ろしたのはミアだ。
繊細な指先がミアの顎を捉え——くいっと持ち上げる。腰を折ったジルベルトの眼差しが、ミアの二つの
「調査をした者達から話は聞いている。マリアが随分と世話になったようだな?」
宝石のように煌めく青い瞳に釘付けになり、ミアはごくりと息をのむ。見たことも会ったこともないほどの美しい男に、自分は今、見つめられているのだ。
「あっ、あっ……あっ」
ミアは肉付きの良い頬を紅く染め、豊満な胸を高鳴らせていた。
何か言おうとするけれど金魚のように口をぱくぱくさせるのが精一杯、緊張で言葉にならない。
「残念だが、君は全てにおいてマリアに劣っている。人としても、そして——」
形の整った鼻先は互いの息が掛かるほどに近い。
「一人の女としてもだ」
「なっ……!」
見下すように冷たく一瞥したあと、ジルベルトの吐息と指先がすっとミアから離れた。
男の背中が遠ざかるのを見て緊張が解けたのか、力が抜けたミアは腰からへなへなと崩れ落ちた。
入口の扉に向かうジルベルトは、すれ違いざまに店主に言い放つ。
「マリアは俺がもらう。お前が言う役立たずの厄介者を引き取るのだ。それにマリアをクビだとも言ったのだから、文句は無いな?」
「くぅ……っ!」
苦虫を噛み潰したような
ジルベルトが扉の向こう側へと去ろうとしたとき、ようやく口を開いた。
「ぎょ、仰々しく護衛なんか付けやがって、偉っそうに! お前……一体誰なんだ?! マリアなんかを引き取ろうなんざぁ、どうせ気まぐれなその辺の田舎貴族かなんかだろ!?」
店主の負け惜しみを背中で受け止め、ジルベルトは肩越しに振り返った。
「貴様ごときが俺の名を知る資格はない」
そしてジルベルトに外套を着せようとする大男につぶやく。店主がまだ後ろで何か言っているが、もう気に留めようとはしない。
「俺は馬車の中で待つ。マリアの支度が済んだらすぐに連れてきてくれ」
「あの無礼な男の処罰は?」
「放っておけ」
「良いのですか?!」
「ああ。帝国の皇太子が介入するような事じゃない」
ジルベルトは雨の中を平然と馬車に乗り込む。
外套を被った大男は、返事をする代わりに最上級の敬礼をした。