綺麗だ。今まで見せてくれた、どの彼女よりも。
足元まで伸びる白いドレスは月の光のように幽玄で、蒼白。短かったはずの髪は、彼女が憧れていた白い花飾りに彩られて、僕が切り落とした場所から光り輝いて、身体を守るように長く宙を踊っている。
背には輝くような後光と、剣を模したような対の輝きが光って。全身は彼女の愛していた、夜明け色の蒼い帯が美しく彩っている。
僕は戦場だと言うことも忘れて、アーリアを見つめていた。きっと、二度と忘れない。きっと、二度と間違えようもない。僕だけの姫君を。
「かみさま……」
稟がつぶやいた。違う。心は理解している。身体だって、圧倒的に存在が違うって、分かっている。けど魂だけは、ちゃんと彼女が望むであろう名前を口に出してくれた。
「アーリア……!!」
「うん。うん……! ただいま、カズマくん!!」
抱き合う。強く強く。何よりも強く。彼女だ、間違いない。もう会えないと、どれだけ切望しても会えないと、この声を聞けないと……冷たい。心音も聞こえてくれない。
「ごめん。人間の身体が、生き返ったわけじゃ無いの。神様の身体で、強引に来てるだけなんだ……」
「そんな……」
「アーリア……、うぅ……」
「泣かないの。……ここは戦場で、二人とも私が認めた戦士でしょ? ……来るよ」
コウモリに覆われていたはずの夜空が、一斉に晴れていく。日本の空を覆っていたコウモリは、すべて僕たちの目の前に集まり、イデアの姿に集結した。
「おやぁ? コウモリごっこは止めたのぉ? コウモリモドキさん?」
「そう嫌わないでくれると嬉しいのだがな。こっちはあくまで自衛なのだから。……やはりその姿で出てきたか、せめてその前に、人間の方を片付けたかったのだが……」
「自衛だと……そんな事で、アーリアの心臓を奪ったのか!?」
「そうだが? 見ての通り神として彼女は死なん。なら心臓の一つくらい勝負に勝ったのだから、頂くのはそう悪く無いのではないかね?」
「口が上手いね、小賢しい。どうせ次は、私の血をよこせとか言ってくるんでしょ?」
「ご理解頂けているようで何より。血を少し頂けるなら、今回は痛みわけでも良いが?」
「許すと思う?」
「吾輩ならば、許すとも?」
「ふざけんな!! 交渉決裂だよッッ!!」
イデアはコウモリの翼を広げて、超高速で飛び上がった。アーリアも後光を輝かせて、追従して何度も攻撃していく。
いけない。空相手じゃ僕らは飛べないから追いつけない。遠くだけど、周りにスケルトンたちも集まって来ているようだ。ハルピュイアたちが戦ってくれてるけど、このままじゃアーリアを助けに行けない。
「くらいなさいッ!!!」
強いライトに突然照らされたかと思うと、爆音を響かせて軍用ヘリが一台。頭上を通過して、装備されたガトリングガンでスケルトンを一蹴した。聞き覚えのある拡声器越しの声。この声は。
「沙耶さんッ!!?」
「俺も居るぞ!! ブルーフェザーの冬子さん達に、無理言ってバイクごと積み込んで貰った!! 早く乗れ二人とも!!」
ヘリに乗っているシルバーさんが、急いでハシゴを投げて降ろしてくれた。振り返って戦っている翁を見る。
「いケ!! 一馬!! お前の女神を助けて来イ!!!」
「はい!! 後を頼みます!!」
アーリアはイデアを追って、レインボーブリッジと飛行船の方へ向かっている。急いで追いつくために、僕は自らの涙を、もう振り切っていた。
◇◇◇
光の剣で、もう千回は殺している。普通の吸血鬼ならば、とっくに塵芥になっている回数である。イデアは平然と自身の生命が削れていく事に耐え、圧倒的なアーリアと努めて冷静に対峙していた。
「お前……どれだけ生き物の生命を集めたの!?」
「何と言うのだったか……そうだ、食べたパンの回数だったかな、そちらの言い方では?」
「いちいち覚えて無いが答えか!! 私は和食派だよ!!」
後光から繰り出す光の剣を振り回し、鎖のように伸びる光の髪毛で拘束して、宝石がこぼれるような輝きを持って、アーリアは0.01秒の間に、百回は焼き尽くしている。
それでもイデアは軽口を叩きながら、まずは冷静に戦闘を引き延ばし、観察に努めた。戦闘能力差は圧倒的で、生命のストックはすべて一点に集めてしまったが、だからこそ、まだこちらが優勢だと彼は勘づいていた。
「フッハッハッ、随分と派手に攻撃しているが、いつまで地上にいられるのかな神よ!! そう焦らなくても良いのでは無いか!?」
「くっ……!!」
一瞬、アーリアの姿が半透明にブレた。神の神体で地上に降臨していられる時間には限りがある。加えて。
「ぐあっ……!?」
「隙ありだ。ふふふ……」
イデアには、吸血がある。今忍ばせたコウモリのように、アーリアの血を奪えば、それだけ殺さなくてはならない回数が増える。有利なのは依然イデアである。
「(だが、流石は真なる神。正直これだけの実力差を前に、どれだけ力を残せるか……!?)」
コウモリを空に展開しては、日本の空ごと焼き払われて終わりになりかねない。イデアは下り始めた月を見上げ、長期戦にこだわりすぎれば太陽で自滅しかねないと予測した。
追い詰められているのは彼も同じで、だからこそタイミングを見極め、勝負に出るかと切り替える。アーリアは勝利のために一撃でも多く、イデアに渾身の攻撃を続けていた。