身体の一部が欠損している、骸の山が転がっている。彼女はその頂点に座り込み、上を見つめていた。
自身が生涯積み上げた骸だと、彼女は理解している。その上で、彼女はこの骸たちが、自分に何もできない事も理解している。
それでも、一抹の後悔はあった。誓って生命に貴賤を抱いて殺し合いをしたことは無いが、生き物を殺すのは良い気だけでは済まない。
きっと一度でも下を見つめれば、無冥のような死だけが待つ。動かない骸に足を取られて、文字通り人の想像が入り込む余地の存在しない、無だけとなる。
それはまだ、彼女は納得できない。というかこうやって思考できている限り、ギリギリ死んでいない。幸い死について、そう言う生き物でも無い。早く結論を出して欲しい。早く。速く。疾く。
「おっ……!?」
光が降りてくる。待って駄々をこね続けた甲斐があった。どうやら願いが通じたらしい。浮かび上がる身体を泳ぐように、少しでも動かして急ぐ。
「暗っ、そっ……れ!!」
目を開ければ何の光も無く、暗闇で窮屈だった。しかたなく思いっきり身体を跳ね飛ばして、上を吹っ飛ばす。後で謝るしか無いが、こうでもしないと出られないので、誰が見てもしかたないと思うだろう。
「うっは、なぁにあれぇ……」
久々に見たはずの空は、うじゃうじゃ気持ち悪いほどに、コウモリに覆われていた。一目で分かってしまう異常事態に、彼女はためらわず許されている力を行使することにした。
「どこまで居られるか分かんないけど、今行くから死んでないでよ、みんな……!!」
その日、汚れなき星が一つ。夜空を飛んだ。
◇◇◇
獣の咆哮に気がついて、ドラゴンの頭部ごと振り返った時には、もう二つの肉球が目の前に迫っていた。イデアは何が起こったのか分からないまま、慌てて血液を操作し、ドラゴンに受け止めさせた。
「な、なにぃいいいい!!?」
なんとか受け止めたが、そのまま流れるように腕に噛みつき、爪を何度も叩きつけてくる。自らの爪や歯が吹き飛んでも、お構い無しの猛撃である。
「こ、この、ネコなら暖炉で、呑気に丸くなっておれば良いだろうが!?」
「ナァオアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ケットシーは怒っていた。激怒していた。なぜコイツの臭い血の匂いから、家族の匂いが混ざっている。同胞が本能で察していた彼女の結末に、その原因だと察し、理不尽だ返せと、絶対に許さないと、狂乱するほど大激怒していた。
「あの大ネコは……!? 援護はどうした!!?」
「駄目です! コウモリの襲撃が囲い込みに変わって、射角が取れません!!」
「かまわん!! こちらに注意を引きつけろ!! 今なら動きも止まっている!! 地雷も使え!!」
軍総司令部の命令により、ドラゴンの周囲で地雷が炸裂した。白骨の山が吹き飛び、体勢を崩したドラゴンの周囲に、さらに砲弾の雨が降り注ぐ。
ケットシーは砲弾の爆撃に巻き込まれる事も恐れず、血だらけになりながらも怒りのままに爪と牙を振るい、ついに石化したドラゴンの腕を食いちぎった。
「ちっ……そんなに欲しいなら、くれてやる!!」
「ぎっ……ナァアアアアアアッッ!!?」
不安定な足場でも身をひねり、ぐるりと横に一回転して、巨大なドラゴンの尻尾が、ケットシーの胴体に直撃してしまった。
「いかん!? 退避しろぉ!!?」
「うわぁああああああああ!!?」
食いちぎった腕ごと粉砕され、遠くに吹っ飛ぶケットシー。偶然か、それとも狙ってだったのか、戦車隊列にケットシーは突っ込んでしまい、ボウリングのピンのように、戦車は吹っ飛んでしまった。
「は、はは、驚かせよって、…………こっちの傷も浅くはないか。なら、最後に一働きしてもらおうか!!」
イデアの操るドラゴンは深く、深く、ただ深く。息吹を喉奥に吸い込んだ。放熱の翼を広げ、熱量の余波に翼が赤熱する。熱を爆増させるフイゴのように、黒い息吹を何度も何度も、石化した喉と体内に溜め込んだ。
死体を無理矢理動かしているので、戦闘で生じた亀裂から熱が噴き出ている。無理が祟っている。下手をすればその場で大爆発しかねないと、誰もが見れば分かる姿。
「くそっ……!!」
ドラゴンが片腕と両足を踏ん張り、体中に溜めた炎を宿した口を、気絶したケットシーに向け始めた。一馬たちは近くまで来ていたが、溶岩以上の熱量に、それ以上近づけない。
絶望。まだ戦ってすらいないのに、どうしようも無い。すべてを諦めかけたその時、一馬の視界の隅に、一条の光が走った。
「えっ……!?」
「終わりだ、化け猫め。消し炭に……」
「なるのはお前だよ!! くらえッッ!!!」
天から降り注ぐ一条の星のように、白い衣を纏った彼女が、ドラゴンの頭部とイデアの頭部を纏めて踏み付けた。
蹴りの威力は凄まじく、ドラゴンの頭部は地面に丸ごと沈み、行き場を無くした炎は身体に逆流して、小規模な爆発を起こし始めた。
「ぐっ!? 熱っ、ぁああああああああ!!!?」
「あっ……?」
「うそ。嘘嘘、うそ。えぇ……?」
「ごめん。心配でちょっとの間だけ、戻って来ちゃった、あははっ……」
大爆発するドラゴンを背に、バツの悪そうな顔で空に浮かんで居たのは、死んで二度と会えないはずのアーリア、彼女だった。