それは、本来なら日が傾くであろう時間にやってきた。ハルピュイア。ボガード。コボルド。ゴブリンの白骨死体。肉をこそぎ落とされたそれが、緑色の粘性液体をしたたらせ、這い出て来る。
スケルトンによる死者の軍勢。本来悼むべき彼らを軽んじた、これ以上無い侮辱と地獄である。
「来たか。進行方向はどこだ?」
「川です。川に向かっています!! 奴ら、川を屍で埋める気であると、推測されます!?」
「……遺憾ながら、すべての武装制限を解除。作戦通り、交戦を開始せよッッ!!!」
総指揮官の号令と同時に、武装による攻撃が開始された。近代兵器による攻撃で、スケルトンは業火に焼かれ、瞬く間に数を減らしていく。
だが絶えない。次々に出てくる。うず高く骨を積み上げて、それでも絶え間なくダンジョンの入口から出現している。戦場は、弾薬と屍の消耗戦と言って良い、様相を表していた。
「始まった……!」
ダンジョンにほど近い。アーリアの家に身を潜めていた一馬と稟。精霊ブタとハルピュイアたち。ゴブリンは、戦闘が開始されたのを確認した。
賭けではあったが、イデアは彼らが待機している場所よりも、川を埋める事を優先した。コウモリが上空に居る以上油断は出来ないが、一馬達は危うい賭けに、まず一つ勝ったのである。
「こっちも攻撃ヲ、開始するカ?」
「まだです。作戦では最低でも、ドラゴンが顔を出してからで無いと……!」
「スフィアからの伝達入電です! コクスバレク派遣軍も、ダンジョン内で交戦開始!! 向こうの情報では、ドラゴンは地上へ向けて進行中!!」
「あと、どれくらいで地上に到達する!?」
「このままの進行速度なら、およそ日没直後です!!」
「戦車砲。迫撃砲、特殊車両の準備急がせい!! 地雷はまだ使うなよ!!」
日没まで、あと一時間。焦れるような攻防に、一馬は長い息を吐き出すしか無かった。
◇◇◇
それは、地の底から悪魔のように、まるで卵を割り出る蛇のように、大地に亀裂を生じて這い出て来た。
大きさは何かの要因で巨大化したのか、60mを越えている。大蛇のように太く、長く伸びる尾。大きく突き出た、地表を覆う片翼。ぞろりと生えた大爪。世のすべてが畏怖する巨腕。
「あ……、あぁ……、あぁあ……!」
1枚1枚が岩石にしか思えぬ。連なる厚鱗。信じられぬほど太い、4対の剛角。光潰えてなお、威厳絶やさぬ、その魔眼。
「………………
世界中のすべてが恐れ、慄き憧れる。神域の破壊生物が、石化した屍を無惨にも操られていた。
「っ……呆けるな!! 頭部へ集中攻撃ッ!!!」
「は、はい……!!」
軍総司令部の命令により、戦車砲、迫撃砲による攻撃が指示された。空から降りてくるコウモリも慌てて急降下してくるが、予測して配置していた兵たちによる。厚い弾幕に撃墜されて届かない。
「てぇーッッッ!!!!」
戦車砲による砲撃が開始された。次々にドラゴンの肩や、頭部。胸部などに砲弾が突き刺さり、石化した鱗を砕いている。砲塔が使用限界まで撃ち込まれる頃には、ドラゴンの頭部は半壊していた。
「ドラゴン、停止しました!!」
「撃ち方止め!! …………どうした。なぜ反撃してこない!?」
濛々とした煙の向こう。赤い炎が揺らめいている。双眼鏡から別角度で密かに観察してた一馬が、最初にそれを発見できた。
「あいつ……頭部に……!」
半壊した頭部はまるでコップか何かのように血で満たされており、そこに、イデアが腕を広げて立っていた。
「これで視界が確保しやすくなった。始めようか」
「いけない! 稟!!」
「っ……始めます!」
ドラゴンが地面に向けて、黒煙を吐き出し始めた。200℃の熱風を10秒以上受けて、前線の兵たちは身体の気道、肺部分が焼けただれ死亡した。
同時にドラゴンの姿を見てから慄いていた稟が、アーリアから託された笛を吹き鳴らした。だが、音が出ない。
「えっ……なんで!?」
「いヤ、音は鳴っておル! そのまま吹ケ、どんどん吹ケ!!」
稟は翁の言葉を信じて、自身の鼓膜が破れても構わないつもりで、八つ当たり気味に鳴らない笛を思いっきり吹いた。
「ニャーニァ!!」
「ナーニゥ!!!」
隠れていたネコたちが、一斉に叫んで大合唱を始めた。声は何度も反響して、神社の裏手に響いて行く。
「な、なんだ!!?」
「ナァオオオオォニャアアアアアアアア!!!!」
ストーン・ヘンジが破壊され、のっそりと、それは神社の裏手から姿を現した。最初に目に飛び込んで来たのは、三角形の愛らしい耳。滝のような涙を流す、大きな瞳。でっぷりと大きい胴体と、鋭い爪と牙。体長50mはある巨大な毛むくじゃらのネコである。
「あれが、大精霊。ケットシー……!」
「泣いてる……先生を、悲しんでくれてるんだ……」
絶叫したあと、ケットシーは全力で飛び上がり空中で一回転。猛然とドラゴンとイデアに襲いかかった。
「よし、僕たちも行こう!!」
「うん!!」
「ギキィイイィイイイイ!!」
「ホォオォオー! ホケックォウォウォー!!」
稟を抱き抱えて、変身した一馬が飛ぶ。合わせてハルピュイアたちも空に舞い上がり、ケットシーにロケットキックをぶちかまされている。ドラゴンに向かって駆け出していた。