泣いて、泣いて、泣き抜いて、泣きじゃくってしまったので、眠っている稟の横で、いつの間にか不貞寝してしまっていた。目が覚めたら夜で、稟の方が先に起きていた。
「稟。おは……」
すごい勢いで抱きつかれた。肩に冷たい雫が当たっている。くしゃりと耳元で音がする。見ると、僕と同じような遺書を彼女は握っている。
「アーリアは、なんて……?」
「あまり研究に没頭するなって、カズくんをよろしくって、長生きしてって、それとぉ……」
涙ぐみながら言葉にしてくれた稟は、骨と宝石で彩られた、一つの小さな笛を見せてくれた。アーリアの私物なのだろうが、見たこともない物だった。
「どうしよう……逃げる……?」
「いや、船も全部封鎖されているんだ。隠れる事は出来るかも知れないけど、たぶん長くは続かない。時間をかければこの国は、ヤツのせいで死の国になると思う。なら、アイツの力を少しでも削がないと」
「……だよね。このままじゃ、ジリ貧だもん」
「稟には話しておく。建前だ。あいつに復讐しないと僕は気が済まない。必ず心臓を取り返して、アーリアの遺言通り、ちゃんと揃えて土葬してやる」
「……私も、先生を殺したアイツを、絶対に許さない」
スマホが震えている。表示を見るとシルバーさんからみたいだ。もう3回も通知が来ていた。通話をタップして出た。
「はい、もしもし、一馬です」
「すまん、少し急ぎだ。夜中に悪いが、今から来れるか?」
「はい、どこにです……?」
「地下訓練場だ。そこで匿ってる。奴さんたち、お前と会わせろって言って聞かねえんだ。悪いな」
身支度を整えて、迎えに来てくれたストロング・ボックスのメンバーさん達の車で急いで向かうと、多くのハルピュイアが傷だらけの様子で、地下で少人数に治療を受けていた。
「カズマ、カズマ! ハイシン! ミタ!」
「リン、アーリアハ? タタタイッ……」
「こ、これは……?」
「おウ。無事だったカ。雛たちヨ」
「翁!? どうしてここに!?」
「してやられタ。矜持にかけて片翼こそ奪ってやったガ、あの石の竜、我らが巣を焼きおったのダ……」
「そんな……」
相当な死闘だったのだろう。翁は羽毛の上からでもわかる程に血だらけで、治療のために刈り取ったのか、かなり毛がなくなっていて、包帯を巻かれて居る。見れば、酷い者は、もっと酷い傷を受けて倒れている。
「カズくん……」
本当に好き放題やってくれやがる。悔しくて拳を握っていると、翁は翼で頭を、稟は拳に手を重ねてくれた。
「ヤツと対峙した時二、話は聞いていル。だからこソ、あの日の借りを返しに来タ」
「借り……?」
頭に包帯を撒いた、比較的軽傷のハルピュイアたちが、かなり厳重に封のされた木箱を重そうに目の前に置いてくれた。
「開けてみロ。最高の仕事をさせて貰った礼ダ。受け取っておくレ」
手で触れるとひとりでに箱は、ゆっくりと開いていく。目に最初に飛び込んできたのは、黄金の輝き。左右二対。合計四本の角をあしらった大きな手甲と、ブーツが箱に丁寧に収められている。
「名を2文字貰イ、フィーリアと名付けタ。アスピドケロンの霊木。スライムの髄液。我らの聖別済みの長羽根。キキロガ殿の生え変わり角。ゴブリンたちが持ち寄っタ、地上の素材。そしテ、かの御仁の御髪を編み込んであル」
吸い込まれるように、かつて彼女が取り引きに使った、アーリアの金髪を撫でて身につける。不思議だ。まるで最初から、僕の身体の一部だったみたいに付け方も分かるし、馴染んでいる。
「雷を使ってみロ。きっと彼女が導いてくれル」
「うん。アーリア……!!」
輝きが灯る。僕が繰り出した雷光は、力を抜いてもずっと光輝いてくれている。ここに、ヤツへ抗う、反撃の狼煙を突き上げ始めた。
◇◇◇
イデアが地上に出て来るまで、およそ後2日。おそらくヤツが万全の力を発揮できる夜間。あるいは先触れの配下による襲撃が予想される。
僕たちは残った面々と、ハルピュイア。軍と連携して迎撃に当たることになり、会議をしている。残念ながら大規模な軍事力の輸送は、陸海空すべて、空のコウモリに妨害されていた。
「よし。ヤツの弱点になりそうな物を思い浮かぶ物は、手を上げて発言してくれ」
「流れる大きな川は渡れないが、ドラゴンの炎で干上がらせて来るだろうとのこと」
「使える物は何でも使うべきだ。今急ピッチで、配置を急いでいる」
「あの上空のコウモリと霧のせいで、誘導兵器は不可能。使えんがどのみち成層圏間近からの核も、正確な場所をおそらく狙えん。ゴ◯ラより質が悪いな」
「現在。戦闘機もバードストライクならぬ、コウモリストライクのせいで飛べません。飛んでもせいぜい不時着するのがオチです」
「ヘリは?」
「やれん事は無いかも知れんが、決死な上に火力が足らん。爆薬積んで突っ込んでも、火炎で迎撃されるのがオチだ。やるなら戦力の短距離輸送を……」
「待て、例の飛行船は?」
「……天候次第で行けるぞ。アレはコウモリに攻撃されても、キバが通るほど革も薄くなく、動力がやられても、ある程度浮く」
「なら、配置だな」
「陸戦兵器。兵装は?」
「今かき集めたり民間に委託して、装甲車などに近い形で改造しています。イベントや訓練用に数台年代物がありますが、あいにく県外の戦車となると妨害されていて、いつ来れるか……」
「急がせてくれ。まとめると、ドラゴンさえなんとかすれば、行動範囲は限定的で、討伐の目も出てくるんだな?」
「厄介なのは、仮にドラゴンを集中攻撃で討伐できたとしても、ドサクサに紛れて吸血鬼本体に逃げられるかも知れない事だ。対処は?」
「僕が匂いで追跡できます。ヤツの匂いは覚えています。可能です」
僕が手を上げて発言すると、何人かは事実かを確認するように、秘書らしき人と小声で話していた。
「よし、なら探索隊を君の一存で引き抜いて良い。報告は怠らずな。ドラゴンはこっちに任せたまえ」
「でも……」
「何。なんとかできなかったら、その時は頼む。消耗戦は、若者がやる事では無いからな。続いて、教会からの知恵と効果のありそうな、伝承についてだが……」
会議は滞り無く進んでいた。決戦はあとたった2日後。ヤツに抗うために、僕たちも急がなければならなかった。