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第112話 シルバーの光

「緊急事態宣言から、3日が経過しました。依然ダンジョンの奥地から発生した、コウモリの大量発生は続いており、航空閉鎖の解除の見通しは……」


 テレビを見ている。ニュースでは、ダンジョンから発生したコウモリの大群が、日本中の空を覆い、完全にこの国が封鎖されてしまった事実を映し出している。


 何日経ったんだろうか。時間の感覚が分からない。何度か稟が来て、抱きつかれた気がしたけど、妙にはっきりしない。


 何かをなぜか、みんなで埋めていた気もするし、15日だとテレビで言っているけど、そうだ。今日は休日だ。いつも通り、アーリアの家に行こう。


 彼女に、会わないと。それでいつも通り、いつも通り、ダンジョンに行くんだ。いつも通り、古風に見える鎧をバッグに詰める。家から出た、カギを閉めよう。


「…………よう、元気そうだな」


 聞き馴染みのある声。振り返ると、シルバーさんが似合わない暗い顔で、そこに立っていた。


「どこ行く気だ?」


「え、アーリアに会って、ダンジョンに……」


 苦虫を噛み潰した顔って、こう言うんだろうか。シルバーさんは、くしゃりとつぶしたような、変な顔をし始めた。


「分かった。後で連れてってやるから。付き合え」


 そう言ってバイクに乗るためのヘルメットを、多少強引にかぶらされた。痛いなぁもう。本当に痛い。


「…………?」


 なんだろうか。視界が滲む。バイザーを開けて目を擦ると、手の甲が濡れていた。階段を降りて、バイクに跨って出発する。


 街の様子は想像と違っていた。休日だと言うのに人の姿が少ない。結構前に通り過ぎたスクランブル交差点にも、30人もいない。みんな巣ごもりしちゃっているんだろうか。


「どこに行くんですか?」


「遠くじゃねえよ。ほれ、もう着いた」


「えっ、あっ、ここは……」


 病院と公園の近く。覚えている。シルバーさんと、初めて出会った場所。彼女の前で、初めて戦った場所。


「覚えてたか。俺も、まだ覚えてんだ。あの時きゃ色々考えてたんだぜ、邪魔しやがってとか、格上に挑めるとか、戦力増強できるとか、下らねえみみっちい事をよぉ」


「…………」


「知っての通り、全部ぶっ飛ばされた。何一つ通じなかった。ぶっ倒されてはいつくばって、鼻っ柱折られたわけだな」


「…………だから?」


「お前にはアイツがあの時、何に見えた。俺を戦士だってアイツが呼んでくれた、……あの時だ」


 覚えている。堂々と見栄を切って、張りのある真の通った声で、今でも鮮明に思い出せる。あの時からずっと、憧れていたんだ。忘れるわけがない。僕には、彼女が、


「俺にはアイツが、光に、輝きに見えた。……泣いてたって構わねえ。上ぇ見ろ。一馬」


 そのまま空を見上げる。滲んだ空に、光は無い。すべて、厚い雲のような憎たらしいコウモリに、嘲笑うように遮られてしまっている。


「許すと思うかアイツが。このクソったれな空を」


 あり得ない。あっていいはずが無い。絶対に絶対に、こんな事は許されない。何があっても絶対に、取り戻さないといけない。


「アーリアなら、絶対に許さない」


「そうだ。なら、やるこたぁ一つだろう。取り戻そうぜ、俺達のあの時をよ」


 目が覚めた。彼女は死んだ。葬儀だって済ませてしまった。でも、僕は彼女が認めてくれた戦士だ。恋人だ。……一生を添い遂げるつもりだった者だ。


 復讐してやる。どんな手を使っても必ずヤツに思い知らせて、彼女から奪った心臓を取り返してやる。僕の、僕たち全員の思いを取り返して、絶対に、ヤツを許さないと決めた。



◇◇◇



 僕の顔つきを見て、シルバーさんは少しだけ笑うと、都庁の一室である、緊急対策ギルド本部と、看板が立てられた部屋に案内してくれた。


「稟の嬢ちゃんはもう動いてる。ありゃちゃんと寝てねえ。抱いてでも寝かしつけてくれ。今あいつに倒れられると困る。奥だ」


「わかりました。稟……?」


 酷い有り様だった。書類に埋もれた部屋で、エナジードリンクの空き缶や、食べかけの菓子パンが目立つ。目元も赤く腫れていて、僕は資料の文字が滲んでいるのを、勤めて見ないフリをした。


「あ、……カズくん」


「ちゃんと寝てる? ご飯は?」


「すいません。最初に眠ったら、先生の夢を見ちゃって。なにかしてないと、落ち着かなくって、おかしいですよね……」


「何もおかしくない。何もおかしくなんか無いよ。……休める?」


「うん。寝てみる……」


 職員さんに断って、仮眠室を案内してもらった。彼女が寝付くまでそばに居ると、聖さんと真司がやってきた。彼らはお悔やみの言葉をあらためて贈ってくれたあと、僕らの様子を気づかってくれた。


「それで、話は聞いとるか?」


「ニュースで何度か。地下ダンジョンから出てくるコウモリは、例のアーリアが見つけた、ドラゴンが発生源だって……」


「せや。加えて、例のドラゴンは地上目指して歩いとる。こっちの方針としては、地上に出た所を叩くつもりや……たまたまダンジョン入っとった。ブルーフェザーのメインメンバーが確認して、帰ってこんかったんや」


「そっか……」


「アーリアちゃんの自宅からも、使えそうな物はすべてかき集めて来たわ。確認して。それと……」


「遺書、ですね。……読みます」


「いいの?」


「覚悟は決めました。アーリアなら、なにか手段を遺してくれているかも知れません……シルバーさんのおかげです」


「分かった。お前の分は、これや。まだ封も切っとらん。中に何か、硬いもんが入っとる」


 真司から手渡された遺書は、僕宛の名前が書かれている。古風な蒼い封蝋がされた手紙だった。中には刻印の施された指輪が二つ、同封されていた。


 拝啓。織田一馬さま。

 この遺書を読んでいると言うことは、私は何かに敗北か、あるいは病気や事故などで、この世には居ないのでしょう。


 私の隠し事を語る前に、まずは事務的な事を書いちゃうね、こういうのも大事だから、もし書くことがあれば参考にしてね。


 まず、宗教上の理由で、必ず土葬にして下さい。この国の火葬だと、故郷のみんなの所に逝けないので、申し訳無いけどお願いします。


 次に、私の財産は養母であるキミ子さんに半分を、残りの半分を主に一馬くんと稟さんに、相談の上でみんなで分けて下さい。関係書類はすべて金庫に写しを記入して、お役所に預かって貰っています。


 さらに、私の身体は私の親しい人たちがすべて許可するなら、ドナーなどの臓器提供、種族、医療研究などにお役立てて頂いても構いません。内臓には自信があるので、よければお役立て下さい。


 今カズマくんが何歳なのか、分からないけど。もっと言えばカズマくんって、ちゃんと歳取れるのかちょっと本当に分かんないのだけれど、変わらず愛し合っている輝かしい日常が続いていたと、仮定して筆を取っています。


 初めて出会った時、あなたは死にかけていましたね。思い返すとなんて出会いなのかな。でもすぐにわかりました。あなたが戦士で、眩しい人で、私の好きな人だという事が。実は一目惚れだったんだよ。知らなかったでしょ?


 白状しちゃいます。あなたにアーリアって呼んで貰う度に、初めからずっと恋をしていました。好きだったんだよ。アーリアって名前を呼んでくれる、一馬くんが。


 だから、自惚れではありませんが、とっても強い私が万一敗北している事実を考えて、一馬くんに一秒一瞬でも長く生きて貰うために。そう、生き延びて貰うためだけに、だよ?


 パパとママから貰った、魔法の指輪を贈ります。でも、できれば勝てないのなら、稟さんと一緒に逃げて下さい。なにを犠牲にしても、最愛のあなたが生き残ることこそが、私のたった一つだけの望みなのです。


 私の初恋で、最愛の一馬くんへ。あなたに出会えて、産まれてきて良かった。何より幸せでした。世界唯一の愛を込めて。あなたのアーリアより。


 20××年。1月5日。


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