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第109話 生命の伏線

 里扇デパートの警備室で、アーリア達は森下の案内を受けて集まっていた。


 早送りされる監視カメラの映像を見ていた全員が、息を飲んだ。日付をまたいで流れる映像だが、どう数えても地下工事現場に入る人数が多く、出ていく人数が少なかった。


「見ての通り。少々古い型で顔が判別できませんが、不審な動きであることは明白になりました。所轄も我々の通報次第では、すぐに動くそうです」


「すぐに調べるのは、できないの?」


「警察が入るとなると、まだ上の方で手続き待ちですねぇ。大本に許可は得てるんですが、何分スポンサーも多い場所で、所轄は万一がね……」


「わかった。稟さん、精霊さま。せっかくだから、お力を借りて良いかな?」


「マカセヨ。ナカガドウナッテルカ、ミテコヨウ」


「顔を出して見るだけで良いからね。よろしくお願いします」


 稟が古い備え付けのパソコンに、軽く杖で触れた。精霊ブタはインターネットの電波に乗って、地下方向に、スマホ、パソコン、監視カメラと繋がっている機器の画面から、顔を出して確認していく。


「ム……!?」


 地下を目指して進み、6回ほど顔を出すと、じわりと下顎に穢れた感覚が広がった。精霊ブタの感覚は人と異なり、物に宿る魂のみで判別している。


 だからこそ瞬時に感じ取れた。ぐずぐずに無理やりすり合わせたような、異型の生命。淀む水の精。大気の精。まるで悲鳴のように、怨嗟を繰り返している。


 人の手では決して行えない、並みの荒れた墓場など比肩するわけがない邪気に、精霊ブタは一もニも無く身を翻し、急いで警備室に戻った。


「せ、精霊さま!? その顎は……!?」


「ツエヲ、アタラシイ、ツチヲタノム……」


 稟は素早く杖を顎に当てた。するとボトボトと精霊ブタの顎は崩れ去って、塵に変化した。稟は冷や汗を流しながら杖をさらに当てたが、元に戻らない。どうやら外で追加の土が必要なようだ。


「精霊さま。何があったの……?」


「シダ……「シ」ダケガ、ソンザイシテイタ」


 アーリアと森下の目つきが変わった。ただならない空気に見守っていた警備員たちも、生唾をのみ込む。真司はスマホとパソコンを開いた。


「センセ」


「うん。ダンジョン庁と各クランに、緊急協力要請の準備をお願い。ここの地図は?」


「これです。見ての通り、地下が大型貯水槽になっています。何事もなければエレベーターで降りられるはずです」


「…………どう見る?」


「私がモンスターであれば、溢れさせているかと。いずれにせよ、コネでも何でも使って、警察こっちも精鋭をよこして貰って来ます」


「お願い森下さん。ただし、下に悟られないようにね」


「僕は外の聖さん呼んで来るよ。配信はしても、ドローンは今回無しだね?」


「うん。警備員さん。慌てず急がず。こっちをもう見てるかも知れないつもりで、各自動いて頂けますか?」


「ぜ、善処します!」


  全員が自分のやるべきことを意識して行動を開始した。アーリアはこの段階で、誰にも知られずに都市の地下に住み着く驚異的な手腕と、数人が行方不明という事実から、相手がこちらを観察しているかもしれないと考えていた。



◇◇◇



 街の様子は一見普段と変わらない。広告や商品を提示した華やかなデパート通り、行き交う人々は冬も半ばの寒空に、厚着をして大勢が歩いていた。


 アーリア、一馬、稟と精霊ブタの一行は、周囲の警戒を怠らず、極力人と生き物に警戒して、身を潜めながら素早く、整備用エレベーターの前に姿を現した。


「ん……?」


  エレベーターが稼働している。表示された階は地下四階、地下三階と上昇していく。あり得ない。管理会社から、すでに立ち入り禁止の通知が出ているのに。


「隠れて」


 アーリアの号令で、素早く通路の角まで全員で戻り身を潜めた。エレベーターの中から出てきたのは、一見どこにでもいる若者二名だった。


「あん……あっ?」


 アーリアは音も立てず、素早く影のように天井に張り付くと、落下しながら若者二名の首筋に、手刀を入れて意識を奪った。


「先生……?」


「アーリア。この人たち、匂いが……」


「下がってて、近づかない方が良い」


 骨伝導マイクとイヤホンのスイッチを入れて、アーリアは配信準備を進める聖と真司を呼び出した。


〝どないしたセンセ。トラブルか? 〟


「うん。今からメールで動画を送るよ、二人ほど拘束したから、お願い」


 アーリアは器用に杖の先で、若者の服をめくりあげた。それは、まるで調理のためにワタを抜き、捌いた魚を糸を使わず、縫い合わせたような色の線だった。


 脈動している。紅黒く煌めいている。体中に無造作に張り巡らされた線は、まるで大きな手のひらのシワを、そのまま張り付けたかのようだ。


「ぉうぇ……!?」


 ドクリと脈を打つ剥き出しの生命を感じさせる、激しく生理的嫌悪感を掻き立てるグロテスクな亀裂を前に、稟は今朝食べた卵焼きを吐き出してしまう所だった。


「稟さん。一度戻る?」


「い、いいえ、でも、これは一体……?」


「詳しくは心当たり無いけど、何か呪いの類かも。もぐりの呪術師や、魔術師なら、まだマシなんだけど……」


 アーリアは言いながら背負い袋からロープを取り出し、亀裂に触れないように二人を拘束した。一馬はその様子を動画に録画して、真司に証拠として送った。


「アーリア。エレベーターはやめて、地下階段から入る?」


「その方が良いかな。引き続き、生き物と人に警戒して降りようか」


  彼女たちは予定を変更し、警備員から預かっていたカギで扉を開け、注意深く地下の階段を下りて地下に進んでいった。

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