ネコたちと玄関のカギを開けて入ると、一馬とゴブリンが競うようにドタドタと足音を弾ませて、雑巾がけをしていた。
「おかえり、二人共」
「ゴッ☆!」
「ただいま。ゆっくりしてても良かったのに」
「お世話になってるんだから、これくらいはね。お風呂も洗っておいたよ」
買い出しの荷物をアーリアと稟から受け取って、一馬とゴブリンは居間に荷物を運んだ。一馬は二人の椅子を引いて、外から帰って来て寒いであろう二人とゴブリンに、温かいお茶を淹れた。
「ありがとう。……そうだ。二人とも、里扇デパートって、知ってる?」
「里扇デパート? 今日お買い物した所の近くですよね?」
「何か噂になってたね。そうだ、さっき森下さんって人から、電話があったんだけど」
「え、森下くん?」
「ご年配の方みたいだったけど、アーリアのお知り合い?」
「ご年配の人なら、警察学校で指南してた頃の生徒さんだと思う。でも、確かもう定年間近だから、てっきり退職済みだと思ってたんだけど……」
「先生。携帯に、ご連絡は?」
アーリアはスマホのメールを調べてみた。森下蔵人と言う人物から、メールが届いている。
「あ、来てるね。時間あったら連絡ちょうだい、だって」
「じゃあ、先に仕分けを始めていましょうか」
「お願い。つまみ食いしちゃダメだよぉ。カズマくん?」
「あははっ、バレたか、ふふっ……」
湯煎前のチョコをじっと見つめていた一馬を軽くたしなめて、アーリアは自室に戻って上着を片付け、メモを片手に森下に電話をかけた。
「どうも、森下ですぅ」
妙に深みのあるねっとりとした声で、森下は電話口に対応してくれた。特徴的な声に、アーリアも間違いなく彼だと思い出せた。
「久しぶり、佐藤です。……お元気?」
「退職してから署を冷やかす日々ですなぁ、まだ若いの相手に組手してますわぁ」
上機嫌な声にアーリアの声も、思わずうわずっている。旧知の仲に再会できるだけで、人に近しい心を持つ物は、嬉しく感じてしまう物である。しばし雑談に花を咲かせたあと、森下は本題に入った。
「実はですねぇ、車上から先ほどお見かけしたのですが、車線反対側でしてねぇ?」
「相変わらず、目が良いみたいだね?」
「なーに、昔取った杵柄ってやつです。それで、ご覧になっていた例の里扇デパートの噂、ご存知ですか?」
「噂? さっき小耳に挟んだけど、詳しくは聞いてないんだけど……?」
「出るっていうんですよ、歩く死者が」
沈黙が降りる。先ほどまで弾むように会話していた分、一転して凍りついたように感じる空気に、アーリアは軽く身震いした。
「気になるね。でも、街中か……」
都心のド真ん中に歩く死体。あり得ない話だ。誰に話したとしても冗談か、下らない噂と吐き捨てるだろう。この二人を除いてだが。
「はい。ご承知の通り、ゴールデンウィークの事件のように、この国は人間しか住んでいないと言うのは、表向きの物でしかありませぇん。私も定年直後なので、大きな騒ぎは御免被りたいんです。わざわざお手間おかけして申し訳ありませんが、よろしければ、昔のように私に雇われては頂けないでしょうか?」
「良いの? 最近はうるさいんじゃない?」
「そこはどうとでもなります。あくまで令状無しの任意ですから。既に、先方の大本にも、許可は頂いています。後で画像をお送りしますねぇ」
「それこそ警察に、って言っても、今のご時世はね……」
「はいぃ。若い連中だと、当たりの場合気の毒な事と、頼んでもめんどくさがって手を抜いてしまいそうでしてね。私個人としては、悪くない考えだと思うんです。ですが、今回は……」
「元刑事の、勘?」
「まだ錆びてはおりませんので。調べて見るとユルス会が出資していましたし、本当に何となくですが、そちら側の案件のような気配がですね……」
森下は優秀な元刑事で、いくつかオカルト染みた事件の捜査担当し、アーリアに相談を持ち込んで来た事もある。さらに勘も鋭い。きな臭い気配に、アーリアは長い耳の先端をいじりながら決断した。
「わかった。報酬はいつも通り、スイス銀行にって感じでね?」
「ぷっ、……お懐かしいですなぁ。ありがとうございます。特上をお約束しますとも、ではよろしくお願いしますぅ」
返事をして、通話を切った。寒い中、少し身震いするほど話し込んでいたらしい。ヒーターをつけながら電話すれば良かったと、アーリアは自室から出て廊下を歩き、居間のドアを開けた。
何となく甘い空気が漂っている。二人の顔も少し赤い。ゴブリンは神社裏に戻ったのか、もういなかった。
「2人でキス、してたでしょ?」
近くに居た一馬に顔を近づけて問うと、つい、と目をそらされた。アーリアはニマニマ笑いながら、椅子に座る一馬の上にしなだれかかった。
「アーリアにも、んっ…!」
キスの要求を言い終わる前に、一馬は多少強引にアーリアの唇を奪った。稟の前でも恥じらう事のなくなった儀式。わざと歯茎の裏筋や、舌の裏面を舌先で味わい合う。先ほどまでの火照りが伝わり、男と女と、女の味がまだ残っていた。
「んぁっ……手、冷たいね」
「んっ……えへへっ、温めて、えい」
「わっ、あはは冷たいっ、くすぐったいよぉ」
アーリアは一馬の服の裾をまくりあげて、手をいきなり突っ込んだ。そのまま抱きしめるように背に手を回して温めた。
稟も無言で一馬の背面に立って、反対側から手をスルリと入れた。そのまま一馬の胸元を抱きしめた。合計4本の腕を服の中に突っ込まれて、一馬の腹部は剥き出しになってしまった。
「ちょっと、お腹寒いんだけど……」
「じゃあカズくん、しちゃう?」
「猫たちの餌、あげないとだろ?」
尻尾をふりふり。ネコたちは鳴き声こそあげないが、愛らしく遠くからまばたきしたり、毛づくろいしたり、ゴロンと転がって寝転んだりと思い思いに過ごしている。
「そう、ですねぇ。……餌が欲しいですにゃん」
「あたしたちも、カズマくんの餌ほしいにゃん」
「今夜ね、たっぷりあげるにゃん。でもアーリアは本当に、エロくなったね?」
「さんざんえっちな目にあわせといて、それはないにゃーんっ」
それもそうだと思いながら、一馬は抱きついてくる二人を抱き返して、さて今夜の餌は何が良いかなと、彼女たちに包まれながら考えていた。