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第108話 3匹のネコ

 ネコたちと玄関のカギを開けて入ると、一馬とゴブリンが競うようにドタドタと足音を弾ませて、雑巾がけをしていた。


「おかえり、二人共」


「ゴッ☆!」


「ただいま。ゆっくりしてても良かったのに」


「お世話になってるんだから、これくらいはね。お風呂も洗っておいたよ」


 買い出しの荷物をアーリアと稟から受け取って、一馬とゴブリンは居間に荷物を運んだ。一馬は二人の椅子を引いて、外から帰って来て寒いであろう二人とゴブリンに、温かいお茶を淹れた。


「ありがとう。……そうだ。二人とも、里扇デパートって、知ってる?」


「里扇デパート? 今日お買い物した所の近くですよね?」


「何か噂になってたね。そうだ、さっき森下さんって人から、電話があったんだけど」


「え、森下くん?」


「ご年配の方みたいだったけど、アーリアのお知り合い?」


「ご年配の人なら、警察学校で指南してた頃の生徒さんだと思う。でも、確かもう定年間近だから、てっきり退職済みだと思ってたんだけど……」


「先生。携帯に、ご連絡は?」


 アーリアはスマホのメールを調べてみた。森下蔵人と言う人物から、メールが届いている。


「あ、来てるね。時間あったら連絡ちょうだい、だって」


「じゃあ、先に仕分けを始めていましょうか」


「お願い。つまみ食いしちゃダメだよぉ。カズマくん?」


「あははっ、バレたか、ふふっ……」


 湯煎前のチョコをじっと見つめていた一馬を軽くたしなめて、アーリアは自室に戻って上着を片付け、メモを片手に森下に電話をかけた。


「どうも、森下ですぅ」


 妙に深みのあるねっとりとした声で、森下は電話口に対応してくれた。特徴的な声に、アーリアも間違いなく彼だと思い出せた。


「久しぶり、佐藤です。……お元気?」


「退職してから署を冷やかす日々ですなぁ、まだ若いの相手に組手してますわぁ」


 上機嫌な声にアーリアの声も、思わずうわずっている。旧知の仲に再会できるだけで、人に近しい心を持つ物は、嬉しく感じてしまう物である。しばし雑談に花を咲かせたあと、森下は本題に入った。


「実はですねぇ、車上から先ほどお見かけしたのですが、車線反対側でしてねぇ?」


「相変わらず、目が良いみたいだね?」


「なーに、昔取った杵柄ってやつです。それで、ご覧になっていた例の里扇デパートの噂、ご存知ですか?」


「噂? さっき小耳に挟んだけど、詳しくは聞いてないんだけど……?」


「出るっていうんですよ、歩く死者が」


 沈黙が降りる。先ほどまで弾むように会話していた分、一転して凍りついたように感じる空気に、アーリアは軽く身震いした。


「気になるね。でも、街中か……」


 都心のド真ん中に歩く死体。あり得ない話だ。誰に話したとしても冗談か、下らない噂と吐き捨てるだろう。この二人を除いてだが。


「はい。ご承知の通り、ゴールデンウィークの事件のように、この国は人間しか住んでいないと言うのは、表向きの物でしかありませぇん。私も定年直後なので、大きな騒ぎは御免被りたいんです。わざわざお手間おかけして申し訳ありませんが、よろしければ、昔のように私に雇われては頂けないでしょうか?」


「良いの? 最近はうるさいんじゃない?」


「そこはどうとでもなります。あくまで令状無しの任意ですから。既に、先方の大本にも、許可は頂いています。後で画像をお送りしますねぇ」


「それこそ警察に、って言っても、今のご時世はね……」


「はいぃ。若い連中だと、当たりの場合気の毒な事と、頼んでもめんどくさがって手を抜いてしまいそうでしてね。私個人としては、悪くない考えだと思うんです。ですが、今回は……」


「元刑事の、勘?」


「まだ錆びてはおりませんので。調べて見るとユルス会が出資していましたし、本当に何となくですが、そちら側の案件のような気配がですね……」


 森下は優秀な元刑事で、いくつかオカルト染みた事件の捜査担当し、アーリアに相談を持ち込んで来た事もある。さらに勘も鋭い。きな臭い気配に、アーリアは長い耳の先端をいじりながら決断した。


「わかった。報酬はいつも通り、スイス銀行にって感じでね?」


「ぷっ、……お懐かしいですなぁ。ありがとうございます。特上をお約束しますとも、ではよろしくお願いしますぅ」


 返事をして、通話を切った。寒い中、少し身震いするほど話し込んでいたらしい。ヒーターをつけながら電話すれば良かったと、アーリアは自室から出て廊下を歩き、居間のドアを開けた。


 何となく甘い空気が漂っている。二人の顔も少し赤い。ゴブリンは神社裏に戻ったのか、もういなかった。


「2人でキス、してたでしょ?」


 近くに居た一馬に顔を近づけて問うと、つい、と目をそらされた。アーリアはニマニマ笑いながら、椅子に座る一馬の上にしなだれかかった。


「アーリアにも、んっ…!」


 キスの要求を言い終わる前に、一馬は多少強引にアーリアの唇を奪った。稟の前でも恥じらう事のなくなった儀式。わざと歯茎の裏筋や、舌の裏面を舌先で味わい合う。先ほどまでの火照りが伝わり、男と女と、女の味がまだ残っていた。


「んぁっ……手、冷たいね」


「んっ……えへへっ、温めて、えい」


「わっ、あはは冷たいっ、くすぐったいよぉ」


 アーリアは一馬の服の裾をまくりあげて、手をいきなり突っ込んだ。そのまま抱きしめるように背に手を回して温めた。


 稟も無言で一馬の背面に立って、反対側から手をスルリと入れた。そのまま一馬の胸元を抱きしめた。合計4本の腕を服の中に突っ込まれて、一馬の腹部は剥き出しになってしまった。


「ちょっと、お腹寒いんだけど……」


「じゃあカズくん、しちゃう?」


「猫たちの餌、あげないとだろ?」


 尻尾をふりふり。ネコたちは鳴き声こそあげないが、愛らしく遠くからまばたきしたり、毛づくろいしたり、ゴロンと転がって寝転んだりと思い思いに過ごしている。


「そう、ですねぇ。……餌が欲しいですにゃん」


「あたしたちも、カズマくんの餌ほしいにゃん」


「今夜ね、たっぷりあげるにゃん。でもアーリアは本当に、エロくなったね?」


「さんざんえっちな目にあわせといて、それはないにゃーんっ」


 それもそうだと思いながら、一馬は抱きついてくる二人を抱き返して、さて今夜の餌は何が良いかなと、彼女たちに包まれながら考えていた。

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