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第107話 飛行船

 半年ほどが経過した。一馬は見目麗しい二人に振り回されつつも、周囲の人々に祝福されて、順調に交際を始めていた。


 夏祭り。花火、文化祭に就学旅行。クリスマスにはホテルで食事をして、少し背伸びしたような日々を過ごし、3人で初めての年始を迎えた。


 初詣には、アーリア宅の神社にも人が集まるので、大忙しでフルメンバーと、ストロング・ボックスの面々で参拝客を迎えていた。


 ダンジョン探索も順調に進み、まだおおやけにはされていないが、再来年にはクコスバレクとの消極的な国交が樹立する見通しだと、ダンジョン庁から水面下でアーリアは知らされている。


 2月も半ばに差し掛かり、バレンタインが目前に迫る頃。テレビのニュース内で合格祈願に一喜一憂する学生たちを眺めながら、アーリア達は彼女の自宅で、今後の事を話し合っていた。


「進路かぁ……」


「ミャ、ミャ」


 猫じゃらしで数匹のネコたちが、勝手にコタツの周囲で遊んでいる。外は寒いので、彼らはコタツで暖まっている。一馬は何気なく、一匹の頭を撫でていた。


「クマ吉はインフルエンサー、一択とちゃうんか?」


「何か資格も取ろうかと思うんだけど、身体能力系はね……」


 すべてではないが、特殊な身体を持つ一馬は、一部のスポーツ系資格などは、常に細かい審査待ちになってしまう制限があった。


「もう僕個人でも、10万フォロワー越えてるけど、やっぱり社会に一回は出ないと、分からない事も多いだろうからね」


「それなんだけどさ、例の件。どうしよっか……」


 アーリアもダンジョン庁直々に、クランか、新設される大枠であるギルドのリーダーになって欲しいと頼まれていた。


 さらに稟と彼女は精霊ブタの資料サンプルを各研究所に提供し、本格的に大規模な施設を使って、電霊、魔法の研究を開始したいとも、協力を申し出されていたされていた。


「私としては、カズくんや真司君、聖さんが助手になってくれるなら、前向きに検討したいんですけどね?」


「清水には悪いが、パスや。センセのギルドで本格的に地図書くならともかく、助手は性に合わん。たまに顔出して、手伝うならともかくな」


「そう言うと思ってましたよ。カズくんは?」


「ま、僕の場合手探りなのは一緒だからね。他に候補を検討して、それからかな」


「そうねー。研究職やギルドの補佐ってのも悪くないかもね。ふらふらばかりしてるわけにも行かないしねぇ……」


「まあ、来年のお話かな。アーリアも色々勉強しなきゃ駄目だし、駄目なら代理人さんを紹介しないとね。みかん食べさせて、カズマくん」


 せっせと甲斐甲斐しく大きなみかんを剥いて、丁寧に白い筋も取り除いて、一馬はみかんを差し出した。


「はい、これでいい、お姫様?」


「あ~ん。うふっ、美味しい。ありがと」


「何にせよ卒業まで1年あるからね。じっくり考える時間はあるさ」


「甘いなぁ、クマ吉ぃ、この就職氷河期に。まあ、焦ってもしゃー無いんやけどな」


「カズマくんならどこだって活躍できるから、心配してないけどねー?」


「ナーオゥ!?」


 コタツで無数のネコに囲まれて、アーリアは剥いたみかんの皮を、ネコ達の鼻先にわざと近づけてからかって遊んでいた。



◇◇◇



 店内には色とりどりの赤い箱や、緑の箱。綺麗にラッピングされたリボン。宝石のような包み紙で飾られた品々が並んでいる。


 バレンタインデー。日本では、女性が慕う男性へとチョコレートを贈り、思いを伝える日。歴史において、3名による人生の背景が重なっていると語られる、かの聖人がシンボルとなった、心温まる祝祭である。


 アーリアと稟は、一馬に贈るチョコレートの材料を購入するために、都内のチョコレート専門店を訪れていた。


「そう言えば、外国では男女差はあまり、無いんでしたっけ?」


「イギリスではそうだね。チョコは必ずだけど、シャンパンやお花、葡萄酒を贈るんだよ。……それだけじゃ無いけどね」


「と言うと?」


「忘れちゃいけないのが、名前のないメッセージカードだよ」


「えっ、匿名で贈っちゃうんですか?」


「そうだよ。贈った事を知られないために、直接渡すのだって、避けられるの」


「…………先生は、結構モテたでしょ?」


「うーん。当日貰う事は少なかったかな。お家帰ったらカードがどっさりだったけど、でも愛の告白は少なかったかな」


「どうして、です?」


「バレンタイン過ぎてから直接貰って、お断りしてたのがほとんどだったよ。まあ好みの問題だね」


 会計を済ませて、専門店から外に出た。遠く、空をふよふよと浮かんでビルの上空を、一見時代錯誤な飛行船が流れていく。大きな影が街に伸びる中、アーリアは目を細めて飛行船を眺めていた。


「先生……どうしたんですか?」


「いや、あの飛行船見ていたんだよ。大きくて可愛いね」


「あぁ……今どき珍しいですよね。そう言えば以前、夜も飛んでいたみたいでした」


 空に浮かぶ飛行船は、長い楕円形を2つ、1つに組み合わせたような形で、先頭部がどことなくネコの口のような形で、誰が見ても愛らしいフォルムをしていた。


「先生は飛行船に乗ったこと、あるんですか?」


「あるよ。一度だけ。でもグライダーや気球の方がよく見かけるし、山間部でもないのに、街の上とか豪儀だねぇ……ん?」


 雲のように流れていく飛行船を見上げて、観光客や小さな子供連れの家族は、スマホを上に向けて撮影している。


 首が少し疲れて、視線を下に戻したアーリアだから気がついた。地下工事中である里扇デパートの路地裏に、ふらふらと数人、統一性の無い人々が歩いていく。


 どう見ても服装から工事関係者ではなさそうなのに、建設現場の柵をくぐって、中に入ったようにアーリアには見えた。


「行きましょう。カズくんがお家で、お腹すかせて待ってますよ。……先生?」


「う、うん、見間違いかな……?」


 駆け寄ってもう少し覗いてみようかと思ったが、一馬を待たせているので、アーリアは少しだけ彼らを撮影し、その場を後にすることにした。

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