書庫の中は、
アーリアが専用に書き綴った魔法陣の上から、精霊ブタは沈み込むように溶けていく。しばらくすると毛が逆立つような土色の雷を纏って、彼は浮かび上がってきた。
「すごい……」
「実験だったんだけど、稟さんはある意味、もう私を超えたね……」
アーリアは稟に、ゲッシュを含めた正式な契約を精霊と結ぶ事を勧めた。彼女の契約は成功し、さらなる飛躍を求めて、クコスバレクで手に入れたスフィアの構成を促す魔法陣と、稟の特異な血液を使い、精霊ブタを強化する実験を行っていた。
「予想だと、グレムリンみたいに電子機器を通る事が出来るかもだけど、どう?」
「挑戦してみて下さいませんか、精霊さま?」
「ヨイゾ」
「わ。しゃべれるんですね……」
電子音のような声だった。アーリアのスマホと稟のスマホの間で、精霊ブタは吸い込まれるように出たり入ったりして、彼自身でも驚いている様子だった。
「電霊って、名付けようか。向こうだと水霊って形だったけど」
「デンレイ?」
「電子の海を泳げるからね。もしかしたら、AIみたいに何か出来るかもだけど……」
「ワルクナイ。ワガハイハ、デンレイトナノル」
「吾輩って言ってたんですね……?」
稟は驚きつつも、電霊
に触れてみた。雷の部分は見た目ほど熱くなくほんのり温かい。これなら日常生活も、さほど注意しなくてもよさそうだった。
◇◇◇
季節は夏。茹だるような暑さ降り注ぐ真っ盛り。猫たちも避暑を求めて、車庫の小陰で寝転ぶ。燦々と殺人的な熱量の太陽光が、要らないくらい元気に降り注ぐ、しんどい季節である。
「というわけで、水着ガチャに挑みます」
「はい」
今回もどういう理屈なのか。友人と引く教と言うよく分からないガチャ宗教の記事を見つけてきて、アーリアは一日千秋の思いで貯めてきた金貨を、これでもかと一馬に見せつけていた。
「さらに今回は、司祭さまであるカクテルさんのお力も、借りたいと思います」
「はい……はい? え、カクテルさん、なにやってるの……?」
アーリアの見せたスマホ画面の向こう側では、カクテル中崎が、TDDでガチャを引いている。生配信ではなく録画のようだ。
「司祭さまのガチャ動画を見ると、ピックアップ当たるんだよ!!」
「ホンマかいな。センセ……」
「あ。そう言えば、この前アーレアック? ってキャラクターさん当たりましたよ。私」
「は? え、本当……?」
特に感慨深そうも無く、縁側でネコを撫でていた稟が、一馬を挟んでスマホ画面を見せてくれた。画面にはおなじみのアーレアックが、宝箱を抱えて笑っている。確率は0.1%に満たない。ピックアップ無しのすり抜けで、誰もがうらやむ大当たりだった。
「朝一回だけ引いてたら出ました。でも、何となくですが、この人先生に似てますね?」
「ブフッ!!!?」
「あ~……言われてみれば、物の考え方とかよく似てるよね。ハンデ付きとか好きだし」
「ちょっ……ば、え、うぇえぇ、なにを突然!?」
大慌てでアーリアはワタワタ手を動かし始めた。アーレアックが自身の過去であることは、誰にも話した事は無い。だが、不審な態度であることは、誰の目にも明白である。
「アーリアちゃん。何か隠してない?」
「そ、ソンナコトナイヨデスヨ。ヒジリサン……」
「本当〜? 怪しいわね〜?」
泳いでいる。もう目がバタフライを勢いよくキメている。まばたきだって勢いがすごい。アーリアはどんどん縮こまっていく。
「は、恥ずかしくって、言えないもん……!」
「恥ずかしい事ですか。なんだろう……?」
一馬は妙案を閃いた。自分だけなら教えて貰えるかも知れない。直接でなくメール越しならなお可能性は高いだろう。後でこっそりメールを送って、自分だけ教えて貰おうと考えた。
「そ、そんな事よりガチャ引くよ! 今回のピックアップ。アリスちゃんとドジソンおじさんなんだから!!」
慌てて誤魔化しながら、アーリアは急いで全員に見せつけるように、自身のスマホをタップしてガチャを引いた。
「おぉ!!?」
「バカな!? 万年大ハズレのセンセが、いきなり虹タペやと!!?」
余計な欲を出さなかった事が奏したのか、おまじないが効いたのか、ただの偶然か、タペストリーは虹色を示した。
「お願いお願いお願いお願い……!!」
「これは……!」
〝や、やぁ。どうだい家のアリスの水着。よ、よく似合っているだろ? 〟
〝おじさまも素敵よ。えへへ。可愛いでしょ? 〟
「アァ……!!!」
スマホの画面では、白と青のゴシックな衣装から、白い清楚なフリルバスト付きであるアリスの水着姿。ドジソンは白と赤の全身を覆うストライプの水着だが、よく見ると赤い部分はすべてトランプの柄がつながっていた。
アーリアは初回だけで、見事水着キャラを引き当てたのだ。先程の表情はどこえやら、恥じも外聞にもなく。彼女は神に感謝するようにスマホを掲げた。
「今日は槍が振るわね」
「隕石とかでは?」
「きてもセンセなら、どないかしてしまいそうやな」
「ひどっ!? 酷いよみんなぁ!!?」
そう言いながらも、アーリアの視線はスマホに釘付けだった。後日送られた一馬のメールに、アーリアは「デートしてくれたら。教えても良いよ」と、つい上機嫌のままメールを返してしまって、彼女は自ら送ったメールの責任を取ることになってしまった。