サプライズってやつです。お父さんにも、お母さんにも許可貰ってるので、このままお泊りだってできます。……連絡取らなかったけど、迷惑かな。まあ、その時はその時です。深呼吸をして、いざ、インターホン。
あれ、ピンポーンって鳴らしたのに出て来てくれない。留守かな。まだジョギングから帰って無いのかな。
「カズマドノハ ナカニイル」
「そうですか。カ〜ズ〜く〜ん、あ~け〜て〜!」
つい、出会った頃のように、子供のようにドンドンと扉を叩いてしまった。夏の空気は人に過去を思い起こさせる気配に満ちている気がする。だから、そんな他愛の無いことを、してしまうんだと思う。
「い、いらっしゃい。え、大荷物抱えて、どうしたの?」
「……っ、スイカ、食べよ。どうせ今年まだ、食べて無いんでしょ?」
「え、うん……え、あ、それが新しい精霊様の姿?」
「イカニモ。タタエヨ」
「え、何この声……?」
「あはは……精霊さま、しゃべれるようになったんですよ。すごいでしょ?」
お父さんの実家から、わざわざ貰ってきた自慢の砂地スイカだから、それこそ讃えて食べて欲しい。みんなに間違いないって太鼓判押されてるし、まぁ、余計な事もいっぱい言われた訳だけど。
「…………あっ」
流し場に、2人分の食器が洗わずに置いてある。お箸が二膳だから、間違いない。カズくんは食器をすぐに洗わない事をかなり嫌うから、おかしい。
「カズくん、誰か居たの……?」
カズくんは目を自分の部屋にそらしたあと、何かわざとらしくため息をついて、近くの椅子を引いた。そっか。……そう、なんだ。
「スイカは後で良いから座ってくれ。……大事な話があるんだ」
「そうですか。大事な話、ですか」
引いて貰った椅子を無視して、流し場からまな板を引き出す。包丁を取り出して、まずスイカを横に寝かせてざっくりと、真っ二つに切り分けた。
「稟。危ないから、包丁を置いてくれ……」
やめたくない。答えたくない。ざくざく。ざくざく。縦に、横に、スイカを切る。精霊さまが大きくなっている。ざくざく。さくさく。
「聞かない」
「稟!!」
腕を掴まれて、精霊さまにも足を軽く噛まれた。手元にはバラバラになったスイカ。本当は、顔を見た時点で分かっていた。信じたく無かった。だって、私が別れようって言った時と、同じ顔をしているんだ。分からないわけがない。
あんな二度と見たくないような顔。覚えて無いわけが、分からない訳が無い。
「危ないから、手を離して」
「嫌だ。お前こそ、包丁から手を離せよ」
「私いま、包丁を持ってるんですよ。……カズマ」
昔の呼び名。こんな包丁1本で、彼が私の物になるなんて、あるわけ無い。彼は最初にケンカで私に負かされた時より、ずっとずっと……ずっと、好きだったのに。
「あ、はは……はは、は、はは……」
「り、稟……?」
「酷いなぁ、カズくんは、本当に酷い……酷いよ。酷過ぎるよ……もう、殺して、良いですか」
彼に包丁を突きつける。精霊さまに割って入られた。力も入らなかったし、カキンって包丁の切っ先から、軽い間抜けな音しか鳴らなかった。
「聞いてくれ、稟。僕は、……僕は、アーリアと恋人になったんだ」
あぁ……。あぁ、そうですか。私の事無視して、私が居ない間に。連絡くらいくれれば良いのに。馬鹿みたい。本当に、馬鹿みたい。私の方が。終わった。好きなのに、愛してるのに、馬鹿みたい。もう終わたんだから、終わらせよう。
「そう、ですか。私は、……あたしは、カズマが大好き。ずっと一緒で、愛してる」
え、何、なんで。違う。言いたい事が違う。終わらせなきゃ。先生が。違う。そうじゃない。涙で何も見えない、溺れてるみたいに。……違うのに。
「先生を愛してるのも、知ってる。だから、2番目でも、違う……もう何でも良いから、違うの、嫌いにならないで……あたしを愛してぇえ……!」
止まらない。またこんな顔させるつもりもないのに、口が止まってくれない。違う。違う。違うのに、止めたくなんか、無い。
結局。ぐずぐずに全部吐き出して、もう自分が止まって欲しいのに、まるで止まってくれなくて。全部全部、心の奥底で思っていた事を、すべて彼に叩きつけていた。
◇◇◇
真新しい、干したばかりのシーツの匂い。かすかにカズくんの匂いもする。目を開けるとカズくんの部屋で、精霊さまのつぶらな瞳と目が合った。
「あぁあぁあぁああぁああ……」
もう駄目だ。死のう。もしくは、もうハダカになって彼に夜這いしよう。もういっそ襲って警察に捕まった方が良い。気絶するみたいに不貞寝したあとに、頭によぎったのは、そんな思いだった。
精霊さまがぐいぐい引っ張るから、とりあえず服が伸びないように、立ち上がって外へ歩く。
「そうだとは思ってたけど。ここまでなら取り上げちゃ、もう無理でしょ……」
話し声がする。先生だ。もう会いたい。いま絶対会いたくない。心が整ってくれなくて、なにを話しているのか、分かんない。
「それぐらい、もう心が大きいんだよ。君を好きな気持ちが……」
「わかってる。よく、わかった……あっ」
ぐいぐい引っ張られるまま、リビングまで歩く。そのままカズくんに抱きとめられた。離したくない。
「稟さん。カズマくんは、返事を言って無いんでしょ?」
目が滲んで、先生が見えない。頷く。あの時、何も言ってくれなかった。言えそうな顔じゃ無かった。長くて、とても見ていられなくて、いたたまれなくなって、答えを聞く前に逃げ出したのは、私だったんだ。
「じゃあ、素直な気持ちを言ってよ、カズマくん。素直な気持ちが一番だよ?」
「それは……本当は、いけないことかもしれないけど、稟を嫌いになんて、僕には絶対に無理だよ」
「カズぅ、く、ん……!?」
「稟、あのね。あの日君と別れるなんて、本当に欠片も思えなかったんだ。何も考えられないくらいに現実離れしてて、でもすぐに追いかけるべきだったって、ずっと後悔していた」
カズくんが頭を下げてくれた。先生の方を見るけど、納得したような顔をしている。知ってたんだ。相談してくれたのかな。
「変な意地を張らずに言うべきだった。それとも、もう、間に合わない……?」
「そんなこと、ない、ないようぅ……!」
「お前が好きだ。愛してる。これだけが、僕の素直な、……ずっと揺るがしようのない気持ちなんだ。稟」
あぁ……。言葉にならない。言葉なんてもう要らないんだ。生きてて良かった。この瞬間死んだって良いくらいに。
後悔する生き物は、なにをやっても、どこに行っても後悔する。なら今日まで、生きていて良かった。私の後悔しても構わないと思える場所は、きっと何があっても、彼の隣だったんだ。