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第103話 夜の雨宿り

 お昼を過ぎて、浜の方が混雑してきた。とても長距離泳げそうにないから、岩場の近くで割り箸で作った竿で、カニさん相手に遊んだりして涼んでいる。


 午後の天気は下り坂で、ちょっと雲が集まってきてる。夕立より早い雨が降るかも。帰りは傘を買って行かないと、雨に濡れてしまうかもしれない。


「流石に食べれそうなのは、居ないね」


「食べても良いけど、出汁くらいにしかならないだろうね。あ、釣れた」


「お、カメだ。フジツボも付いてる。剥がそうか?」


「食べるでも無いなら、可哀想だからダメだよ」


「え、フジツボって、生き物なの……?」


 カズマくんは驚いた様子で割り箸の先っぽで少しフジツボをつついてみてる。かわいいなぁこの子。


「あのね。カニさんとか、エビさんとかと一緒の甲殻類だよ。むしろ見た目さえ気にしなければ、もっと美味しいかも」


「甲殻類。見た目、ねぇ……」


 カズマくん。じっと私のパーカーとパレオ見ている。しかも胸をガン見してる。サングラスかけてたって分かるんだからね。もうぅうぅうう。


「み、……見たい?」


「すっごく」


 しょうが無いなぁもぅう。あ、だめ。へにゃへにゃ笑っちゃう。ええい、見たいなら見なよこんチクショウ。顔見ながらとか無理。パーカーもパレオも取っちゃった。恥ずかしい。


「アーリアって、かなり着やせするんだね……」


「……えっち」


 どこ見て言ってるかバレバレなんだからね。まったく。私も見てやろうか。散々胸元とか二の腕とか、…………か、下半身。無理。絶対無理ぃ。


「あれ?」


「雨だ……」


 まだ3時過ぎぐらいだけど、沖の方に分厚い雲が流れて来てる。真下は土砂降りなのか、真っ白くて見えない。風も少し強くなっている。まるで雲の底が抜けたように見える。


「珍しいねぇ、あんなの」


「戻ろっか。波も高くなってきた」


 岩場から歩いて浜を目指したけど、どんどん雨足が速くなって、みんな雨宿りか帰り支度してる。途中で私のパーカーをカズマくんに貸して、私はパレオを傘代わりにして走った。


「アーリア!! シャワー室空いてる!!」


「入っちゃおう!!」


 この勢いだときっと通り雨だ。他の人たちも何人かで建物の中に入ってる。短時間なら二人で雨宿りしても文句は言われない。と言うか、シャワーを浴びたければ、外に出ればいくらでも浴びれるもんね。


「いやぁ、ズブ濡れだ。サングラス落としちゃうとこだったよ」


「あははっ、カズマくんと居ると、雨に振られちゃうね?」


 パレオとパーカーを同時に絞った。外に置かれたシャワー室は、申し訳程度の戸がついている。外は土砂降りで、何人か遠くで歩いたり、走ってるのが見える。


「今夜、また降るかもしれないよ」


「今夜?」


「うん、今夜はきっと、帰れないくらい土砂降りだね」


「そっか……今夜、ね」


 今夜。今夜。え、……今夜。え、うん。まって、まって下さい。そんな、え。一緒に。一緒に居るって前提。 一緒に、帰れないってあなた。なにゆえ、何故あなた私がパレオ巻こうとしたら、やんわり今手で止めましたか。


「アーリア……」


 ちょっ、ここで!? 巫女服着た時みたいになってる。誰か来るかも知れないじゃん。あぅ……ぎゅってしてくるぅうぅ。パレオ、パレオ落ちちゃった。頭押さえられてる、拾わな……んっ。


 彼と二度目のキスは、雨音にかき消されて。

 潮っぽい味が濃くて。身につけてるたった1枚の布が切なくて、心底、もどかしい。


「んはっ……はぁ……、アーリア。恋人になろうって僕が言ったら、秘密を教えてくれる?」


「そっ! …………うぅ。私が、……なの」


「ごめん。雨の音で……」


「私が、アーレアックなのぉ! それだけ、それだけだもん。も……んっ」


 もう良い。もう良もん。今稟さんに見られても、知ったこっちゃない。だって欲しかったんだもん。ずっとカズマくんと、こうしたかったんだもん。



◇◇◇



 着替えてシャワー室から外に出た。シャワーはしっかり浴びたけど、潮のせいで肌がピリピリする。日焼け止めとか、保湿クリームとか、スキンケアの物もっと持ってくれば良かったかな。


 まだ、彼の唇の感触が残っている。カズマくん待っててくれたけど、無言で腕に抱きついて、ちょっと後ろを歩こう。顔。とても今は見れないもん。


「あの。アーリア」


「………………」


「アーリアさん?」


「なに……?」


「その、そうやって抱きつかれると、麦わら帽子がチクチクしてくるんだけど……」


 ぐいぐい腕に麦わら帽ごと顔を押し込む。あんなところでキスしてくれちゃってぇ。すっごくすっごく嬉しいけど。めちゃくちゃ恥ずかしかった。顔から火が出るかと思ったもん。誰かに見られてたら死ぬ。死んじゃう。


 結局、帰りの電車中もそんな感じで。ずっとカズマくんに、麦わら帽をぐりぐりしていて。落ち着けたのは、電車から降りた後だった。


 カズマくんのお家は、駅からそんなに遠くない。あんな事をされてあんな事を言われた後だから、ついチラチラ空を見てしまう。いっそ雨が降るか、雲が集まってくれば良いのに。


「雨降るかもだね。その……」


「雨宿り……いいの?」


「うん。来てよ、アーリア」


 雨宿り。そう、ただ雨宿りするだけ。するだけ。以前みたいにバスに乗り込んだ。塾の生徒かな。カズマくんと同い年くらいの人が、結構乗っている。すぐに彼の家が見えてきて、あっという間に玄関に到着した。


 何度かお邪魔させてもらってるのに。今日は、ドキドキが止まってくれない。


「いらっしゃい。アーリア」


「お、おじゃま、しますぅ……あんっ」


 入った後に後ろ手にカギを閉められて、ちょっとだけ飛び上がっちゃう。彼が来るのが分かる。いつもなら、おいただから、胸をトンッ……て、して止めるのに、指先が動いてくれない。

 今度は後ろから抱きしめてくれて。いつもの通り彼は、アーリアって呼んでくれなかった。


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