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第102話 彼とのデート

 電車内を駆け抜けていく風が心地良い。変装とまで行かないけど、気遣って彼が用意してくれた麦わら帽を、つい少しの間だけ脱いじゃう。カズマくんが、じっとこっちを見つめていた。


「なーに? どうしたの、カズマくん?」


「いや。……綺麗だなって、思ってさ」


 私の今の服装は薄く白いワンピースと、この帽子。自分で思うのもなんだけど、どこぞのご令嬢様に見えるのかもしれない。そんな姿を率直に褒められるのは、とてもうれしくて麦わら帽で顔を隠してしまった。


 お盆も半ばの今日。私はカズマくんと都心から遠出して穴場の静かな浜辺へ、彼とデートに来ている。みんな帰省してバレてるかもだけど、みんなに黙って来ちゃってる。ゴメンね稟さん。


「あのね。お、お世辞……?」


「本心だよ」


 苦笑して、はにかんでくれる彼の顔が見れない。カズマくんはスケコマシだと思う。本人が言うには、孤児院で妹や姉のような娘が多かったかららしいけど、絶対天性の物だよね。


 いつもと違ってカッコいいジーンズやシャツ着てるし、褒めたいけど口が動いてくれない。恥ずかしいもん。


「後で約束のこと。聞かせてね?」


「良いけど。……誰にも、言わないでよぉ?」


「言わないよ。二人だけの秘密だね」


 またそういうこと言う。このスケコマシめ。自分でもニマニマしちゃうのが分かるから、帽子で顔を隠しちゃう。この隠してるのだってわざと見切られて、先に手渡してくれた気さえしちゃう。


「もう……」


 勝てないなぁ……。カズマくんには。もう見てるのも恥ずかしいから、窓の外を見る。カモメが遠くを飛んで海の水平線が、ギラギラと宝石のように

輝いてる。彼と来てよかったって、思う。


「そろそろだね。降りよっか」


「うん」


 荷物を降ろして帽子をかぶって、向かい合って座っていた座席から立とうとすると、大きめの振動で電車内が揺れた。


「あっと……!」


 とっさに彼の手を強く握る。鍛錬とかでしょっちゅうしているから、訓練通り反射的に手が出ちゃった。電車が停止し始めている。


「行こっか」


「えっ……う、うん」


 ぐいっと少し強引に引っ張られて、お互いの指を絡めて、手のひらが重なる手の繋ぎ方にわざわざ握り返された。慣れてる。絶対慣れてるよこの人。もう恥ずかしがってるのが少しバカバカしくなって、いっそ太い腕に抱きついちゃった。



◇◇◇



 荷物をロッカーに預けて、しっかりした作りのシャワー室で水着に着替えて外に出る。燦々とした太陽が容赦なく照りつけて、汗が出ちゃう。


「え、あれ、エルフ先生じゃね!!?」


「いや、コスプレだろ。そこそこ街でもたまに見かけるし、あっちにも居たじゃん?」


「まぁ、そうだよな。でも、今すれ違った子、耳のクオリティ、ハンパねぇな……?」


 まあ、そうだよね。コスプレだと思うよね。実際よく見ると遠くに3人くらい、私のコスプレっぽい人が居る。仮装大会のポスター張ってあったし、と言うか、ポスターの仮装してる姿がデフォルメされた私と、熊の手足状態のカズマくんだった。これがあると尚更そう思うだろうね。


「アーリア」


 呼びかけられて振り返った。シャワーを先に浴びたのか、髪がぐっしょり濡れている。汗だらだら出るし、その手があったね。私も浴びればよかった。つい笑っちゃうような、縁が変な星形のサングラスしている。


「ぷっ、何それ、アハハハハハ!! 似合わなーい!!!」


 得意げにポーズとってるから、笑っちゃう。あ、でもコヤツ。視線が分からないようにサングラスしてるな。チョコザイな。そんなに私のおっぱいみたいのかな。一応そう見えないけどギリギリCの後半はあって、谷間も今日は頑張って作ってきたもん。


 カズマくんは、黒と茶色の渋い感じのトランクス水着を履いてる。私は上下真っ白いビキニ。初挑戦で左右腰に、私の好きな夜明け前みたいな色のリボンが付いてる。……恥ずかしくって結局パーカーをかぶって、パレオ巻いちゃってるけど。


「笑えるでしょ。真司のチョイスなんだ」


「そうなんだ。あははっ、ナイスだね!! じゃあ泳ごっか!!」


「その前にちゃんと、手首回そうね。ふふっ……」


 テンションがおかしい。テンションがおかしい。暑さのせい。そう、きっと暑さのせいだ。一回笑っちゃっうと、顔が元に戻ってくれない。仕方がない。早く海に入ろう。


 湖よりずっと潮の匂いが濃い。勢いよく飛び込む。透明度は比べられないけど、それでも潜れば上から光が降り注いでいる。


 何となくゆっくり鼻から息を吐いて、逆さになってみる。カズマくんがマネしてやろうとしたけど、ガバッと息を吐いて、慌てて水面に飛び出しちゃった。


「はっ……はっ……うぇ、鼻に水入っちゃった」


「慣れないうちは鼻つままなきゃダメだよ。ゆっくり鼻から息吐かないと」


「慣れてるね、アーリア?」


「仮にも出身地島だからね。潮の味はこっちの方が濃いみたいだけど」


 遠くを見ると、バルーンボールや浮き輪で遊んでいる人も居る。何か遊び道具を持ってくればよかったかな。


「アーリア。競争しようよ!」


「良いよ〜、片足ハンデあげるから、変身しちゃダメだよ!」


 20本くらいしたところで、監視員の人に笛を鳴らされちゃったので、止める事になった。浜に戻ったら今度はビーチフラッグを代用品の枝で、ノリの良い監視員さんとやることになったけど、相当自信があったのか、私たちに連敗して泣いていた。


 めちゃくちゃ笑って過ごしてた。楽しい。でも注目しすぎちゃったから、海の家でお昼ご飯を早めに食べる事にした。


「アーリア。……呑んじゃう?」


「え〜やだ〜、呑ませてナニする気〜、ふふっ」


「さぁ? なんでもしたいよ、もちろん。でも例の事聞いてみたいかな?」


「ん〜人目があるからぁ、まだダメだよぉ……」


 まったく。どこで覚えて来るやら。夏の間は居酒屋でバイトしてるらしいから、そこで覚えて来たんだね、まったく。そんなに早く大人にならなくても良いのに。


 ビールは飲まなかった。悪くは無いけど私は免許持ってないし、身分証明しちゃうと下手すると本人だってバレちゃってめんどくさい。今日はオフだし、彼と飲む麦茶は実にスッキリした喉越しで、何物にも代えがたい、夏の味がする気がした。

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