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第100 彼女の落とし物

 冬子さんは途中で服を着替えて、岩から染み出ている水で身体を洗った。僕も水で鼻をすすいで、少しはマシになっていた。


 無冥階層むみょうエリアを抜けて、鉱脈階層こうみゃくエリアを下っている途中。嗅ぎ覚えのある臭いがして、そちらに向かった。


「これ…………」


 見覚えのある。アーリアのバッグだ。ショルダーストラップ部分が、断ち切られている。周囲を照らしたけど、血の匂いはしない。彼女の匂いは、通路の奥に続いている。


「全員警戒を。こっちに来ているなら、連絡をとってみましょうか」


「そうですね。ただ、彼女ほどの腕で……」


「電話してみるわ」


 違和感がある。巧妙に隠されてるけど、何か一方向から妙に「匂い」がまったくしない。まるで丸ごと、かき消されてるみたいだ。


「カズくん……?」


「注意して、何か変だ」


「アーリアさん、出ないわ。どうしたのかし……」


 臭いのしない方向に、石ころが動いた。咄嗟に訓練通り、両腕で後方をかばう。変身する前の腕には、深く引っかき傷が付いていた。


「痛っ……!?」


「な、なんだ!?」


「っ……沙耶さん!!」


 沙耶さんが冬子さんの声に反応して、テーザーガンを撃ちまくった。2発何もない空中に突き刺さって、何かが倒れる音がした。


「負傷者を中心に、警戒!!」


「カズくん。傷見せて……!」


「問題ない。腕をちょっと深く切っただけだ。けど今のは……?」


 アーリアの訓練の方がずっとキツい。この程度なら問題ない。臭いのしない方向は、まだ奥にあるように感じる。不気味だ。こっちを見ているのかも知れない。


「まだ、居ます」


「分かるの、一馬くん?」


「臭いがしません。でも、ずっと奥に逃げたみたいです」


 変身して、テーザーが突き刺さっている地面に腕を叩きつける。肉のつぶれる感触。酷く痩せたサルのような不気味な生き物が、騙し絵みたいに血を浴びて浮かび上がってきた。


「なに、これ……?」


「モンスター……?」


 牧さんと黒田さんが、興味深そうにナイフで触れないように調べている。透明になれるのかな。だとしたらアーリアは、警戒して奥地に向かったのかも知れない。


「姿を消せるみたいだな。赤外線スコープ。用意しましょうか?」


「用意が良いわね。牧」


「コレで見えるって決まったわけじゃ……あ、見えますね。ここにはもう、確かに居ないみたいです」


 牧さんは人数分は持って来ていないので、追加で沙耶さんと稟が、赤外線スコープを付ける事になった。


 集中して匂いを嗅ごう。もうアーリアは近いはずだ。変身したままならもっと……居た。臭いのしない場所もある。


「奥にアーリアの匂いがしますが、同時にしない部分もあります。きっと両方隠れてます。どうしましょうか?」


「いっそ、呼びかける?」


「トラップを使おう。万一掛かってもケガしない、イージーなやつだ」


 黒田さんが荷物から、ジェル状の液体を撒いた。その上に何か、さらに液体を撒いて、ジェルが半透明になっていく。何の薬品なんだろう。


「混ぜ合わせると強力な接着剤になるやつなんだ。色々使えて便利なやつさ」


「よし、呼びかけてみましょう。アーリアさんー!! 迎えに来たわよー!!」


 冬子さんの声に、反応があった。アーリアだ。急いでこっちに来ている。後ろから臭いのしない気配もする。足跡まで消せないから、さっきと違って分かりやすい。


「アーリア!! そこから飛んで!!」


「えぇ!!? うん!!!」


 飛び込んでくるアーリアを抱きしめる。後方で接着剤を踏んづけた3匹は、思いっきり転倒して動けなくなった。


「終わりよ」


 ブルーフェザー3名による。拳銃の一斉射撃。魔法を使うまでもなく、透明サルは声もあげず討伐された。


「アーリア……」


「ただいま。カズマくん……」


 耳元で喋ってくれる彼女の声がこそばゆい。訓練で散々、真剣に取っ組み合いしてるけど。やっぱり彼女の身体は柔らかい。皆の視線が生暖かいけど、アーリア自身が気づくまで、僕は彼女を抱きしめ続けていた。



◇◇◇



 私はファンガスに足止めをされて、何か使える物が無いかと道を引き返している時に、あの透明サル。インビジブルビーストに襲われた。


 大まかな動きは私の耳でも分かるけど、不意打ちを受けた際に荷物を落としてしまった。インビジブルビーストが去るまで、スマホの電源を切って身を隠して様子を伺って居た。


 足音が消えなくって困ってたら、カズマくん達が助けてくれた。いきなり飛べって驚いたけど、力強く抱きしめてもらってドキドキしちゃった。


 良いなぁ二の腕。太い首筋。インビジブルビーストが動かなくなった後も、稟さんには悪いけど顔を埋めてスリスリしちゃった。えへへ。


 その後、アスピドケロンの居なくなった湖を少し探索して、稟さんに後頭部をハスハスされながら地上に帰った。事前に連絡していた通り、ダンジョン庁の職員さんと刑事さんが待ってくれていて、岩動真人くんの証拠やグレムリンの血液や毛髪。地下街の様子も、向こうで許可された物を手渡した。


 念の為2つ購入していたスフィアも、1つ彼らに購入してもらった。これで地下との国交が樹立するかも知れないと思うと、少しワクワクするね。


「あのね。と言うわけで、今すぐ話せる事は多くないけど、無事帰ってきたよ」


〝おかえりエルフ先生ー!!! 〟

〝無事でえがった!! 〟


〝うおおおおおお!! 地底湖階層ちていこエリア初攻略おめ!! 〟

〝同接すご。画像配信で帰還挨拶なのに、もう7万超えたwww〟


〝そりゃそうだろ。存在は確認されてても、アスピドケロン乗って帰ってきた奴は、数えるほどしかいないんだからよ〟


「アスピドケロン乗ってきたよー。しかも住んでる人も居たよ。画像出すね」


〝は!? 住んでる人……? 〟

〝アスピドケロンって、住めるの……? 〟


〝スクショしよスクショ〟

〝撮れ高だぁー!! 〟


 その日の配信は、動画配信じゃないのに同接10万を初めて越えて、大盛況だった。無事帰ってこれてよかった。楽しい。やっぱりみんなが居ると、うれしいと思える時間だった。

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