ゴブリンの襲撃こそあったものの誰も負傷は無く、
夏になり少し菌糸類が減っている。色鮮やかだった赤いキノコは減って、抹茶色の細い傘のようなキノコに変わっていた。
「……ねえ、カズくん。気づいた?」
「ハルピュイア達が、1人も居ない……?」
おかしい。もう結構奥地のはずだけど、いつも遠くでこっちを面白そうに見ていたハルピュイア達に会わない。たまたまかも知れないけど、熱気のこもる不穏な空気で、じっとりとわずかに暑苦しい。
「一度集落の方に、行ってみましょうか」
「いいの?」
「何かが起きているなら、アーリアもそこに向かったのかもしれません」
ここからハルピュイアたちの集落へは遠くない。しばらく歩くと、聞き馴染みのある羽音が聞こえてくる。なぜか慌ただしく彼らは飛び回っている。知っている匂いが、遠くを通過しようとしてる。
「翁!!」
「む。お前たちカ。見たところ無事なようだナ?」
翁たちは壁から突き出た太い根の上で応えてくれた。あまり近づくと、人間に酔いすぎるからかな。
「無事? 何のことよ?」
「下層へ向かう道デ、ファンガスが居てナ。この時期に滅多に出てくる魔物では無いのだガ、一族の者たちに呼びかけいたのダ」
「ファンガス?」
「キノコのような寄生型の魔物ダ。どうやら人間とゴブリンの死体3体に取りついたようでナ。手当たり次第胞子をまき散らして、増殖しようとしていル」
「ぞ、増殖……?」
「かなり匂いが酷い! 用心すると良イ!!」
翁は仲間連れて飛び去って行く。僕らは彼らを見送りつつ、死角を作らないように少し隊列を外向きに変えて、慎重に進む。
「何か、カビ臭いような匂いがします……」
「もう少しペースを落としましょう。周辺警戒を」
冬子さんの指示でさらに歩く速度を落とす。遠くにぼんやりと青白く光る場所がある。
「コホッ……」
「少し下がりましょうか。これ以上はいくら何でも、匂いが厳しいわ」
「でも……」
臭気が酷い。臭すぎる。さっきから鼻をつまんでいるのに、口から入ってくるだけで、涙が滲んでくる。みんなはまだ平気そうだけど、僕だけはかなりキツい。鼻が良くなった弊害のようだ。
「こういう時の私たちよ。牧、黒田」
「了解。小型ロボットで偵察を始めます」
「配信も同時に行って、視聴者さんから意見も募りましょう。良いかしらみんな?」
〝了解〟
真司や聖さん含む、配信スタッフの皆も準備を進めてくれた。酸素管と吸入器を取り出して、口を覆って呼吸をしよう。それで幾分かマシになるはず。
「大丈夫?」
「なんとか。でもこれ以上は、これ無しだと無理かも……」
「吸わない方が良いわね。大量に吸うと、それこそキノコになっちゃうかも」
〝お。予定よりって……ロボットくんか〟
〝おぉ……低い〟
〝設備点検用だった改造ヘビ型ロボ。ブルーフェザーの片翼だな〟
〝へ〜そんなんあるのか。岩肌の隙間とか覗けやすそうw〟
〝ロ、ローアングル……! 〟
〝ロボットさんもう少し上に……! 〟
「こーら。ええっと、この先にファンガス……キノコみたいなモンスターが居るみたいなの。専門家がいらっしゃれば意見を聞きたいわ。良ければご協力お願いします」
〝イエスマム!! 〟
〝えへへ、今日も冬子ママに叱られちゃった。えへへ〟
〝キノコか。たけ〟
〝そこから先は、戦争だぞ? 〟
電源が入れられ、鉄のヘビロボットにキュイーンと火が灯る。黒田さんはパソコンを広げて僕らにも見えるようにヘビロボットの操作を始めた。
体中に付いた小さなキャタピラのような部品で、スイスイとあっという間に地面を這って、小型ヘビロボットは、光っている方向に進んで行く。
〝映像。そっちも確認願いします〟
「あいよ。パソコンの準備は……ってなんじゃこりゃ?」
菌糸類がげっそりするほど、ねっとり滴って生い茂っている。その中央で、頭部に歪んだように顔全体を覆って菌糸がまとわりついて、まるで花みたいにふわふわ胞子を吹き出してる。
溶け合って居るのか、ゴブリンの身体が左右の腕に絡み付いて、さらに鞭のように長い触腕が1本、ゴブリンに巻き付いて、生えているように見える
〝うえっ、ねっとりしてる〟
〝こりゃ酷いな……〟
〝青白い……〟
「気持ち悪いけど、どこか綺麗ね……」
沙耶さんや視聴者さんの言う通り、どこか美しさを湛えた醜悪な異形だ。目や耳なんて残って無いけど、のっそりこっちを見たような。
「いけない、下げて!?」
「マズッ!?」
大きく振りかぶって、1本の触腕が地面に叩きつけられた。ヘビロボットはギリギリで回避して、撤退を始めた。
〝追って来とる!! 〟
〝食らいついて来やがった!!? 〟
「応戦準備!! 消毒液は!?」
「あるけど、効くんスか!?」
「無いよりマシよ!! 準備してッ!!」
稟に布を口元に巻いてもらって、戦闘準備を整える。全員消毒液の容器を構えて、岩陰から出てきた瞬間に投げつけた。
「ギ……ギ……!?」
「効いた!?」
「これならどう!?」
冬子さんが照明弾を、沙耶さんがテーザーガンを撃ち込んだ。照明弾の熱に片腕のゴブリンは焼け落ちたけど、テーザーガンは頭部に直撃したのに勢いが止まらない。
ファンガスは岩に触腕を絡めて、思いっきり岩石を投げつけてきた。
「このっ……がはっ!!?」
飛んできた岩を砕いた隙に、触腕が大きく上に振りかぶられた。マズい。匂いが酷くてむせた。稟への直撃。精霊さまも巨大化してるけど、間に合わない。
「甘いぃッ!!」
「おぉっ……!!」
冬子さんは振り上げられた触腕を物ともせず。タイミング良く、手のひらの底で下顎を突き上げて、そのまま流れるような大外刈りで吹っ飛ばした。
受け身も取れないまま、ファンガスは壁まで吹き飛ばされて、腕のゴブリンをまき散らして動かなくなった。
〝1本ッッッッ!!! 〟
〝いっぽんッッッ!!! 〟
〝お見事ッ!! 〟
〝すげえ!!!? 〟
〝流石、有段者。ボガートすら近づかなかった、投げの鬼〟
「うへぇっ……流石にこの服、もう駄目ね」
「ベトベトね……」
〝Oh……〟
〝流石にエロっぽくも見えねえw〟
〝ほのかに発光してるのが、なんか笑いを誘うw〟
〝人妻の……いや、流石に着替えてもろて〟
接触してしまった冬子さんの服は、消毒液と菌糸で酷い状態だった。ファンガスにさらに消毒液をかけると、菌糸が剥がれ落ちて死体は判別できない白骨になった。全員酸素管で呼吸しながら、僕たちは菌糸の生い茂る場所を、何とか通り過ぎる事ができた。