驚いた。鏡でも前にしてるみたい。それも髪を切り落とす前の。最も、目の色はあんな透明じゃ無いけど。でもパパもママからも、そんなそっくりな妹や姉が居るなんて、聞いたこと無いんだけど。まずは話しかけてみようかな。
「そう警戒しないでよ。まずはこの子助けないとでしょ?」
「そ、そうだった!! メク、無事か?」
「うえぇええ⋯⋯ベトベトだし痛いし、気持ち悪いよぉおぉ……!」
タコみたいなヘルグスキュラの足だもん。そりゃヌルヌルだよね。無事みたいだし、とりあえず助けてあげよう。ぐいっと倒れたヘルグスキュラを引っ張り上げて、メクさんは這い出てきた。
「うぅ、真人ありがとうぅう……!」
「礼ならマルドに行ってくれ。こいつの鼻がなけりゃ、見つけられなかった」
「うん。感謝しますマルドさん。で、このお方はどなた様?」
「真人さんの身に何があったのか、お話を聞きに来た地上の探索者でアーリアって言います。メクさんを助ける協力をする代わりに、色々と便宜をこの国に計ってもらう事になったの」
写真で見るより真人さん。ずっとたくましいね。かなり修羅場をくぐってきたのか、武力はともかく武人力は相当な物を感じるよ。キキロガさんが気に入るのも納得だね。
こっちのマルドさんは、なるほど元剣闘士さんかな。そんな動きしてる。サオさんは、ちょっと読めないかな。強いて言えば少しだけ違って、ほとんどアーリアに似てる。それにしてもグレムリンが存命なのは、かなり良い風向きだね。
「お、俺を、捕まえに来たのか……?」
「いいや、違うよ。そもそも巻き込まれて逃げるしか、無かったんでしょ?」
「え、うん。そうだ。逃げるしか、あの時は無かったんだ」
「手間をかけて申し訳無いんだけど、あなたの潔白を証明するためにも、捜査に協力してくれないかな。この国の人たちと同意の上でね」
「同意の上でって、どういう事だ?」
「地上の情報が詰まったスマホを持って、国内を勝手に撮影するわけには行かないの。混乱の元だし、証言と証拠だけ撮影したいんだよ」
「だが、それは、ちょっと……」
「わかってるよ。地上、地下問わず公表は私もさせない。君に脅威が迫って来る事を、万一でも私は望まない。……まずは橋向こうに戻ろっか。相方を長く待たせるとみんなに悪いし、いつまでもこっちに居ると、トラブルになっちゃうよ」
「その前に、その仮面、なに?」
「失礼だったかな。今外すね。こう言う理由だよ」
かなり警戒した様子で、サオさんに聞かれちゃった。余計な誤解を与えないためにこうしたんだけど、まあ見せてもいっか減るもんじゃ無いし。
全員息を飲んだみたい。まあそうだよね。驚くよね。アーリアも驚いたもの。
◇◇◇
橋向こうの寺院に戻ると、先に連絡していた通り、最初に取引した入管さんと、寺院の方々。キキロガさんと私と同じく、迷惑にならないために仮面をつけた、女神さんが待ってくれていた。
「早かったな。下手人は?」
「ハルピュイア達が空に連れてったよ。多分地上方向に、全員追放になるんじゃない?」
「ま、こちらは死者も幸い居ませんし、妥当ですね。それで、国内でスマートフォンを、ご使用になられたいとのことですが……」
入管さんがテキパキと書類を机の上に並べて、準備を進めてくれていた。変な画像とか動画は無かったはずだけど、入国のために全部スマホの中見られちゃったから、ちょっとだけ恥ずかしいな。
一馬くんのエッチな画像とか、ちょっとあるし。
「うん。申請書類とか、書かないと行けないんだっけ?」
「そちらはこちらでご用意しました。不審な物は……ええ、無かったので、この場で限定的なご使用を立会の上で許可します」
なんでちょっと目をそらして、言い淀みましたかアナタ。まあ突っ込んだら負けのような気もするけど。恥ずかしいなあもう。
「ですが、にわかには信じられない事がいくつか。本当に、人間だけしかほとんど居ない国なんて、存在するのですか?」
「本当だよ。キキロガさんも行った事はあるもんね?」
「うむ。最も、もう半世紀も前だ。変わっていてもおかしくは無いがな」
クコスバレク国の人たちは、人間だけしか居ない国にかなり懐疑的なんだよね。まあ、私たちだってモンスターと人が、こんなに仲いい国があるなんて知らないだろうし、そこはお愛顧様なんだけどね。
「本当に声までそっくりなのね……しかも異種族みたいね?」
「サオも驚いたよ。ところであなたはどなた様?」
「今は名乗るほどの物では無いわ。でも結婚式には結婚を司るものとして、参列させてもらうわ。末永くお幸せにね?」
「え、うん。ありがとう、ございます……?」
「うぁあぁぁあぁああぁぁぁ………」
「ど、どうしたのこの子? やっぱりどこか、酷くケガでもしたの?」
「失恋の直後なのです。そっとしてあげて下さい。御太母神さま」
女神さんも驚いていた。まあ気持ちは分かる。でも帰らなくても良いんだろうか。あまり長く寄り道しちゃうと、他の神様達にこっぴどく叱られるだろうに。
誘拐されて散々脅された直後に、恋敵に結婚と妊娠のダブルパンチ。それはもうしばらく歩けないくらい、不幸だって思っても仕方ないよ。かわいそうに。
女神さんに抱擁されて、ズビズビ鼻水垂らして泣いてる。良いのかな、相手国母神みたいな女神さんなんだけど。というか。
「待って、異種族、サオさんが?」
「そうよ。見た目はそっくりだけど、あなたと同種族では無いわ」
言われてピンッと来た。この子多分、以前一馬くんが倒した私そっくりなモンスター。チェンジミストだ。透明な目の色がそっくりだし、多分間違いない。
でもあの時ほどなんと言うか、大雪とか洪水のような無機質な圧迫感は感じない。何かのきっかけで進化したのかも。あくまで予測だけど、なるほどねえ。進化して理性を得たのかな。
「サオさんって、どこから来たの?」
「どこから? 上のダンジョンからだよ。それ以前は分からないの」
「分からない?」
「記憶が無いんだ。記憶喪失ってやつさ」
ふむ。不明な事は多いけど、現状触らぬ神に祟り無しかな。別に恨んじゃいないし、ダンジョン庁に報告だけするにしよう。
その後、真人くんの証言を集めた動画を撮影して、グレムリンくんの体毛と血液を、ほんの少しだけ採集させてもらった。
地上に居た頃に見せてもらった資料によると、生きている状態のグレムリンの血を採集できれば、違法薬物の捜査も、格段に良くなる可能性があるらしい。
真人くんの証言にも、捜査上に浮かびあがって来なかった犯人と思われる名前や、施設。不審点がいくつかある。時間がたっているから有用か分からないけど、犯人あるいは犯罪組織を見つけだす、重要な手がかりなのは間違いなかった。
◇◇◇
3日後。サオさんと真人くんの結婚披露宴が
いつ死ぬか分からない闘争の多いこの国では、1ヶ月とか、2ヶ月とかかけていたら、伴侶がもう居ないなんて事はよくあったみたい。
なので、先に重要な儀式だけ済ませて、披露宴は何度か日を分けて催されるのが普通だと、キキロガさんに教えて貰った。
多少ミノタウロスたちの文化が入り乱れているのか、サオさんは月桂樹の冠に、少し簡略化した白無垢に近い、動きやすい衣装を着ている。
真人さんは絵紋袴に近いけど、こっちも簡略化してる。何度も着たり、動いても良いような服を着ているみたい。
「まだ花を受け取っていない人は、はぁ……並んで下さーい」
ため息をついているメクさんと、ゴブリンさんと女性のゴブリンさんが、沢山の白い切り花を参列客に1つづつ配っている。花は地上の物と違うけど、アルストロメリアに近い品種みたい。
流石に物々しい仮面は今はつけていない。その代わり、少し目元を隠す眼鏡をかけている。
ハレの日だ。清い水の流れの元。街の中を友人の護衛と寺まで練り歩くのが、結婚の儀式らしい。
「うぅ……俺、サオちゃん狙ってたのに」
「最初から勝ち目ねえだろ、それ」
「勝ち目ねえっていえばさ……」
「おいバカやめろ。それに触れると冗談じゃなく殺されるわよ。ハレの日なんだからさ」
「何にせよ、花嫁殿。きれいだなぁ」
女神さまの祝辞が述べられて、流石に本気で他の神さまがお冠だったのか、彼女の体が透け始めた。強制的に帰らされているみたい。
「最後まで祝いたかったけど、時間みたい。失礼だけど早々に帰らせてもらうわ」
「いえ、今日は祝辞をありがとうございました」
「寄り道したような物よ。気にしないで。でも、ルーク」
「なに?」
「宗派違いでもこちらに戻るなら、あなたの一族共々歓迎するわ。お父上とお母上にも、良ければそう伝えて」
「うん。必ず伝えるよ。……元気で」
最後に少し困ったようにまた微笑んで、彼女は帰って行った。街を練り歩き、寺に付いた。最後にキキロガさんからお神酒を受けて、三々九度の盃。不動様の高僧さんから祈祷を受けて、後はヤムルさんのお店でお食事会になる。
私そっくりなサオさんは、ずっとハレの日を、花抱くような笑顔で彼と楽しんでいる。私を含めた祝の言葉を受けて、まるで生きる意味そのものみたいに、大輪の花を惜しげ無く咲かせている。私もいつか、ああなるのかな。
「(アーリア)」
ここに居ない声が、頭をよぎる。寂しい。会いたい。彼と、ううん。彼らと、サオさんたちを祝福したかった。女神さんが言うように、いつか訪れる結末かも知れない。それでも。
「帰ったら。デート。お願いしちゃおうかな……」
やっぱり彼の事が好きなんだと、気付かされたハレの日だった。