マルドの話では、先ほどの集団はヴァルーシアと言う蛇のような種族で、奴らは人攫いの異種族たちだったらしい。人間に酔い果てた中毒症状で、凶暴化しているのだと説明してくれた。
「あそこの人たち。大丈夫かな……」
「大勢は決している。歴戦かつ上空から攻められるハルピュイアたちなら、問題なかろう」
「サオ。大丈夫か?」
「うん……?」
サオは探るように腹を撫でて、レッジも飛び降りて、お腹に耳を当ててくれた。
「問題無いみたいだけど。念の為アレ以上強力な攻撃は、しない方が良いかも……」
「ぎゃう」
「そうそう必要になるとも、思えんがな……」
血振りと建物の中から拝借した布で、大太刀を清めたマルドがそう呟いた。建物から出ると、こじんまりとした露天市場に出た。
イノシシとオオカミの中間のような生き物や、手錠を嵌めて鎖を引かれる人たち。道端にうずくまる人や、モンスターが倒れている。
どう見ても、お近付きになりたい場所じゃねえな。さっき教えて貰ったみたいに目線を逸らした。
「あっちだ。もう近いぞ」
マルドに続いて早足で歩く。フードを目深にかぶった得体の知れない連中が多いが、気にしている暇もなく急いだ。
「そこだ。そこ、なんだが……」
「これが……?」
大きな井戸と言うより、ちょっとした貯水槽跡地だろうか。2本組の四角い木枠で囲まれていて、下を覗いても水気は全くない。
ゴミが少し投げ入れられているのか、あるいは使われていた頃に詰まったのか。その両方か、ガラクタが少し散乱している。本当にここなのか。ただのゴミ捨て場モドキにしか見えない。
整備用だろうか。錆びついたハシゴも側面に付いている。大きく鼻で息をするマルドが頷いた。
「間違いなく匂いはここだ。降りるか?」
「他に手がかりは無いし、降りるしかないで、しょ!!」
「ちょっ、サオ!?」
無茶しやがる。飛び降りたサオを追いかけて、俺も飛び降りた。うわっ、すげえ高い。足が挫けそうになったが、レッジが上に引っ張ってくれたおかげで、何とか無事に着地できた。見上げると5m近かった。
「何かあるか?」
「…………これかな」
マルドはふわりと着地していた。地面を探っていたサオが、床に切れ込みがある部分を指さした。
「これ、ちょうど外せそうだな」
「どいていろ」
マルドが切れ込みに手をかけて、一気に引き剥がした。何度か開閉されているのか、すり上げたような跡がある。木板の下には、怪しい地下への階段が隠されていた。
「匂いはここからだ。……武器を、抜いておけ」
「ああ……」
マルドは大太刀を、俺はグレネードランチャーと拳銃両方抜いて、それぞれ両手に持った。不気味な暗い地下水路跡地の奥だ。レッジにマルドから手渡されたランプを持って貰って、忍び足で水路を進む。かすかにモゾモゾと何か話し声が通路の奥から聞こえる。
「話し声と、メクの声だよ……!」
「見つけたか」
「なんて言ってる?」
「なんか、スフィアがどうとかって、無事みたいだけど……」
ほっとした声がわずかに漏れた。小声で話しながら頷き、レッジにランプの灯りを絞ってもらう。半端に隙間だらけで、ボロボロの木製扉から光が漏れている。
『だ〜か〜ら〜、こっちに住むのは無理だけど、利権が欲しいなら、協力してくれれば渡すって言ってるじゃん!!』
『信用できないね。何度も言ってるがこっちで作れば良い。お前、自分の立場分かってるのかい?』
『図面向こうだし、儀式場や大型魔導具の都合が悪すぎて、無理だってんでしょうが!! スフィアの部品1つ作んのに、どんだけ手間かかると思ってんだ!! 技術者ナメんなババア!!!』
言葉は断片的にしか分からないが、見たこともない剣幕で、メクがめちゃくちゃ怒っている声がする。サオが耳打ちしてくれたが、どうやら連中の目的はメクの制作する魔導具だったらしい。
サオが見たこともない冷徹な目で、扉の前居るタコのような下半身を持つ異種族を、音もさせず倒した。
「殺したか?」
「半々かな。しばらく目は覚まさないよ」
メクの大声のおかげで小声でやり取りしつつ。忍び足で扉に近づき、突入の準備をする。レッジが扉を開け、遠距離攻撃ができる俺が最初に突入。大柄なマルドが最後と決めた。
『姉さん。もう人間薬でラリらせましょうよ。もしくは◯せば、言う事聞くでしょ?』
『女ナメんじゃ無いよ。時間がかかりすぎるし、万一この娘が口聞け無くなったら、この街全部ハルピュイア共に壊滅させられるぞアホが……しゃーない。こっちは見つけようも無いんだ。向こうに連絡取って、身代金に切り替え……』
「グルァア!!」
「なぁっ……!!!!?」
一気に中に入り1番近いタコ足に全弾叩き込む。数発モリで防がれたが、ガァン!! ガァン!! と連射された弾丸が、2発頭部に突き刺さった。
『人間』!? どっから入った!?』
モリが迫る。サオがスルリと踏み込んで、腹部を貫く一撃で、タコ足を蹴りで吹き飛ばす。大柄なマルドは入るのに少し手間取ったようだ。急いでカラの弾倉を捨て、新しい弾倉を叩き込む。
「地上語は分かるな、マダム。いい加減観念し時だぞ」
「チッ……
「うぁ……!?」
マダムと呼ばれたタコ足は、3本の触腕の先端が、犬か何かの猛獣のように異様な形をしている。すぐ近くにいたメクの身体を、触腕で絡めやがった。
「メクを、返しなさい……!」
「来るんじゃ無いよ。……奇遇だねぇ、私も穏便に行きたいんだ。見逃してくれたら、この娘は解放するよぉ?」
「いだだだっ!!?」
「メクッ!!」
くそったれ。吸盤でちょっとやそっとじゃ離れないだろうし、メクは猛獣に牙立てられてるってのに、撃とうにも触腕で弾かれそうだ。見逃すしか無いか……?
「油断したね!!!」
「なっ!?」
猛獣の口から火と氷が一気に放たれて、部屋に煙が充満してしまった。何も見えん。やられた!?
「逃げさせて貰うよ!! じゃあね!!」
「ま、まって、うあぁあああッ!!?」
「真人!?」
咄嗟にサオをかばうと、雷撃なのかすげえビリビリ痺れた。あの猛獣。3つすべて吐ける物が違うらしい。くそ、立てん。レッジが急いで煙を翼でどけてくれている。
「くっ……! 俺が背負う、参るぞ!!」
「う、うん!!!」
マルドに背負われながらしがみつく。さらに奥の通路に逃げたようだ。水面が近い。まだ浅いが泳がれる前に何とか追いつかねえと、そのまんま飛び込まれたらマジでまずい。
「いそへぇ、まるとぉお!!」
舌も回んねえ。いっそ俺を投げ出させるか。ん?
「ぎゃうぅう!!!」
ローブを羽織った誰かが、月光のような光をまとって、一気に頭上を飛び抜けていく。一瞬見えた顔は、木の仮面だったような気がする。
「見つけた!!」
居た、いやがった。メクはぐったりしてるが、飛び込む直前だったのか、奴は体勢を低くしていた。
「くっ……こうなれば、もう一回!!」
「無駄だよ」
「え?」
ローブ姿の方から、サオの声? おかしい。彼女はしゃべって無いのに。なぜ向こうから声が? ローブ姿は杖をタコ足マダムに向けると、俺が食らったより細い雷撃を放った。
「ぎ、ぎゃあぁあ!!?」
「終わり」
「がっ……!!?」
鋭い手刀がタコ足マダムの後頭部を殴打して、ばったりと床に釣り上げたばかりのタコのように倒れてしまった。強い。まるで動きまで、サオのようだ。
「あ、あんたは……?」
「やっと見つけたよ。真人くん」
サオだ。間違いなく隣に居るサオの声が、仮面の向こう側からする。奇妙な出来事に俺もサオも、顔を見合わせて唖然とするしかなかった。