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第93話 誘拐

 寺を訪ねて事情を話し、木漏れ日の地霊院と言う良い病院を見繕って貰った。妙に背の低くてトンガリ帽子をかぶった女の子が主治医だった。


 見たこともない吊り下げられたデカい虫眼鏡みたいな魔導具を調整すると、リアルタイムでサオのお腹の中を、レントゲンのように見せてくれた。


「デキてますわ。おめでたですのよ。お父様」


「ああ。うん……」


 覚悟はしていた。だが父と呼ばれると、嬉しくて仕方がないが、同時にどこかまだ、実感がわいてくれない部分もあった。


「この豆粒のように、ちっこくて動かないのがお子様ですわ。えー……新種の異種族様とのことで、わたくし共も不明の所は多々ありますが、魔導具で反応を見る限り、肉体はほとんど人間と変わりありません」


「え、でもモン……異種族、なんだよな……?」


「確実に。ですが、人間の言語で言う遺伝子とか言う解析では、ハエと人間の違いって、4割くらいしかないんですのよ。食う寝る増えるは、両方同じでしてよ?」


 そう言う物なのだろうか。俺は遺伝子や生物の専門家ではないので、流石に理解できなかった。


「ですがご注意を。お子様は初子で、さらに混血となります。となれば、悪阻つわりがひどくなったり、大きくなるに連れて、急激にお母様の体調が崩れる危険性も本来、あるのですが……」


 そこまで説明して、彼女は聴診器に似た道具で、サオの胸元に機器を当てた。


「お母様。少し深呼吸をしてみて下さいますか」


「え、あ、私か、……うん」


 何度か深呼吸を繰り返して、レントゲンの向こうの身体も合わせて動く。医者でない俺には良く分からなかったが、彼女は納得したように何度か頷いた。


「母体様の動き方が極端に効率的で、激しい運動をしても、よほど追い詰められない限り。お母様に変化はあっても影響は少ない方と思われます。ただ、お腹の中のお子様はそうとは限りません。お産みになられるんですよね?」


「それは、もちろん」


「では、あなた方2人は生き物1つの親になるのです。当然、できることだけをして行くわけには行かなくなります。幼い生命の前に、甘えは容赦なく即死に繋がる。恐縮ですが「できないこと」こそ、積極的に挑戦して、お子様を守り日々励んで下さいませ」


 彼女はテブツと名乗り、最後に少しだけ、検査のためにサオに瀉血しゃけつをして血を採取し、何かあればすぐ飛んでくると約束してくれた。


 病院には顔色の悪い寝たきりの患者や、サオがこれからなるであろう、大きなお腹の女性も居る。人間だけでなく、ゴブリンやオーガ。サキュバスの女性。みんな不安だったり、笑顔を浮かべていたり。様々な顔をしていた。


「お母さん。だって……」


「お父さん、か……」


 出産予定日はおよそ9ヶ月後。産婆さんはヤムル店長の奥さんであるウルミラさんが勤めてくれるが、入院等はサオの独自性と現在の状況。資金の問題で、一先ず推奨されなかった。


 問題があれば入院だが、産んだあとも子育ては続く。十分な資金が無いなら、信頼できる相手から借り入れるか、必要な物を購入して残した方が良いという判断だった。


「頑張るだけじゃ足りねえな。必死になんなきゃ」


「うん……。絶対に産みたい」


 テブツ医師は妊娠している証拠として、桃色に塗装された、骨でできた首飾りをサオに託してくれた。サオが少し不安そうだったので、帰りがけに必要な物を早めに購入して店に戻った。



◇◇◇



 店の周囲に普段見ない人だかりができている。慌ただしく何人かハルピュイアが飛んでいく。残してきたレッジも、慌ただしく周囲を回っている。見送っていたマルドに手を振って近づくと、レッジが眉根をよせて飛びかかってきた。


「ぎゃうぅうっ!!」


「すまん。なにかあったのか?」


「ハルピュイアたちの重鎮の孫娘、昨日貴殿たちといたラクティメク様が、昨日の夜から帰って来ないらしい」


 マルドは人相書きを手渡してくれた。キリッとした顔立ちで、大きな白いフクロウに近い姿の男性と映っている。


「メクが……!?」


「今日の昼には、重要な儀式実験の予定だったのだが顔を出さず。スフィアにも応答が無いと彼らは言っている。見つけ出せば相応の勲章が出る。何か手がかりは無いか?」


「手がかり……っても。あ」


 ドタドタと店の中に入って、驚くヤムル店長を尻目に、借りている部屋に入り金庫を開け、メクから託された羽根と、ついでに収納していたグレネードランチャーを背負って戻って来た。


「これなら、どうだ!?」


「どれ……」


 クンクンと鼻を鳴らして牛に近い頭部を羽根に近づけて、マルドは匂いをかぎはじめた。つぎに移動しながら地面をかぎ、店から少し離れたある一点で止まり、彼の目が鋭くなっていく。


「見ろ」


「このシミは……?」


 よくよく目を凝らして見ると、黒いシミが点々と続いていく。向かう方角は、つり橋のあるスラム街のようだ。


「血痕?」


「いかにも。回収されているが、その羽根と同じ匂いが、かすかに散乱している。おそらくここで不意打ちを受け、連れ去られたと見る」


「そこまで分かるのか?」


「コボルドより優れた鼻だ。残念だが、絶対にこれは相違ない」


「そんな!? 助けないと!!」


「報酬は山分けだ。……身重の身で、問題ないか?」


「行くよ。友達だもん!!」


「承知した、必ず助けよう。真人殿。誰でも良い、警備の者に情報を共有して欲しい。後に我々も向かおう」


「わ、わかった。今連絡する」


 スフィアを取り出して通話し、警備本部に通報を行った。本部に詰めていたハルピュイアたちも、何人か急いで来てくれるようだ。


「ついて来るなら心した方が良い。向こうは貴殿たちの言う、人と退廃に酔い果てた「モンスター」たちの巣窟なのだからな」


 つり橋が見えてきた。向こう側は落下防止の手すりが1つも無く、淀んだ空気が見えた気がして、俺は息を飲み込んでいた。

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