まかないで夕食を済ませて、借りている部屋に戻って来た。とりあえずもらった羽根は、大事に番号付きの金庫にしまった。
「それ、どうするの?」
「どうするって、言われてもな……」
サオがベッドに腰掛けながら、スフィアを起動させて、あるページを検索して見せてくれた。ハルピュイアに関しての記事だ。
彼らにとって、女性が飾り付けた羽根を贈る行為は、本気の求愛行動。人間で言う結婚指輪を贈る行為に等しい。応じる場合は、自身の羽根を飾り付けて1枚贈る。断る場合はそのまま返すと書いてあった。
「本気も本気だよメクは。……答えちゃう?」
「いいや。本気ならなおさら、真剣に断らねーとだろ」
「そう? サオは妹ができるみたいで嬉しいけど?」
「そんな簡単なもんじゃねえよ。きっとどこかで割り切れなくなる。俺も、お前も」
サオも表面上は受け入れるような言動だが、手を固く握りしめているのを俺は見逃さなかった。単純に無理だ。この国に来て1ヶ月半。上手くやれて居るとは思うが、それでも生きるので精一杯。将来を考えれば蓄えだって少ない。
彼女の思いに、答えられるだけの基盤は俺に無い。ヒモになるのは願い下げだし、何より好意が無いでも無いが、それはあくまで友人としてだ。割り切れる自信もない半端な気持ちしか無いなら、応えるわけにいかない。
「わっ……と。どうしたの、レッジ?」
「ぎゃうー♪」
珍しい。レッジがサオの膝の上に乗っている。あまり彼女に懐かないのに。なにか心境の変化があったのか、サオのお腹にぐいぐいと大きな耳を押し付けている。
「んっ……ちょっとぉお、なぁに……?」
「ぐるう。ぐるるるぅ」
「はは、仲が良いな。どれ……」
自前のスフィアを起動して、グレムリン用の翻訳ページを検索して開いてみた。猫語を翻訳するような調子で使えるらしく「居る。好き。安心して。愛を感じるの。お腹いっぱい。恋してる」と次々に表示された。
「モテモテだな」
「えー……この前まで膝の上に居たら、イヤそうに爪立ててたのに?」
「なにか良いことしたんだろうよ……いや、まさかな」
レッジは一心不乱に、サオのお腹に耳をあてて、音を聞こうとしているように見える。まさかとは思う。でも念の為明日は休みだし、サオを病院に連れて行った方が良いか。
◇◇◇
レッジはかなり風呂嫌いで、一日一回。お湯で濡らした布で、軽く身体を拭くだけだ。調べてみると、風呂の類はグレムリンに必要が無いらしい。
スズメのように砂遊びだけでも十分に清潔に保てる毛づくろいの達人なので、汚れている所があれば、布で拭けばそれで十分なようだ。
ひとしきり拭いてやると、鉄製品のガラクタだらけの寝床で寝始めた。どこから拾って来たのか、いつの間にかクッション付きで部屋の隅に集められていた。
「お風呂入ろっか」
「ああ」
風呂に入るとき。俺とサオは一緒に入る。湯を節約すると言う目的もあるが、以前は1人で入っていると、必ずサオが入ってくるので諦めた。
この国にたどり着くまでに、モンスターの脅威に脅かされたり、少し心配をかけるとトイレにまでついて来ようとしていたので、マシになった方ではある。
きっと誰かから聞いた話なのだろうが、大昔の旅人や冒険者は男女で肌をさらす事は、そんなに気にせず過ごしていたと彼女は語る。
そう言えば、当時は買える服と言うのは高級品で、その名残りなのかこの国では服は買うものではなく、自ら作る物が主流なようだった。
「はー……」
「もう、またそれぇ?」
最大の問題点は、サオが尋常でなく美しすぎる。これに尽きる。上気した肌はきめ細かく、しみどころかホクロ1つ無い。金洲が流れてるとしか思えない髪に、小ぶりだが整った女性らしさ。俺だけに甘えてくれる声はいつまでも耳の奥に残って、夢の中まで絞り尽くされたとはっきり覚えている。
ヤッてる最中はそうでも無いが、もう触れたらそのままあの世に行ってしまいそうな、すさまじい罪悪感がある。事実、客のサキュバスに以前冗談で軽めに誘惑をかけられたが、まったく俺の身体は反応できなくなっていて、めちゃくちゃ謝られて心配されてしまった。
「ほら、ちゃんと洗って。真人が洗ってくれないと、いつまでも綺麗にならないから、風邪引いちゃうよぉ?」
「お前に綺麗じゃない時なんて、1コンマも無いだろうが」
「えへへ。じゃ〜あぁ〜、ここで、しちゃう?」
「やめとこう。前にそれで風邪引きかけただろ?」
つい、切な過ぎてぶっきらぼうになってしまう。わざと敏感な所から、ふざけて洗ってやろうかと思うが、長い耳から洗ってやらないとマジギレして泣かれるので、優しく触って拭いていく。
「んっ……ふふっ……」
この街の水には強い浄化作用があるので、石鹸はほとんど香りの強い値段の高い品になっている。一通り拭き終えると、布を絞って今度は拭いていくれるが、ちょっと俺が毛深いせいで痛いんだよな。やっぱり石鹸作ろうかな。
湯殿は小さくて狭いが、サオが小さいので何とか彼女の背中を抱けば、入る事はできる。
「ふー……」
「お疲れ」
伸びをして身体を伸ばす。どういう理屈なのか、サオの毛は身体に当たってもチクチクしない。むしろサラサラで柔らかくて怖い。腹部を中心に抱き寄せて、顔をサオにうずめた。
「あがって、……ベッド行く?」
「ああ。酒持ってくるから、先頼む」
名残惜しい風呂場から出る。バスローブを羽織って、グラスを2つ。
「なんだそれ、ピーナッツか?」
「似たようなのだね。市場で売ってたの」
バスローブだけはだけて着ているサオが、ものすごい早業で殻を剥いて、ピーナッツに似た種を皿に次々に乗せている。
山盛りになっていくピーナッツを見ながら、グラスに酒を注ぐ。椅子の上に皿を置いて、グラスをサオに手渡した。
「ありがと」
「乾杯」
喉を焼く酒はキリッと辛く、鼻からスッと抜けるような爽快さがある。飲み干すと待っていたかのように、そっと、サオが腕を回してのしかかってきた。
「見て」
無造作に皿のピーナッツを手を広げて掴むと、口の中に何個も放り込んで、わざと俺の耳元でグチャグチャミチャミチャとイヤらしく噛み砕いてきやがった。
「エッロ……んっ」
そのままキスの要領で、口の中にピーナッツを舌で押し込んでくる。もう一気に火がついて、夢中で口の中を貪りあった。
「うっは……どこで覚えてくるんだ、こんなの」
「したかったんだよ。ずっと」
「ずっと?」
「そう。ずっと、どこかの誰かさんが、どこかの男の子に」
「なんだそりゃ……んんっ……!」
お返しに俺も同じように、ピーナッツを咀嚼して返した。そのままぐわっと来て、夢中で求めてサオと愛し合った。気づけば汗だくで、荒い息を吐く彼女を後ろから抱きしめて寝転んでいた。
「あ……」
「ど、うした……?」
「種、こぼれ、ちゃったぁ……」
椅子の上に山盛りになっていたピーナッツは、皿を残して、一粒残らず床にぶちまけてしまっている。ボケッと種を眺めて、気の効いた言葉は浮かびやしないが、今言うべきだと覚悟した。
「サオ」
「なぁに……?」
「明日病院に行って、お腹見てもらって……結婚、しようか」
「…………結婚?」
「ああ。俺と」
「うん。真人と、結婚……する」
愛してるとか、恋してるとか、そんな生半可なもんじゃない。サオじゃなけりゃ、もう我慢なんてできない。絶対に。そうだと確信できていた。