互いに対峙した距離は15歩。サオは構えず、マルドは「屋根の構え」……上段に構えた。
もっとも、サオは踏み込み足のたった一踏みだけで、距離を速攻で詰めてくる。囃し立てる観客を尻目に、じりじりとマルドが近づく時間が続く。
「ふッ……!!」
やはり、先に踏み込んだのはマルドだった。鋭い。以前よりもずっとキレもノビも良い一太刀に見える。アレなら生半な防御ごと、地面まで吹っ飛ぶと確信できる一撃。
「上手だねぇ」
「…………!」
マルドの渾身の一撃は、そよ風でも指先で受けるように、完全に威力を殺された。昔野球をやっていて、甲子園目前まで行った俺が惚れ惚れするほどの一撃だったが、それでも通用しないのか。俺ならそのまま突くか撫で切るが、2人は違った。
身を引いたマルドに、輝くような右手の1本指が迫る。腕に直撃する寸前に、彼は木刀でたたらを踏みながら受けて、上手く飛び退いてみせた。
「うぉおおぉアアアアアアアア!!!」
観客の熱狂が加速する。メクもスフィアでちゃっかり録画配信していた。気持ちはわかる。以前、マルドは受けきれなかったのだから。
「馬脚は出てるけど。少しは取れるようになったね」
「恐悦……!」
サオが語っていた事を思い出す。対人戦は時に、鍔迫り合うから感じ取れる。力みを読み、相手の意図を解して、主導権を自らに「固定」する。
つまるところ、相手の意思を丸裸にできれば、たとえ真剣、銃器の類でもそう怖くは無い。
考えず。感じ、殺しに「殺し」を合わせ、打ち込む!
「俺は、売り物には、できそうに無いな……」
戦争なんて遠く。きっとここの誰も今考えちゃいない。それでも戦士の魂、やはり武力。
平和な国。平和な時代だからこそ、力持つ者は武を世に示し、稼いでいく。
必然として、剣闘とはこの国で商売だった。
◇◇◇
2人の勝負に木刀が耐えられなくなり、殴り合いになった時点で指1本に突き飛ばされて、マルドは敗北した。
むちゃくちゃ清々しい顔してて、回りの連中も大盛り上がりで、家の弁当を次々に買ってくれた。ホクホク顔のメクは配当金を配って、俺達の懐は温かくなった。
客たちは戦った直後に汗1つかいてないサオから弁当を買うのが、最近の「娯楽」になっていた。
レッサーオーガたちに至っては、弁当を買いながら指導してもらっている者もいる。当然挑もうとする者もだ。モテモテで少し胸中複雑だが、これも娯楽の1つなのだろう。
「くそっ、やっぱり大穴はダメか……」
「今日も10個分買うから、一戦やらせてくれ!」
「見てよコレ! またコメント凄いよ!!」
メクがスフィアを起動して、水の画面を見せてくれた。メク自身が空を飛んで撮影していたのでよく撮れている。コメントも大盛り上がりで、別の場所でも賭けが行われていたようだ。
「これ、空中から撮影はできないのか?」
「あ〜……水の精と風の精の混合ならできなくはないんだけど、すんごいコストも製造時間も跳ね上がっちゃうんだよね……」
そう簡単にはいかないらしい。この街ではハルピュイアたちによる空輸が主な輸送手段だから、なおさら浮かべる発想が定着しないのかも知れない。
「ネイイもいっぱい。これで普及もはかどるわ〜」
「分け前。ちゃんと分けてよね?」
「もちろん! だから試作品渡してるじゃん!」
もみくちゃにされていたサオが帰ってきた。8人ほどシバいていたが、きっちり今日は宣言通り、右の人差し指と、左の小指だけで勝ったようだ。
「ぎゃうう!!」
レッジが声で教えてくれた。弁当も完売。休憩がてら、歩いてキキロガたちの仕込みを見学に向かった。
◇◇◇
大きな酒樽と
「何してるんだ?」
「猿酒を仕込んでおる」
「猿酒?」
「オサルサンって生き物が、木とかに樹の実とか、果実とか隠して発酵した、天然のお酒でしょ?」
メクは知っているらしい。キキロガも頷いて作業を続けている。言われてみれば、果実のような酸っぱい匂いや、油っぽい匂いもする。
「よく知ってるね?」
「いっぱいスフィアで記事読んでるもん! ……アンタと違ってね!!」
メクが大きな両目を爛々と見開いて、ブワッと羽毛を膨らませてサオを威嚇している。メクの方がずっと背が大きいが、サオはフッとニヒルに笑うだけだった。
なにかにつけてメクはサオをライバル視してるが、本気でケンカしたのはメクが俺に勝手に飛びついてきた最初だけだった。サオは手のかかる大きな妹みたいに思ってるんだろうな。
「やれやれだ。見終わったら持っていけよ」
「あいよ。じゃ、これ伝票な」
レッジが持ってきてくれた伝票を渡して、しばらく見学して顔見知りと世間話して、店で売る酒を積み込んで戻って来た。
夜は酒中心の提供になり、一転家の店は小洒落たバーのようになる。夜の営業も地上とは違っていて、メニューに人間の同伴があったりする。
ホストのような物だが、性的勧誘は色街でないので、家の店ではNGだ。異種族の多くは人間が同伴するだけで酔えるので「イテイメ」と言う専門職の仕事もある。
公然の裏メニューのような物だ。往来のど真ん中で注文するなら、憲兵のレッサーオーガが飛んで来るだろうが。
「お疲れ」
「お疲れ様でした!」
「あ、あのさ……!」
営業を夜の連中に引き継ぐと、メクがなにか言いたげ待っていた。サオがずいっと前に出たが、邪魔だったので頭を撫でてどいてもらった。
「どうした?」
「で、デートぉ……」
「だからそれは、4人なら良いって言っただろ?」
なにかカチンと来たらしい。メクは唇を尖らせると、俺の胸元に上等な包装紙を勢いよく突きつけてきた。
「ほ、本気、本気だからッ!!!」
跳び上がって逃げて行った。なんだってんだ。サオやレッジの様子をうかがってもポカンとしている。包装紙を開くと、メクと同じ色の綺麗な羽毛が1枚。少し飾り付けて包まれていた。