目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第88話 エウ……女神様の神託

 女神は珍しいミノタウロスの女王の即位に、少しだけ子孫たちに顔を出すつもりだったらしいが、旧知のアーリアを見かけて、しばらくお忍びで降臨する事にした。


 雑談に少し花を咲かせたあと、アーリアの配慮ですぐに女神はミノタウロスたちに、男女の間で会話し、普段通り過ごす事を許した。


「まず、あなたたちは水で身を清めていらっしゃい。汗だくでは、ルークに失礼よ?」


「は、御太母神さま。おおせのままに」


 ミノタウロスの女王であるキャドルル女王が、真っ先に用意していた水と手ぬぐいで身を清めていた。アーリアは別にそこまでしなくてもと思いつつも、彼らの配慮に口を出さなかった。


「御太母神さま、このお方は一体……?」


 女神はアーリアに視線で詳しく話して良いか質問したが、アーリアがしー……と、黙っていて欲しいと可愛らしい仕草をしたので、少しムッと反応を返した。


「本当にどう答えたら良いのかしらね……宗派違いの同格。いいえ、一応あなたの方が、立場は格上かしら……?」


「ちょっとー……。えー……でも格上って事は無いでしょ。私に信者なんて、1人も……」


 そこまで答えて、熱心に公式ツイッターや配信動画を見てくれる視聴者せいとたちを、アーリアは思い浮かべた。意味合いは微妙に異なるが、信者といえば近いのかも知れないと彼女は考えた。


「居るかも信者さんたち、それもたくさん……」


「あら、とうとう趣旨替えしたの?」


「こんなの」


 アーリアはスマホの電源を入れて、その場全員に、念の為保存用にダウンロードしていた自身の初回配信を見せた。


 しばらくアーリアが説明して、人間、エルフ? 女神、モンスターが食い入るようにスマホの画面を見つめる時間が続いた。いささかシュールな光景である。


「今のスマホって、こんな事できるんですね……?」


「森沢さんは、スマホ持って無かったの?」


「ここに来て、もう10年以上前になるので……」


 10年以上前。配信やスマホが普及しているか微妙な年代だ。聞けば彼女は幼い頃。海難事故で遭難し、餓死寸前のところをモンスターたちに助けられて、ここに来たらしい。身よりもなく、地上に戻るつもりも無いようだ。


「あー……あらあらあらあら……」


「なに、何か気になる事でも?」


 女神はアーリアから彼女のスマホを受け取って、あら、あらら、うわっ……と、アーリアへの返事なのか、そうでないのか曖昧な生返事を続けて、画面の中で配信するアーリアと一馬を見つめている。


 何かこう、夢中というよりは、見過ごせない何かを見つけてしまったような、そんな表情だった。


「モー……スフィア。モルテニ」


 後ろから覗いていた背の高いホルスタイン柄のミノタウロスが、モンスター語で何か言いながら、ズボンのポケットからゴソゴソと何かを取り出した。


 一見水晶球のように見えるが、中央にわずかなくぼみがある。ミノタウロスが指を少しいれると、水晶から薄い水が空中に浮いて、酒場の映像を流し始めた。


「これは?」


「最近、街で流行っているスフィアと言う魔導具です。上から来たモンスターが、スマホとやらに絶対負けたくないと言い張って作ってて、匂いや味とかも分かるんですよ」


 アーリアは試しに、ミノタウロスからスフィアを受け取って、指を入れてみた。自身の視界が一部スマホ画面のように切り替わり、指先の微妙な操作でチャンネルやアプリのような物を切り替えられるようだ。


 他にも様々なアプリのような物もあり、アーリアは試しに肉を料理しているコボルドの映像に切り替えた。じゅうじゅうと美味しそうに肉の焼ける音を響かせて料理している。水に近づけて匂いを嗅ぐと、確かに肉の焼ける匂いを感じる。


 そのまま肉の部位の薄い水を指先ですくって、舌先で舐めると、ちゃんと映像と同じような味覚があった。


「凄いねぇ。これ、誰が作ったの?」


「変わり者のハルピュイアさんが中心で生産していますが、持っている方たちは半々くらいですね」


「原理とかどうなってるんだろ? 燃料とかは、必要無いの?」


「水精霊の抜け殻、白水銀などの再利用品だそうです。総括している大きな精霊への面識と、水分さえ周りにあれば使えて、燃料は水さえあれば、半月くらい持ちますね」


「これ、アーリアも買えるかな?」


「街の方で物々交換ですね。水精霊の抜け殻さえ2つ提供できれば、以前は交換して頂けました」


 女王が指さす方向。大きな裂け目から、わずかに煙が登っている。女神はアーリアたちが会話している間に、早送りして一通り初回配信を、すべて視聴してスマホを返した。


「……ルーク、あなた。この男の子と、どんなご関係?」


「カズマくんと? どんな関係、って……」


 どこか曖昧な表情なのに率直な女神の問いに、アーリアはすぐに答えを出せなかった。無意識に一馬から預かった羽根筆を納めたバッグを、大切そうに指を伸ばしてしまう。


 人を見定める女神は、それだけでおおよそ分かってしまい、つい苦笑が漏れこぼれた。


「そうね。たまには女神らしく先達として、神託をしようかしら」


「神託、アーリアに……?」


「そうよ。……いかずちはね。決してどこかに、止まってくれないの。いつだって、もう手が届かなくて、見違えるように、眩しく輝いてくれている物なのよ」


「カズマくんのこと? どういう、こと……?」


 女神は苦笑を整えられなかった。しかたなく笑っているような、過去の何かに耐えるような、見る者の胸を突くような、そんな表情。


「問われるのはいつだって、あなたがどうして産まれてきたかって事よ。私のときは、……そうだったわ」


 アーリアは返事ができなかった。彼女は自身の想い人と永遠に別れている。相手は神では無く、ずっと一緒には居られなかったのだ。


「いずれきっと決める時が来るわ。そのときに決して、……悔いの無いようにね。ルーク」


「う、うん……」


 深く息を吐き切なそうな表情で、女神は最後にアーリアの手に両手を添えた。少しでも自分の何かが届くようにと願うような、そんな切なそうな姿だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?