目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第86話 戦士と蛇

 バジリスクはアゴ下のピット器官から、アーリアが枝を伝ってこちらに向かって来ることを認識した。アスピドケロンも水上を旋回行動に入り、どうやら今回は浜に乗り上げる事は無いようだ。


 彼は自身の勝率が上がった事に、思わず舌なめずりした。浜に近いとは言え、足の届く陸上までは40m近くある。


 サルと同じなら、泳がなければ絶対に届かない距離。勝負は一瞬。水に飛び込む直前。落ちてしまえば水で揺れて狙いづらくなる。無防備な空中で4本撃ち出して、即座に撤退。大回りに泳ぎ成果を確認して、たとえ無傷でも無様に泳いでいるようなら、勝てる。


 慎重に間合いを詰める。波の動きに同化し、面と髪の間。露出している長い耳を目がけて…………今ッッ!


 鋭い牙が鼻の穴から4つ。まったくの無音。風切り音も一切させず。射撃したバジリスクもまったく微動だにせず。空中に身を投げ出したアーリアに向けて、毒牙が連射された。


 手応えあり。気づいても遅い。かすり傷1つつけば全身に毒が回り、あとは水底に沈むのみ。バジリスクは勝利を確信し、身を翻した。


 はず、だった。


「グッ…………!!?」 


 後方からバシャバシャと水音。それも、大型生物でも水面に落ちたようなッ!! バジリスクは下半身と珊瑚の指で距離を保ちながら、長い首を後方に向けた。


「彼が居るもの。逃さないよ……!」


 水上を走ってくる。自身とは比べ物にならない速度で。走っている。想定外。完全に想定外。潜る時間は無いと即断。バジリスクは絶叫する本能のままに、鼻の膜が破れかねない禁断の5連射に、即座に踏み切った。


「シャアアアアアアアア!!!」


 一瞬で良い。あの速度なら、逃げるのは上に飛ぶしか無い。水中ならこちらが有利。上に逃げても身体ごと巻き付いて、食事用の牙で噛みつけば毒で終わり。


 逃れられぬなら、真っ向勝負。


 アーリアは迫りくる牙を今度こそ感知し、回避して上に飛んだ。バジリスクは長い身体を生かして跳ね跳び、しめつけ……られなかった。10m近い身体でも、届かなかったのだ。


 更に、アーリアは空中で高く高く跳ね飛んでいた。魔法ではない。彼女はアスピドケロンの近くで魔法を極力使用しない。


 伸ばしたウルミによる重心操作と、アーリアのこの世に本来2つと無い、極限までしなやかさを宿した身体による絶技。


「惜しかったね……!」


「クリュオォアアアアアアアアアアッ!!!?」


 逃れる術は無い。自ら跳び上がってしまった彼に、空の加護は無い。空中で身を捻り輝く足がバジリスクの胴体を、水面と鎧ごと打ち抜いていた。



◇◇◇



 バジリスクは力なく水底に沈み、アーリアは無事対岸に到着した。ここからは地図も無い完全な未踏地区になる。アーリアはワクワクしながら、まず周辺をスマホで軽く録画撮影した。


 平原に神殿のような遺跡と、以前目にした港付きの村がある。だが漁村のような気配は無い。その証拠に船らしき物は1つも無く、遠くから眺めて居ると、魚に手や足が生えたようなモンスターや、人にエラや水かきがついたようなモンスターが居る。


 アーリアは彼らに見覚えがあった。海底うみぞこの民だ。もっとも、ここにあるのは海でなく湖。おそらく種族が同じなだけで、同じ部族では無無いだろうと、彼女は結論づけた。


 どうやら魚に手や足が生えて居るモンスターは、地上で言う犬猫のようなモンスターのようだ。アーリアはスマホで隠し撮りしながら、久々に喋るモンスター言語を思い出し、彼らの門兵に話しかけた。


「こんにちは」


「む。……人、ではないな。なに用だ?」


「この人を見たことのないでしょうか。門兵さま」


 アーリアは丁寧に話しかけ、岩動真人の写真を見せた。スマホでは色覚が問題になるかも知れず、大きめに印刷された物をあらかじめ用意していた。


「無いな。ここ数年、人間が立ち入る事も無かった。無駄足だ。去ると良い」


「わかりました。帰りにまた聞きに来ても?」


「かまわんが、村へは立ち入り禁止だ」


「はい。ありがとうございます。これ、少ないですが……」


 アーリアは礼として、傷のついていない宝石を1つ差し出した。門番は受け取らず、アーリアが去るまで警戒を続けていた。


 平原を進む。雑草が長くアーリアの腰ほどにもなるが、踏みならされた道を歩いた。四角い建物に水盆が左右置かれ、噴水のように水が水路を伝って湖へと流れてゆく。


 左右には石の台座が置かれ、アーリアの倍はある牛頭角の戦士が、勇ましいく飾られていた。


「ミノタウロスの迷宮かなぁ……女の身じゃ、あんまり入りたく無いんだけど……」


 建物に足を踏み入れる。地下へ続く階段と、クコスバレク地下迷宮と、正面に古びた刻印がされていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?