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第84話 土俵

 自身に有利な「土俵」に持ち込めば、勝利できる。アーリアとモンスターは考えていることは同じだった。


 アーリアは樹海が深くなれば、モンスターの動きも制限でき、飛ぶ牙も使いづらくなる。

 モンスターは元々水陸両用の生き物だ。水辺近くならシーサーペントも居る。乱戦に持ち込めれば有利と考えていた。


「原さん!? 無事!!?」


「だ、大丈夫ですが、なんなんですか、アレはッ!!?」


「わかんない!! くっ……影響があるかもだから、やりたくなかったんだけど!!」


 アーリアは杖を取り出して、ありったけの結界をツリーハウスに施した。彼女はここに来てから、魔法に頼る事は止めていた。

 生き物であるアスピドケロンに、どのような悪影響があるか、分からないからである。


 続いて、肩の鎧を慎重に取り外した。牙は幸い貫通せず突き刺さっていて、ピンセットで取り外す事ができた。


「あ、アーリア、先生……?」


「見て、金属が腐食してる……生肉に触れさせると凄い勢いで収縮してくよ、なんって毒性……!」


 もはや2人とも、意味不明な笑いがこみ上げてきた。死にかけ、生き残った。聞いたこともないような猛毒。その事が洪水のように脳内を駆け巡り、身震いして冷静でいられなかった。


「よ、よし……とりあえずここは安全だけど、スキマから狙われたら話になんない。急いで補修するよ!」


「わ、わぁかりました……!」


 まるで酷い台風の前日のように、2人は大急ぎでツリーハウスを補修した。アーリアは耳で外の様子を調べたが、変わった物音はしなかった。


「ヘビみたいでしたけど、モンスター。ですよね……?」 


「ヘビの前で、口を開くな」


「はい……?」


「キキロガさんたちオーガの警句だよ。あれ、バジリスクってモンスターかも……?」


 バジリスク。顔を合わせた瞬間に石化、または毒霧に触れると石化する。アーリアも伝え聞いた事しか無いモンスターである。


 毒性が異常に強く、牙でオーガが傷つけられる事は無いが、万が一生で食したり、牙を口の中に放り込まれれば、流石のオーガも死亡すると伝えられていたモンスターだった。



◇◇◇



 バジリスクはアスピドケロンの触手が少ない水辺で、じっと傷を冷やしていた。これほどまで負傷したのは、彼にとって想定外のアクシデントだった。


 彼の水潜能力はカエルに近く、エラに相当する器官は無い。住処にしていた小島からアスピドケロンまで泳ぎ、どちらかの岸辺に住み着こうと考えていたが、予想外の強敵に接敵してしまった。


 生まれて初めてと言って良いほどの深手。片肺と補助的な心臓をつぶされた事で、長距離の水中移動はおそらく不可能。しかも内出血しているので、間違いなく速度で勝るシーサーペントが群れで襲いかかって来る。


 その上で猿かオーガに似た生き物が、自身のナワバリを闊歩している。非常に腹立たしい。だが闇雲に殺し合うのも、リターンが少なすぎる。


 消極的に潜伏する長期戦。退路が万全になった時点で迅速に撤退。これしか無いと、アーリアもバジリスクも結論づけていた。


 アーリアはカーテンにされていた布と、ツリーハウスに残されていた木材で、自身の肌を完全に覆うマントのような防腐膜と、追加の鎧、お面を掘って手早く製作した。


 中世において、名だたる騎士がマントを羽織る理由は大きく3つある。長距離行軍での寝床の確保や、他人を運べる布を確保する事と、撤退時に弓矢などを防御するためである。


 布の防御力は想像以上に硬く、矢じりのような部分しか飛んで来ない軽い牙ならば、十分な防御が見込まれる。仮面を合わせれば、残った死角は眼球や口のみとなる。


 苦肉の策だが、アスピドケロンが対岸に接近している事を確認するには、短時間でも外に偵察に出る必要があった。


「偵察しつつ、必要な荷物を回収してくるよ。合言葉と、もし何かあったらその笛を鳴らす事を忘れないで」


「ほ、本当に行くのですか……?」


「行かないとジリ貧だからね。もう5日以上経過してるし、そろそろどっちかの岸が見えてくると思うんだけど……」


 水面をたゆたうのは、アスピドケロンの渡航次第である。キキロガの話では、短く4日、長くても1週間で、おおよそ対岸か元の岸に上陸する事が多い。


 とは言え、なぜアスピドケロンが上陸するのかは、誰にもはっきり分かっていない。日光浴に近い事をしていると推測されているが、断定できるほどの根拠は無かった。



◇◇◇



 荷物は無事回収できた。念の為時間をかけず、洞窟の痕跡をできる限り消して帰って来た。初遭遇のモンスターなので、手応えはイマイチだが深手は負ったはずと、アーリアは考えている。


 彼女はおそらく大きい確率で、バジリスク樹海ではなく水辺で潜伏すると予測し、賭けに勝ったのである。


「おかえりなさい。アーリアさん」


「ただいま。変わりなかった?」


「特には……ですが、これから、どうしましょうか?」


「徹底的に罠を張るしか無いね。こう、カタツムリの殻みたいにぐるっと」


「ぐるっと?」


 アーリアの提案は、幸いこちらの陣地は樹海であり、あの大きさではバジリスクの行動ルートは限られている。


 ツリーハウスを中心部とした、カタツムリの貝殻状に罠を張り巡らせ、捕らえるか、撤退時の補助。あるいは想定外に長期戦になっても、行動範囲を広げられる手段に出る事にした。


「ちょっとした砦だね、いわゆる。これだけ木材があればなんとかできるよ」


「でも、その間に狙われたら……!」


「あのね。材料をこっちに持ち込んで、最低限のパーツをここで作っちゃうんだよ。それなら外に出る時間は短時間で済むの。忙しくなるよ!」


「は、はい!!」


 原はアーリアのハツラツとした大声に、不思議と少年時代、応援団で声を枯らせていた、青春時代を思い出した。彼の表情は動揺こそあったが、晴れやかだった。

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