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第81話 追跡調査

 翌日。アーリアはスマホの電源を入れて、つながるかチェックしてみた。予想通り圏外でスマホの電波が届いてくれる事は無かった。その後スマホの電源をしっかり落として再度魚を釣り、洞窟内に軽く干してツリーハウスへと出かけた。


 原への手紙には自身がフリーの探索者である事と、敵では無いこと、挨拶もせずに去った謝罪と理由。なぜここに居るのかを問う内容を、あらかじめしたためていた。


 アーリアはツリーハウスを見下ろせる場所に着くと、指笛を何度か派手に吹いて、原に呼びかけた。さほど時間を置かず、彼は外に出てきてくれた。


「どうも、原さん。昨日お手紙を置かせて頂いた、アーリアって言います」


「ど、どうもアーリアさん。原です……食べ物を、ありがとうございました」


 雑談を交えながら尋ねると、彼は末期癌を診断され、臓器移植の手術には成功したものの、余命は数年と宣告され、妻と離婚し若い頃夢見たダンジョンの景色を見るために、ここにやってきた。


 ここに来るまでに運良くモンスターともあまり遭遇せず、偶然浜近くで日光浴していたアスピドケロンに乗り込んで、ここで暮らしていると語ってくれた。


 アーリアは感染の危険性は薄いと考えて、念の為していた感染病対策のマスクとゴム手袋を外した。


「この島に上陸して2週間ほどになります。アーリアさんは、なぜこの島に?」


「ゴールデンウィークのグレムリン事件。覚えてるかな? その容疑者が、向こう岸に居る可能性が高いみたいで、ダンジョン庁から探索を依頼されたの」


「ああ、先日の……向こうの浜には居ないと?」


「住めるような場所もあんまり無いし、こっちを通った可能性の方が、遥かに高いからね」


 聞き取りの結果、原はここに来た当初、屠殺場に残された解体跡や、複数人が出入りした痕跡が残されていたと証言してくれた。岩動真人の写真も見せ、心当たりは何もないようだが、彼は少し怪訝そうな顔を浮かべた。


「容疑者は、単独なのでしょうか?」


「え、うん。何か非合法な輸入物を持ち込んでたみたいな人たちの死体が3つ。菌糸類階層で見つかって、あー……でも、オーガが一匹。一緒にこの子に乗り込んで、渡ったかもだけど……?」


「オーガ、ですか。ふむ……?」


 原は無精ヒゲの残るアゴを撫でて考え込んでいる。何か違和感から納得がいっていないようだ。アーリアはメモ書きを手に、もう少し詳しく原に聞き取りを行う事にした。


「何か、気になるの?」


「いえ、お若い女性の前で口に出すのは、少々はばかられる内容なのですが……」


 そう前置きして、ツリーハウスの中や、島のいくつかの場所で、男女が愛し合っていたように見える痕跡が残っていたと、彼はアーリアに説明してくれた。


 どう言うことだろうか? ダンジョン入口の監視カメラの映像では、間違いなく岩動真人単独でダンジョンに進入していたはず。


 同行している可能性が大きいのはグレムリンとキキロガだが、ただの人間に身体を許すとは思えないし、そこまでの仲になるになら、キキロガが彼をかばわないわけが無い。


 アーリアは色々推測を重ねてみたが、岩動真人と同行していると思われる女性に対して、決定打と思われる根拠にたどり着けなかった。


 別の生き物や別人の可能性もあるが、アーリアは原に場所を聞き出して、後で調査する事にした。


「わかった。貴重な情報をありがとうございます。よければお礼にこの島での過ごし方や、便利な道具も提供させて頂くよ。その代わり、何か痕跡が残ってるかもしれないから、ツリーハウスの中を一度調べても良いかな?」


「あ、はい、どうぞ。……そうだ。関係あるか分かりませんが、最初に中を掃除した時に、これを発見したんです」


 原はよくある神社の交通安全祈願のお守りを取り出して、封を解いて紙に包まれた中身を見せてくれた。


 最初は糸か何かかと思った。風に揺れる金色の極細く長い糸。女性の髪の毛だと気づけたのは、そもそもこの近辺に、ここまで細い糸を作れる生き物が居ない上に、アーリア自身がかつて、似たような長さの髪を持っていたからだった。



◇◇◇



 ツリーハウスの中からはキキロガの剛毛と、グレムリン、ゴブリンと思われる体毛。そして、黒髪と思われる人間の体毛もいくつか発見できた。


 アーリアは原に返礼として、サバイバル技術が未熟な原に、少し古風な火打石セットと、最新式のマグネシウムを利用した、ファイアースターター。ビニールに包まれた固形燃料を提供した。


「えっと、良いんですか? アーリアさん?」


「うん。どうぞ。火を起こすだけなら、他にいくらでも方法はあるからね」


「そうですか。有難く頂きます。アーリアさんは、サバイバルの経験が豊富なんですか?」


「ずっと冬の雪山に何も持たないで、3年くらい過ごした事があるよ、ちょっと根比べでね」


 原は流石に、場を和ます冗談だと思って笑った。厳しい冬山に何も持たず3年も居れば、間違いなく凍傷で、手の指が無事で済むわけがない。


 事実、彼の憧れの登山家は、数十年に渡る挑戦の日々で、人差し指と親指しか残っていない手をしている。


 エルフのような容姿をしているし、不思議な気配を感じるが、3年間ずっと過酷な雪山でサバイバルをしていたわけでなく、きっとログハウスか何かで過ごしていたのだろうと原は思っていた。

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