目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第78話 孤独の魅惑

 一通りの準備を終えて、アーリアは最後に勉強頑張ってと一馬たちにダイレクトメールを送り、ダンジョンの入り口に向き直った。


 季節は梅雨を越え、初夏の息吹を感じる暑さを含んでいる。今回、アーリアは長期間のダンジョン探索に、単独で挑んでいた。


「久々だから、オープニング無しは少し寂しいねえ……」


 長期間ダンジョンに潜るために、余力を少しでも残すため、今回配信は帰りの最低限の物となる。面積を使うドローンでは無く。小型カメラで初の配信となる予定である。


 入り口に古い足跡を見つけた。乱雑というより、気の抜けたような足取りで1対。ふらふらとダンジョンの中に入っている。


「ふむ……?」


 他の足跡とは随分違う。歩調を合わせた形跡が無い。単独のようだ。足裏の形状から、ぶ厚い靴どころか、普通のローファーのように見える。


 アーリアは少し考えて進む事にした。時間は限られている。少し薄情なようだが、会えるかどうか分からない相手に割く時間は、使いたく無かった。


 さほど苦も無くモンスターと罠をやり過ごし、菌糸類階層きんしるいエリアを下り一泊。無冥階層むみょうエリアをさらに下り、鉱脈階層まで下って来た。


 透明なアーリアの顔ほどの真っ白い蜘蛛が、カリカリカリカリと鉱石を削って飲み込んでいる。腹部には大きめの鉱石の欠片が透けて見えた。


「(鉱石蜘蛛か、少し狩ろうかな)」


 アーリアは音もなく忍び寄ると、一匹、二匹と杖先で感電させていく。4匹目で他の一匹にバレた。


「おっと……!」


 深く8本の足が沈んだかと思うと、一斉に蜘蛛が飛びかかってきた。アーリアは足を割り、滑り込むように軽やかにかわした。


 頭上を飛び越えた鉱石蜘蛛たちは、雷撃、毒気、そして炎を撒き散らかして自爆した。


「あ~……もったいない」


 炎の吹き出た蜘蛛からはルビーを。電撃が飛び出た蜘蛛からはアメジストを。毒気を帯びた爆発はエメラルドをそれぞれ採取できた。いずれも割れてはいないが傷が付いていた。


「やっちゃったな。まあいっか。誰か買ってくれるでしょ」


 アーリアはいっそ精霊ブタの触媒に砕いて使おうかと、少し考えた。禀もずいぶんと彼と馴染んで来た。次のステップに進むか、新たな契約相手を見繕っても良いかもしれないと彼女は考えていた。


「ん……?」


 蜘蛛たちの爆発跡に、鉱石の壁が崩れ始めている。アーリアは好奇心から、足でつるはしのように削って道を広げた。


 身を屈めて、大きくなっていく通路を進む。岩肌から人工的に切り出された、石積の壁に変わっていく。ぼろぼろのタペストリーも左右対称に吊り下げられている。蛇か、竜か、アーリアには判別がつかなかった。


 遠く、ドラゴンが見える。


「ふむ……?」


 一望できるほど、高い場所の通路だったようだ。とても広い全景が見える。

 向かい合う宮殿とほとんど同じ大きさのドラゴンが、首を曲げて空を見上げている。


 ピクリとも動かず。こちらに扇のように両翼を広げて、ドラゴンは石化していた。


「ずいぶんと、悔いなく逝ったようだね……」


 ドラゴンの迷宮術による場所だろうか。それとも宮殿の主の術か、アーリアには分からない。だが、擬似的な空と太陽光ごと迷宮術として完成し、放置されているように見える。

 向かい合っているが、あの宮殿を守ったのだろうか。それとも宮殿の戦力と対峙したのか。ここからでは、よく判別できない。


 1つだけドラゴンの状態に対して、アーリアは思い起こした。


 強すぎる力を持つものは、得てして死に場所を選べない。ドラゴンは特に顕著けんちょで、自死はおろか、同族ですら難しい事が多い。


 看取ったり、介錯したりする事が多いアーリアでさえそう思う、驚異の命。おそらく自身のすべてを出し尽くしての、竜としての終わり。

 死に様に羨ましさすら感じるドラゴンを眺め、自身はどうなのだろうかと思いをせる。


 アーリアは強い。それこそドラゴンと五分し、時に勝るほどに。自身はどんな終わりを迎えるのだろうか。


「(アーリア)」


 ふと、いつも名前を呼んでくれる、彼の声が空耳した。きっと彼らと一緒なら、間違いなく飛び出してドラゴンの足元に、一目散に駆け寄っている。


 寂れているとは言え、宮殿だって世紀の発見になりかねない。きっと喜んでくれる。彼らと一緒に発見できなかった事は、少しもったいない。それが、


「寂しい。でも……」


 それでも、終えるならどこか1人。前のめりが良いと。アーリアは宮殿と向かい合うドラゴンを見つめて思えた。



◇◇◇



 宮殿とドラゴンは、寄り道にするにはあまりにも広すぎる。その場で目についた物をすべて地図に書き加えて、スマホで写真と動画をいくつか撮影して、その場を後にした。


 何度かモンスターと鉱石蜘蛛たちをやり過ごして、アーリアは自身が下った事のある最後の階層までやって来た。地底湖階層ちていこエリア。彼女でも全容不明な地である。


 アーリアは岩影で野営の準備を済ませると、念のためスマホの電源を入れた。


 ここまで降りて来た事は、彼女ですら多くは無い。スペック上地上と通信のつながるギリギリの範囲で、つながるか少し試して起きたかったのだ。


 紐を引っ張ると温まる弁当を食べながら、アーリアはSNSをチェックしてみた。得に問題なく動く。一馬や真司が勉強を始めている様子が、SNSでは書き残されていた。


「迷惑かも、しれないけど……」


 骨伝導イヤホンを差し込んで、L◯NEから無料通話を選択。一馬を呼び出した。


「アーリア。どうしたの?」


「ちゃんと通じるか、チェックしたくってね。どう? きちんと聞こえてる?」


「少し雑音が大きいかな。今どこ?」


「鉱脈階層で大発見して、地底湖階層ちていこエリアだよ」


「早いね。大発見?」


「石化したドラゴンと、宮殿。そのままずっと残っているのなら、世紀の大発見だね」


 しばらくアーリアの方にも雑音が続いた。一馬が少し気を落ち着かせようと、スマホを持ったまま、屈伸運動を繰り返したせいだった。


「で、なんだって。アーリア?」


「くふっ、今から画像と動画を送るよ。あまり長い時間は話せないから、一馬くんからダンジョン庁の人に、連絡してくれる?」


「う、うん。分かった」


 焦ったように名前を呼ばれるだけで、思ったよりずっと喜んでしまっている。あまり長く通話しちゃいけないのになと、つい思ってしまうアーリアだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?