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第76話 in my Heart

 耳を汚す不協和音。壊れかけの蛇の頭を模した楽器。本棚はいつの間にか牢屋になって、亡者が地面をのたうち回っている。


 それは。丸く大きな形をしていた。

 それは。波打つ鏡のように不気味だった。

 それは。結び目のついた縄で、何かを引きずり出そうとしていた。


 そんな想像だにすらしない儀式の前で、そいつは奇妙な踊りを続けていた。


「貴様の狼藉もここまでだ。神妙に武器を捨てよ」


 ナイフを手に構える。儀式鎧のそいつは、8つ目の兜を頭全体にかぶっている。どれが本物の目か、僕には分からなかった。


「ヒヒヒ。東の王子が何用だ。今宵。我らは真の善にまみえるというのに」


「これが、善だと……?」


 とてもそうは思えなかった。どう考えても亡者たちはどこからか連れてきた人たちだし、コイツのせいで狂わされている。


 今の視線だけはわかった。コイツ。バクティの方を見て笑った。不気味だ。同時に腹が立つ。両手のナイフを、握りしめる。


「そうとも!! 我らが悪魔を呼び立てればぁ!! 必ずかの善き神は、ここに必ず顕現けんげんなさる!! さすれば我らの悲願も成就されるのだ!!」


「何が望みなのよッ!!?」


「望みィ?「できる」と言うだけで、やろうとするだろう? そう。「できる」と言うだけでだ……」


 剣幕に耐えきれなかったのか、バクティが思わず聞いたみたいだけど、狂っている。どれが本物の目か分からない狂人は二又に分かれた、それこそ悪魔の持ち物のような槍を構えた。


「ヒィーヒヒ。死力でも尽くして来るが良い。ギバース。参るぞぉおッ!!」


 ギバースと名乗ったそいつは、槍で天を突くような奇妙な踊りを踊り始めた。応えるように波打つ鏡の球体から、2対。デストルドーが現れた。


〝デデ、デストルドーですか!? 〟


〝そうだよ。どうする? 〟


「恐れるなッ!! あの結び目さえ切ればそれでよしッ!! がかれぇいッ!!!」


〝あれ。これ、結び目狙えますけど……〟

〝どうするかは任せるよ〟


〝ニヤニヤ〟

〝初心者プレイ配信で、一番楽しい時だよな。コレwww〟


〝基本一発勝負プレイのソシャゲで、コレぶっ込んでくるの結構鬼畜よね〟

〝ある意味プレイヤー殺しだもんな〟


〝罠なんじゃ無いの? って言ってもどんな罠か分からないけど……〟


〝んー……沙耶さんの言い分も分かりますが、ここはまず、全員で結び目に攻撃で〟


 連続して結び目に攻撃を叩き込む。あと一撃で結び目は切れそうだ。


「それ以上はやらせんぞ!! 王子殿ッ!!!」


「チッ……邪魔立てするのか、ギバースッ!!」


 駆け寄って切ろうとしたナインさんの剣と、割り込んできた二又の剣が交差した。

 飛んできた剣と槍は、僕の目の前で床に突き刺さった。


「結び目を切れ!! 坊主ッ!!!」


 僕は……。


 剣を取る。

 二又の槍を取る。


〝え、ここで選択肢ですか!? 〟

〝そうだよ。どうする? 〟


〝それは、剣を取りますよ。何かあの槍、怪しいです〟


〝でも、槍の方が強そうよね〟

〝ん〜……でも剣にします。ここは、ナインさんの剣を信じて! 〟


「少年ッ!!」「ダイアンくんッ!!!」


 ハッとなって僕は、床に突き刺さった剣を引き抜いて、そのまま結び目を断ち切った。一度とてつもない金切り声が響いたかと思うと、ベコッ、ベコッと内側から鏡色の球体がへこんで行く。


「なんということを、覚えておれッ!!!」


「待てぇッ!! くっ……!!?」


 ためらわずギバースは僕の断ち切った縄をたぐり、そのまま鏡色の球体に飛び込んで吸い込まれた。球体はくしゃくしゃに丸めた紙みたいになって、一度強く光ると、まるで何もそこになかったかのように消えてしまった。


「や、やったのか……?」


「わかんない。でも、もう動く物も無いよ……?」


 警戒しながら周囲を見る。乱雑に蹴倒された本棚や、飛び出た本。突き刺さったままの二又の槍はあるけど、特に不審な物は見当たらない。


「なんか焦げ臭いぞ、旦那!?」


 すんっと鼻を鳴らすと、確かに焦げ臭い。犬さんの目線を追って全員が上を見ている。ハラハラと燃えカスのような物が風に乗って舞い降りて来ている。


「急ぎ脱出する!! 全員振り返るなッ!!」


 僕たちは大急ぎで階段を駆け上がった。その場に残されたのは、ギバースが持っていた二又の槍だけだった。



◇◇◇



 数日後。火事で全焼した書庫から、僕らが探していた階段が発見された。ギバースが犯した悪事の証拠も、すべて燃え尽きてしまった。


「それで、王様か何かなのかしら? ナインさんは?」


「いいや。東の国のどこぞの王族崩れとでも思っておけ。その方が互いに良い。だが、せっかくだ」


 ナインさんはバクティの質問に曖昧に答えて、以前手渡したバクティの羽根を丁寧に取り出した。 


「同じ枝を賜った者同士。余と一緒に来んか?」


「ナインさんの、国に?」


「ああ。悪くはなかろう?」


 進めば階段がある。振り返って戻れば、ナインさんと一緒に彼の国に行けるのだろう。でも、僕たちが目指す場所は、きっと。


「やめておくよ。それも楽しそうだけど、帰りたい場所があるからね」


「そうか……ならば、選別だ」


 ナインさんは、バクティの羽根と、ぶ厚い本一冊を大きな手のひらで僕に差し出した。


「返すの?」


「返す。たまに、記録に残さぬ出会いというのも良かろうと、なぜかその羽根を見ていると思えてな……」


 ふわふわの白い羽根。風に揺れている。手を離せば、あっという間に空へ舞い上がりそうな羽根。


「羽根ペンとして加工しておいた。これで旅の日誌でも綴ると良い。息災でな。また会おう!!」


「うん。元気で!!」


 そう言って、彼らは去って行った。残された本には表紙をめくると、「地平を越え、国を越え、未だまみえぬ海を越え、貴殿たちの旅路が幸多き事を祈る。飛べ、飛んでいけ」と、豪快な彼らしい字で勇ましく綴られていた。

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