女の子の服ってどう掴めば良いんだろう。よく分からない。とりあえず畳んで二つ折りで運んだ。犬さんは彼女の魔の手から逃げられなかったらしい。さっそく遠慮なくモフられていた。
「ほれほれ、ここがいいのかぁ、ここがいいのかなぁ〜?」
「おぉう……テ、テクニシャン……!!」
キャンキャン、クゥンクゥン犬さんは鼻を鳴らしながら、女の子にお腹をモフられていた。ピーンと身体を張って、彼は成すすべがなさそうだった。
「服、持ってきたよ」
「わ、ありがとう。じゃあ着替えるから、覗いちゃやだよ?」
「の、覗かないよ……」
「んひひっ、人間のオスなら良いけどね」
いたずらっぽく笑われてる。可愛いけどからかわれてるのかな。とりあえず犬さんを連れて、噴水の反対側から背を向けて、彼女が着替えるのを待った。
「さっきの歌。君が歌ってたの?」
「そうだよ。お歌はあんまり上手くないけどね」
「そんなことなかったよ。僕はダイアン。手仕事師だよ」
「ええっと、あたしバクティ・ヨルマ。見ての通りハーピィで17歳。
バクティは着替え終わると、カスタネットを2つ服から取り出した。1本1本の指先だけで巧みに叩いてみせる。カカカッと鳥の啄みのような、見事な連音を響かせてくれた。
〝おお、すごい音……〟
〝カカカカって音凄いよね。どうやってるんだろ〟
〝指っぽいけど、それだけじゃ無い気がするわね〟
〝謎〟
〝本当に謎www〟
〝モーションも凝ってるから、なおさらわからんwww〟
「そうかい。オイラは犬だぜ。嬢ちゃんはここに来てどれくらいだ?」
「え。1時間くらいかな……さっき階段を降りたばかりよ。犬の被り物をかぶった人に、少しこの塔を説明してもらって、ダイスを手渡されて、階段を降りろって……」
「そうか。てことは案内は無しか……嬢ちゃんも強さが欲しい感じか?」
「それは、欲しいものはいっぱいあるわよ。お歌がもっと上手くなりたいし、強くなればそのぶん里のみんなに認められるもの」
「そうなんだ。僕は家族の記憶を取り戻したくてね。…………誰か来た?」
蹄の音がする。振り返ると橋の方から3人 。馬に乗った人たちが近づいている。野党かと思ってナイフに手をかける前に、向こうが大声をかけてきた。
「どうした〜!! 迷子かぁ〜!?」
「子供ぉ……!? なぜこのような場所にいる? ここは神殿の目前だぞ?」
「血の匂いがする。警戒を」
1人。厚い革鎧を来た男性と馬に威圧されて、僕はバクティをかばって対峙した。ウロウロと赤い髪と無精髭の若いお兄さんが、興味深そうに噴水の向こう側の血痕を調べている。
刃は向けてないけど革鎧の男性は、ソリの入った剣を抜き放って僕たちを威嚇し始めた。
「ここで何があった。正直に口にしろ」
「な、何って。向こうで誰かが、ついさっきモンスターに襲われてたんだよ」
「なに……?」
ウロウロしていた赤い髪のお兄さんが帰ってきた。少し剣呑だった革鎧の男性と僕たちの間に割って入ってくれた。
「おい。武器は止めとけ。よく見るのだ。この子らの武器は血で曇っとらん。その上、血を踏みつけていた足の大きさや形がまるで違う。血の渇きから見ても、下手人ではないぞ」
「む。そうでしたか。すまんな。詳しくなにがあったか、聞いても良いかい?」
剣呑だった表情を和らげて、彼は武器を収めて全員下馬してくれた。結構背が高い。服装も古臭いけど、逞しく精悍な人たちだ。
「しかししゃべる犬に、
「その前にアンタは、一体どこのどなたさまだよ?」
「俺か? 俺はアレク「んんんっ!」……ズルカルナインだ。こっちではそう呼ばれとる。研究家のナインとでも呼んでくれ」
赤い髪のお兄さんはどこか不満そうにジト目で、咳払いした革鎧の人を見つめている。本名じゃ無いのかも知れない。
「坊主たちも霊木を見に来た口か?」
「少年。ダイスを向けてみろ。光が伸びてるように見えれば目的地だ」
犬さんに言われるままに、神殿にダイスを向けると、コンパスの指針のように、淡い光が伸びていた。
「光……? ふむ。ずいぶん正確に研磨された石に見えるが、光っているようには見えんな?」
「ま、こっちの事情みたいなもんだ。さっきの標本の話だがオイラは良いぜ。その代わり霊木とやらまで、オイラたち3人を案内してくれ。良いか、お嬢ちゃん?」
「良いわよ。抜けかけの羽毛1つで良いならね」
交渉の結果。犬さんの毛と、バクティの羽根。僕のダイスの絵とこっちの事情を話すことを交換で、僕たちは霊木まで、案内してもらえる事になった
◇◇◇
長い間閉ざしていた目を覚ます。薄暗くてよく見えない。たいまつで揺らめく炎の光? 僕の顔をのぞき込んでいるのは、赤い髪と無精髭のお兄さん。黒くて太い眉の白い翼の生えた女の子。そして、一匹の犬だった。
「気がついたか、自分の名前は言えるか? 坊主?」
「ダイアン……?」
「そうだ。お前はダイアンだ。他は何か思い出せるか?」
世界が揺れてるようにはっきりしない。手で触れてみると、包帯が巻かれている。僕はケガをしたのだろうか。何度か何かしゃべろうとしても、上手く言葉が出てくれない。
「だめだぜ旦那。何か思い出せるきっかけみたいな物は無いか?」
犬さんがしゃべっている。どこか小さい子のようなしゃべり方で、僕を心配そうに見上げている。
「ううむ……これは思い出せるか、坊主?」
赤い髪のお兄さんは、本に閉じていた真っ白い羽根を見せてくれた。飾り気の無い純白の羽根。まるで天使みたいな。
「バクティ……?」
「ああ良かった!! 忘れられたかと思ったよぉお!!」
白い羽根を生やした女の子が、凄い勢いで抱きついてきた。真っ白い翼ごと抱きつかれて、すっごくむず痒い。
「穴は浅かったのだが、お前は落とし穴に落ちた。その拍子に頭を強く打ったらしくてな」
赤い髪のお兄さん。ナインさんは詳しい経緯を話してくれた。
「もう最後の扉が近いはずだ。霊木も近い。気を引き締めて行くとするぞ」
落とし穴のある部屋から出て、右折すると閉ざされた鉄製の扉が見えた。壁や床を伝って、木の根のような物が隙間から飛び出ている。
「よし、ここまで買い付けた資料通りだ。右の扉は俺たちが開けよう。左は任せるぞ」
ナインさんたちは右の扉を力いっぱい押し開けようとしている。僕らも反対の扉を力いっぱい押した。
「いててっ!? こ、ここは……?」
団子状に倒れた後で、みんなその光景に魅入られた。目に飛び込んできたのは、光の柱。たくさんの水の音。碧く苔むす岩の上に澄んだ水がたまっている。
中央には2つのゆるく絡まるような大木が、眼下の湿地に生えている。よく見るとお面のような物が、何個も吊り下げられていた。
「聞いた話通りだ。さっそく調べるとしよう」
起き上がってゆるく下がる道を調べると、積み上がった石や、手すりのあとが見える。何十年。いや、下手をすると何百年も誰も踏み込んだ事が無いのかと思う。
僕たちさ3人はどんどん進むナインさんたちに、置いて行かれないように進んだ。
「よく来た。ツノの若き王子。そして探索者たちよ」
「むぅう……にわかには信じられなかったが、本当に吊り下げた仮面がしゃべっている」
驚いた。本当にナインさんが言う通り、吊り下げられた様々な種類の仮面が、口を聞いている。と言うか、王子様なの。ナインさん?
「いかにも。我は「もの言う木」である。そちらの要件は分かっている。枝を2本だな?」
「いや、一本頂ければ良いのだ。霊木様よ。我が師であるテレスも、葉付きの枝を標本にできれば良いとおっしゃっているのだが……?」
「残りの枝はその少年達に。代わりに頼みがある」
「僕に? 何をすれば良いの?」
「世界を、救っておくれ」
世界。まったく意味が分からない。夢物語にしか聞いたことのない言葉に、何を言われたのか、この時は全員よく分かっていなかった。