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第72話 噴水の出会い

 見渡す限り、眼下に真っ白い景色が広がっている。もくもくもくもくしている。雲かな。周りには低い柵ととがった塔、下へ進む階段だけがあった。


「ここ、どこ……?」


「塔のテッペンだぜ。少年」


 僕が振り返ると、へッへッへと可愛らしく息を弾ませる。どこにでも居そうな白と茶の雑種犬だけが、おすわりしていた。


「じゃ、これな」


「うぉ……え、コボルトなの?」


 すいっ、と立ち上がって、犬は僕に何かを手渡した。犬が喋っている事に驚きつつ、僕は手渡された何かを見た。多面的な角が目立つ、星のマークや数字に似た模様が書き込まれている、石のように見える。


「振ってみな」


「え?」


「いいから。階層を決めるぜ」


 階層。どこかで聞き馴染んだ言葉に、つい、僕は何も考えず自然に石を放り投げた。石は、66の数字を見出した。


〝ここの数値、66固定なんだよね〟

〝そうなんですか?〟


〝そうなの。まあ進めてみて。禀さん〟


「66……また、因果な数字だぜ」


「ここ、どこなのさ?」


「最初に言った通りだ。面倒は嫌いなんで、簡素に説明するぞ。よく聞きくんだぜ?」


 ここは逆しまの塔。強さを求める者が宝箱の罠から転移し、最上階から下に降りて脱出を目指す塔だと、犬さんは説明してくれた。


「君は……?」


「オイラは犬でいい。犬で。んで、なんで強さなんて求めてきたよ?」


「それは、ええっと……、僕。欠けた記憶。家族との記憶を取り戻したいんだ。だから、ダンジョンに挑んで、記憶を蘇らせる物を見つけたかったんだけど……」


「……なるほどね、そりゃわかりやすい。なら理由は十分だ」


「え、……君は一体、なんなのさ?」


「秘密。守秘義務ってやつだ。話せない事も多いが、この塔に関係する案内犬とでも思ってくれ。そろそろ階段に移動しな。押し出されるぞ」


 僕が足元に違和感を感じて視線を落とすと、ゆっくりとだが中央の床が、斜めにせり上がってきている。このままでは屋上から落とされかねない。慌てて犬さんと共に階段まで避難した。

 誰かに呼びかけられたように。犬さんは立て耳をピクリと動かした。


「おぉっとそうだった、お前さん、名前は?」


〝今回は、デフォルトネームのダイアン・ナイフマンで進めるよ〜。良いかな、みんな〜? 〟


〝大丈夫でーす!! 〟

〝変な名前にしちまうと、遊べちまうからなw〟


〝ソシャゲあるあるだなwww〟


「ダイアン。ダイアン・ナイフマン。15歳だよ」


「OK少年。逆しまの塔にようこそだ。ドキワクの冒険にヒヤウィーゴーで、山ほど金貨を稼いでくれ!!」


「金貨? 見たことないけど、金色のコイン?」


「概ねそんなところだ。とりあえず階段を降りきる前に、その光ってる方のダイスを振ってくれ」


「これ……?」


 僕がポケットにしまっていた2つの石。数字と模様を刻まれた、光るダイスとか言うのを1つ、彼に言われるまま放り投げた。


 星のマーク1つと1〜9までの数字が刻まれたそれは、9の数値を出した。


〝お、凄いね。最高値だ〟

〝数字が大きい方が良いのかしら? アーリアさん? 〟


〝そうだよ。ほんのちょっとだけ、経験値の元になるからね。アーリアの場合は……1だったの〟


〝Oh……〟

〝ドンマイ先生〟


〝安定の不運www〟


「お前さんは素直で良いね」


「そうかな。うん。まあよく言われるよ」


 僕の装備はボロい。手仕事道具も手製の自作だ。犬さんはそんな僕を見て、粗めに呼吸していた口を閉じて、何かを考えたあと、声をかけてくれた。


「じゃあ、たくさん何でも見つかると良いな!!」


「……うん。それで、これ、何?」


「運試しみたいなもんさ。よし、ついたぞ」


「おぉー……」


 階段を降りた先には、頑丈そうな橋とそこから続く、神殿のような建物がそびえ立っていた。

 橋には中央に、小規模な噴水付きの庭園があるように見える。振り返りと階段は消えていて、渡って来てもいない橋がずっと対岸まで続いていた。


「あれ? 塔の中じゃ……?」


「塔の階段を降りるといつもこうなんだ、今俺たちは時代を飛び越えたわけだな」


「え、時代……?」


「ああ。あの神殿の様式から見て、紀元前300くらい、いわゆるヘレニズムの時代だな。……歌が聞こえるな?」


 キゲンゼン? ヘレニズムってなんだろ。武器かなにかだろうか? でも、神殿がすっごく古い形だけど、新築みたいだってのは分かる。信じられないけど、とんでもなく過去みたいだ。

 歌に誘われるように、僕と彼は薄い霧のような空気をかき分けて、庭園に踏み込んだ。


「いい曲だな」


「うん。水があるし補給しよっと」


「あ、いや……良いか、早速だしな」


 僕が水袋を噴水に浸そうとすると、水面に浮かぶ大きめな瞳と目が合った。くるりと噴水の中で何かが身をひねって、ザバァと噴水から起き上がったのは、白い羽持つあられもない姿の女の子だった。


「きゃあああああああッ!!?」


「うわぁああああああッ!!?」


「ヴァオオオオオオオッッ!!」


「なに!?」


 僕と彼女は思いもよらない遭遇に、犬さんは突然の大きな咆哮にそれぞれ驚いていた。橋の反対側。ジャラジャラと鎖に繋がれた棺を両足に引きずる。黒いモンスターが突如現れた。


「ぎゃ、あぁああああああ!?」


「やめ、止めてくれええ!!」


 庭園を挟んで橋の向こう側から逃げてくる人々を、容赦なく剣と短銃で殺害して棺に収めている。強い。反撃しようとした人も、片手で簡単に倒されて棺に詰められていた。


「チッ……誰か、13の出目を出しやがったな。とんだラッキースケベだ」


「き、君、伏せて!」


「う、うん!!」


「いい判断だ。今は隠れろ!」


 息をひそめて、身を噴水の影に伏せて様子を伺うと、モンスターだけが生きてその場を徘徊していた。


「デストルドー。ある程度の数、塔に関係するやつが犯罪行為を行って、そのダイスで13の出目を出すと現れるモンスターだ。滅多に見ないんだがな」


「……戦うのは、無理?」


「最上位モンスターだ。スキルも当然盛り沢山。やめとけ、少年」


〝あれが、デストルドー……〟


〝デザインはちょっとカッコよくなってるけど、概ね一目で分かるくらい同じだね〟


〝流石に、本物に遭遇したことは無いわね〟


〝現実でもあんなのがいんのか……〟

〝ゲームでもレイドボス。ここの遭遇は確定イベントってやつだな〟


 デストルドーは一通り庭園まで見回ると、鎖を引きちぎり、棺を橋から落として、かき消えるように居なくなった。


「ぶはっ……あんなの初めて見たわよ。……あ」


 女の子は恥ずかしそうに、もっと身を屈めて白い翼で身体を隠して伏せてしまった。見ないほうが良いだろう。僕は視界に彼女を入れないようにそっぽを向いた。


「……えっと、初対面で悪いんだけど、反対側の服、取ってきて下さらない?」


「う、うんわかった。ごめんね」


 僕は顔を赤らめて内心でも謝りながら、警戒しつつ服を取りに歩いた。犬さんが濡れた手で彼女に触られて少し唸っていた。

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