コボルド達と別れた後、数十歩も歩かない内に、一馬はわずかな違和感を感じて足を止めた。
自然、隣を歩いていたアーリアも、後ろから追ってくる2人やドローンも足を止めた。
「カズくん?」
「何か、果物……、花……、違うかな、それっぽい匂いがする……?」
「そうかしら。全然匂わないけど……?」
「へぇ、わかるんだ。じゃあちょっと……」
アーリアは手頃な石を拾うと、前方にすくい上げるように、軽く放り投げた。
放物線を描いて飛んだ石は地面に落ちず、そのまま吸い込まれるように、どこかに消えてしまった。
〝え、消えた? 〟
〝なんだなんだぁ? 〟
「今のは……?」
「
「迷宮術?」
「アーリアの本や工房とかと同じ原理だよ。中は術者の腕次第で、完全に別世界だね」
アーリアは説明しながら器用に首だけ出して身体を入れてしまった。回り道も無く。そのまま手招きしてくるので全員で、外つ国の中に入った。
「なにここ……?」
どこまでも広がる。朱塗りの赤。
地平線の彼方まで赤い床が円状に全て広がって、ずっと遠くにぼんやりと角度がキツい傾斜が見える。何より、おかしいのは青空。雲1つない青空だった。
「外……?」
〝キレイな、お空……〟
〝本日は晴天なり……ってんなわけあるか!? 〟
〝ダンジョンの中だったよな? 〟
〝背景ミスったのか、スタッフさん〟
〝Dungeon……? 〟
よく下を見ると樹の年輪のように均等に連なる放射線が、地面を走っている。奥には巨大な桜色の床もある。
「桜の、花びら……?」
誰かが、奥に、遠くにいる。
一馬がそう認識した瞬間。アーリアがいきなり影に向かって走り出した。
「アーリア!?」
ほとんど隣にいた一馬は、彼女の獰猛な笑みが少しだけ見えた。彼女のそんなむき出しで、嬉しそうな闘志は初めて目撃した。
「がははははは!!!」
反対の影も、土間声を響かせながら床を駆ける。縮尺がおかしい。3mはある。
燃える。荒れるような、一本一本が人の指程もある剛毛髪。自らを象徴するような。反り返った2対の黒角。
人に近い形でありながら、人外の極み。力そのもの。
〝デッカ……!? 〟
〝オーガじゃねえか!? 〟
〝2本ツノ!? マジモンのオーガじゃん!? 〟
全力で片腕と片腕を押し付け合うように、謎の空間の中央で、両者。一歩も譲らず激突した。
おとぎ話に伝わる。伝説上の物の怪。
あるいは、強者の異名そのもの。
発達しすぎた筋1つが、アーリアの細腕に相当する。全身余す事ない、赤みを帯びた筋肉のモンスターである。
「久しいな、惣領娘どのッ!! 息災かッ!?」
「見ての通り!! 渾身で行くよ!!」
「無論ッ!! 遠慮せず来いッ!!!」
彼女は遠慮せず「渾身の」上段蹴りを構えた。
「「ぎゃあぁあッ!!?」」
沙耶と禀が揃って、絶叫を絞り出してしまうのも無理はなかった。
「はぁあッッ!!!」
アーリアの踏み込みだけで、軽く床に亀裂が走る。そのまま力を吸い上げ、輝き爆ぜる足でオーガに襲いかかる。
「ヌぅんッッ!!!」
対するオーガは「全力で」拳を振り抜いた。
負けじと両の足で踏ん張り、力任せな肉体1つのみで、アーリアの蹴りと比する拳を繰り出した。
あまりの衝突と密度に、音が「数泊」遅れ轟く。
崩壊。衝撃で、世界にヒビが走った。
〝な、な、なあああ!? 〟
〝おい、これカメラにヒビ入ったのか!? 〟
〝い、いや、揺れてるけど、ヒビは揺れてない……!? 〟
〝ウソだろ。なんか、空間に亀裂走ってるのか……!?〟
〝画面が光で見えづれえぇえええええ!!? 〟
〝すごすぎて吐き気してきたwww〟
〝this is Sup◯rman……!!〟
「(なんて光と衝撃……!)」
光輝く絶え間ない、連撃に次ぐ連撃。
輝く2つの星が、煌めきながらしのぎを削る。
崩壊していく世界。人外の戦い。
まるっきり、すぐ近くで人の形をした、大災害同士が戦っているとしか思えない。
そんな感想を盾になってくれた精霊ブタの影で、3人は伏せながら刻みつけられるしか無かった。
◇◇◇
「ハシャギすぎ」
「はい……」
アーリアは本気で怒り心頭の一馬に、正座で説教されていた。外の景色が簡単に覗けるほど空間にヒビが走り、地面も亀裂が多く走っている。
互角、全力で戦える旧知に会えて嬉しく、ストレスの捌け口に大暴れしたのだろうが、完全に配信活動が頭から抜け落ちている行動だった。
〝とんでもない暴れっぷりで草〟
〝ひび割れひっど〟
〝先生が配信忘れるって、相当だな〟
〝いろいろ溜まってたんだろ。スッキリしてるもん。顔〟
〝まあ、たまには良いんじゃん。滅多に見れない物見れたし〟
〝もしかして、この前の逆隕石現象って……〟
〝Oh……Dopewww〟
アーリアはコメントを読み上げた聖の声を聞いていたが、しれっと無視した。
必要経費とは言え、ビル1つを踏んづけて砕いてしまったので、迂闊に口に出すと不要な責任問題になるからだ。
裏で示談も済んでいるが、口外する事はダンジョン庁から止められて居るので、彼女は無視するしか無かった。
「もう。駄目だろうアーリア。せめて戦い始める前に、1言くらい言ってよ」
「だって……キキロガさん相手だし」
〝超 筋 肉 生 物〟
〝ウッホ。いい筋肉♡〟
〝Acked♡♡♡〟
〝ナイスバルク!! 〟
〝キレてる!! キレすぎてる!! 〟
〝お前らの筋肉好きはわかったからwww〟
〝気持ちはわかる。てかAMAZAKE氏www〟
「不服か。余も惣領娘殿の顔見たら、
「勘弁して下さいよ。キキロガさん」
「野暮な事を口にするなぁ人間殿。とは言え、ちとやりすぎたのは否めんかなぁ」
事前にアーリアの渾身の一撃を目撃していた一馬はともかく、禀は伏せながら冷や汗をかき立ち上がれず、沙耶に至っては精霊ブタと禀に必死にしがみついて、口も聞けず震えていた。
「娘子と話もできぬでは面白くない。どれ……」
くいくいっと指先でツノをいじると、スルスルとあっという間にオーガは小さくなり、アーリアよりも小さな黒髪の女の子に変化してしまった。
「女の子だったの?」
「メスではないが、これぐらいなら妖術でお茶の子さいさいよ。これなら怖くはなかろう」
〝かわいいwww〟
〝筋肉が鬼っ子になったwww〟
〝Oh So Cute!! CUTE!! 〟
〝異国ニキも荒ぶってるwww〟
「あ、ちっちゃい……」
「ま、せっかくの機会だ。幼い連中にこの先を見せるなり、ここで酒盛りするなり、ゆっくりしていくと良い。なんぞ飛んでる向こうの連中もな」
ニタリと撮影しているドローンの方を見上げて、ニヒルに笑いながらキキロガは手を振っていた。