目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第68話 鬼《オーガ》

 コボルド達と別れた後、数十歩も歩かない内に、一馬はわずかな違和感を感じて足を止めた。


 自然、隣を歩いていたアーリアも、後ろから追ってくる2人やドローンも足を止めた。


「カズくん?」


「何か、果物……、花……、違うかな、それっぽい匂いがする……?」


「そうかしら。全然匂わないけど……?」


「へぇ、わかるんだ。じゃあちょっと……」


 アーリアは手頃な石を拾うと、前方にすくい上げるように、軽く放り投げた。


 放物線を描いて飛んだ石は地面に落ちず、そのまま吸い込まれるように、どこかに消えてしまった。


〝え、消えた? 〟

〝なんだなんだぁ? 〟


「今のは……?」


つ国の入り口が出来てるの。多分、迷宮術の方だと思うけど」


「迷宮術?」


「アーリアの本や工房とかと同じ原理だよ。中は術者の腕次第で、完全に別世界だね」


 アーリアは説明しながら器用に首だけ出して身体を入れてしまった。回り道も無く。そのまま手招きしてくるので全員で、外つ国の中に入った。


「なにここ……?」


 どこまでも広がる。朱塗りの赤。

 地平線の彼方まで赤い床が円状に全て広がって、ずっと遠くにぼんやりと角度がキツい傾斜が見える。何より、おかしいのは青空。雲1つない青空だった。


「外……?」


〝キレイな、お空……〟

〝本日は晴天なり……ってんなわけあるか!? 〟


〝ダンジョンの中だったよな? 〟

〝背景ミスったのか、スタッフさん〟


〝Dungeon……? 〟


 よく下を見ると樹の年輪のように均等に連なる放射線が、地面を走っている。奥には巨大な桜色の床もある。


「桜の、花びら……?」


 誰かが、奥に、遠くにいる。


 一馬がそう認識した瞬間。アーリアがいきなり影に向かって走り出した。


「アーリア!?」


 ほとんど隣にいた一馬は、彼女の獰猛な笑みが少しだけ見えた。彼女のそんなむき出しで、嬉しそうな闘志は初めて目撃した。


「がははははは!!!」


 反対の影も、土間声を響かせながら床を駆ける。縮尺がおかしい。3mはある。


 燃える。荒れるような、一本一本が人の指程もある剛毛髪。自らを象徴するような。反り返った2対の黒角。


 人に近い形でありながら、人外の極み。力そのもの。


〝デッカ……!? 〟

〝オーガじゃねえか!? 〟


〝2本ツノ!? マジモンのオーガじゃん!? 〟


  全力で片腕と片腕を押し付け合うように、謎の空間の中央で、両者。一歩も譲らず激突した。


 おとぎ話に伝わる。伝説上の物の怪。

 あるいは、強者の異名そのもの。


 発達しすぎた筋1つが、アーリアの細腕に相当する。全身余す事ない、赤みを帯びた筋肉のモンスターである。


「久しいな、惣領娘どのッ!! 息災かッ!?」


「見ての通り!! 渾身で行くよ!!」


「無論ッ!! 遠慮せず来いッ!!!」


 彼女は遠慮せず「渾身の」上段蹴りを構えた。


「「ぎゃあぁあッ!!?」」


 沙耶と禀が揃って、絶叫を絞り出してしまうのも無理はなかった。


「はぁあッッ!!!」


 アーリアの踏み込みだけで、軽く床に亀裂が走る。そのまま力を吸い上げ、輝き爆ぜる足でオーガに襲いかかる。


「ヌぅんッッ!!!」


 対するオーガは「全力で」拳を振り抜いた。


 負けじと両の足で踏ん張り、力任せな肉体1つのみで、アーリアの蹴りと比する拳を繰り出した。

 あまりの衝突と密度に、音が「数泊」遅れ轟く。

 崩壊。衝撃で、世界にヒビが走った。


〝な、な、なあああ!? 〟

〝おい、これカメラにヒビ入ったのか!? 〟


〝い、いや、揺れてるけど、ヒビは揺れてない……!? 〟

〝ウソだろ。なんか、空間に亀裂走ってるのか……!?〟


〝画面が光で見えづれえぇえええええ!!? 〟

〝すごすぎて吐き気してきたwww〟


〝this is Sup◯rman……!!〟


「(なんて光と衝撃……!)」


 光輝く絶え間ない、連撃に次ぐ連撃。

 輝く2つの星が、煌めきながらしのぎを削る。

 崩壊していく世界。人外の戦い。


 まるっきり、すぐ近くで人の形をした、大災害同士が戦っているとしか思えない。


 そんな感想を盾になってくれた精霊ブタの影で、3人は伏せながら刻みつけられるしか無かった。



◇◇◇



「ハシャギすぎ」


「はい……」


 アーリアは本気で怒り心頭の一馬に、正座で説教されていた。外の景色が簡単に覗けるほど空間にヒビが走り、地面も亀裂が多く走っている。


 互角、全力で戦える旧知に会えて嬉しく、ストレスの捌け口に大暴れしたのだろうが、完全に配信活動が頭から抜け落ちている行動だった。


〝とんでもない暴れっぷりで草〟

〝ひび割れひっど〟


〝先生が配信忘れるって、相当だな〟

〝いろいろ溜まってたんだろ。スッキリしてるもん。顔〟


〝まあ、たまには良いんじゃん。滅多に見れない物見れたし〟

〝もしかして、この前の逆隕石現象って……〟


〝Oh……Dopewww〟


 アーリアはコメントを読み上げた聖の声を聞いていたが、しれっと無視した。


 必要経費とは言え、ビル1つを踏んづけて砕いてしまったので、迂闊に口に出すと不要な責任問題になるからだ。


 裏で示談も済んでいるが、口外する事はダンジョン庁から止められて居るので、彼女は無視するしか無かった。


「もう。駄目だろうアーリア。せめて戦い始める前に、1言くらい言ってよ」


「だって……キキロガさん相手だし」


〝超 筋 肉 生 物〟

〝ウッホ。いい筋肉♡〟

〝Acked♡♡♡〟


〝ナイスバルク!! 〟

〝キレてる!! キレすぎてる!! 〟


〝お前らの筋肉好きはわかったからwww〟

〝気持ちはわかる。てかAMAZAKE氏www〟


「不服か。余も惣領娘殿の顔見たら、り合う事しか浮かばなんだ」


「勘弁して下さいよ。キキロガさん」


「野暮な事を口にするなぁ人間殿。とは言え、ちとやりすぎたのは否めんかなぁ」


 事前にアーリアの渾身の一撃を目撃していた一馬はともかく、禀は伏せながら冷や汗をかき立ち上がれず、沙耶に至っては精霊ブタと禀に必死にしがみついて、口も聞けず震えていた。


「娘子と話もできぬでは面白くない。どれ……」


 くいくいっと指先でツノをいじると、スルスルとあっという間にオーガは小さくなり、アーリアよりも小さな黒髪の女の子に変化してしまった。


「女の子だったの?」


「メスではないが、これぐらいなら妖術でお茶の子さいさいよ。これなら怖くはなかろう」


〝かわいいwww〟

〝筋肉が鬼っ子になったwww〟


〝Oh So Cute!! CUTE!! 〟

〝異国ニキも荒ぶってるwww〟


「あ、ちっちゃい……」


「ま、せっかくの機会だ。幼い連中にこの先を見せるなり、ここで酒盛りするなり、ゆっくりしていくと良い。なんぞ飛んでる向こうの連中もな」


 ニタリと撮影しているドローンの方を見上げて、ニヒルに笑いながらキキロガは手を振っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?