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第64話 武人

神社の脇に、ひっそりと佇む民家がある。そうと事前に説明されなければ、かなり見つけにくい場所だった。


「ここね」


 地図アプリを片手に民家に近づくと、何匹もの猫たちとすれ違って、アーリアたちがそこで待っていた。


「え?」


 沙耶は挨拶せずズカズカと無造作にアーリアに近づくと、手を振り上げた。


「ちょ、君!?」


 アーリアの頬に、沙耶の手が触れる寸前。彼女は手を止めていた。


「殴らないの? それぐらいの口は出したと思ってたけど?」


「避けもしないで、目を閉じてる相手だもの。殴った方が後味悪いわ。……本当に、ありがとうございました」


 沙耶は当初。アーリアを一発は必ず、ぶん殴ろうと決めていた。


 恩もある。義理もある。借りだってある。だが仲間の、敬愛する先輩の生死に、部外者に偉そうに口を出されたのだ。納得行くわけがない。


 殴った後で精一杯感謝を伝えて、それでも殴る事に対して、謝るつもりは無かったのだ。


 だが、いざ殴ろうとしたら、アーリアは目を閉じて受け入れるような仕草を見せ、沙耶は殴る気がなくなってしまった。


 そして、頭を下げた。初めから爛子の救出について、アーリアに礼儀は尽くすつもりだった。


「お前……!!」


「恩を仇でと言うならそのとおりよ。気に入らないなら口論か実力でかかってきなさい。モンスターくん」


「モンスターと人との区別もつけられないの? 取り消さないと死なすよ、ガン・ハンターズ全員」


 アーリアの目から一瞬で光が消えた。彼女は沙耶に向けて、踵を地面に着けたまま足先だけを持ち上げた。


 これ以上の狼藉があれば、一切ためらわず沙耶の心臓を木っ端微塵に破裂するつもりである。


 沙耶は殺気を感じたわけでは無いが、すぐにもう一度頭を下げた。


「ん。……失言でした、今のは謝罪して取り消します」


「なんやお前。ふざけに来とんのか?」


「歯に挟まった物言いがキライなだけよ。遠慮がなくて、がッ!!!??」


 強烈な2撃に、女性にしては背が高めな沙耶の身体が吹っ飛んだ。


 禀は一馬が「モンスター」と呼ばれた時点で、砂利を数個握り込んでいた。


 アーリアと真司が沙耶と口論している隙に、背後に回り込み無言で砂利を押し付けるように、沙耶の側頭部を正確に打ち据えた。


 仲間をけなされた気配を感じ取ったのか、精霊ブタも全力で蹴りをかましている。


 禀は未熟であっても、既にアーリアが仲間と認める。常に戦場を自ら選べる「武人」である。


 彼女は既に、遥か格上相手に生命を賭けた闘争で、2度も身を削るほど、渾身の一撃を放って勝利している。


 比べて、沙耶は技量、年齢、訓練量的にはずっと上でも、生命のやり取りは格下への遠距離討伐しか、ほぼ経験がない。


 まして、彼女は仲間の死という脅威から、事実上逃げ出している。有り体に言って、戦闘意識レベルが違うのだ。


 アーリアは、彼女にしては珍しくため息をついた。


「あのね。私たちは曲がりなりにもモンスターを殺して来た精鋭なの。遊びに来たなら帰って貰って構わないし、今の発言はちゃんとガン・ハンターズ。並びにダンジョン庁、あなたの学園にも報告するからね。……聞こえてる?」


 殺人もじさない2連撃に完全にノびて、沙耶はアーリアの声すら聞く事ができなかった。



◇◇◇



 ついでだったので、側頭部の出血に対する応急手当の講習を沙耶相手に行い、彼女は目を覚ました。


 当初、一見暴力とは無縁に見える禀に、一撃で気絶させられたと説明しても、彼女はあまり信じなかった。


 だが、確かに彼女の握り込んでいる砂利が、血に染まっている事に気がついて、一気に彼女は青ざめていた。


「こ、殺す気だったの……!?」


「まあ、カッとなっただけです。……ですが。もう一度カズくんをバカにしたら。今度は全力で、魔法をブチ込みます」


 精霊ブタが威嚇するように巨大化した。凛と沙耶の間に割って入り、何も映さないつぶらなひとみで見下ろしている。


 杖を容赦なく構える禀の姿に、サマになって来たなと、アーリアは満足げに長い耳をかいた。


「ど、どういう関係なのよ、あんたら……!?」


「知りたければ最低限の礼節くらい振る舞って下さい。年上なのに情けない」


「ぐっ……この、人殺し!!」


「いえ、かかってこいって言ったの、あなた自身ですよね……?」


「失敗したからって卑屈になりすぎだよ。遠慮がないのは結構だけど、そんなに誰かに叱られたり、罰をもらいたかったの?」


「うぐっ……!!」


「少々厳しめだけど、仮にも技術的に1ヶ月ぐらいしか鍛錬してない子に魔法なしで気絶は、自衛官を目指してるなら駄目だよ。……甘えるな」


「うぅう〜……!!」


「よりによって、一番怒らせたらアカン2人に火をつけよってからに……」


「とんだじゃじゃ馬姫が来たものねぇ……」


 とうとう涙目になって、一馬の方に向き直って頭を下げた。復帰した聖もこれには苦笑いするしか無かった。


「もういいよ2人とも。さすがにこれ以上はかわいそうだし、モンスター付きなのは事実でしょ?」


「でも……」


「アーリアに助けて貰ったこの身体、気に入ってるし、これから一緒に配信するんだから。ね?」


「ごべんなざぃ……」


「本人もこう言ってるんだし、許してあげてよ」


 2人とも返事はしなかったが、構えていた杖と足の先は下ろした。

 前途多難だなと、一馬は苦笑するしか無かった。

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